【207日目】理不人


September 12 2011, 9:18 PM by gowagowagorio

8月25日(木)

ナツモは小食な上に、見通しが驚くほど甘い。

嫌いな物を食べきれないのは当たり前なのだが、好きなメニューの時でさえ、食べきれない事が多い。何故なら、食べ始める前、ナツモの皿にご飯をよそってやる時に「もっといれて」とゴネるからだ。

僕としてはナツモの小食ぶりを嫌というほど見ているので、慎重になる。当然、盛り付けもカワイイものになる。どうもナツモはそれが不満と見える。今日はナツモの好きな肉じゃがだったから、尚更だ。

「これぐらいにしときなよ」と言う僕に対し、ナツモは「たべれる!」と胸を張る。

その言葉を信じた僕がバカなのか、ナツモはちょうど、追加で盛り付けなければキレイに食べ切っていた、というぐらいの量を食べたところでスプーンをかちゃり、と置いた。

眉が八の字になっている。ああ、やはり。僕は自分自身の見通しの甘さも恨んだ。

「・・・もうおなかいっぱいだから、これすてちゃって」

ナツモの口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。

「もっちゃん、食べ切れないのはしょうがないけど、『もう捨てちゃって』なんて絶対言っちゃダメだ」

「なんで?」

ナツモは全く悪びれる様子もない。無理もない。ナツモの中ではまだ「食べ物を祖末にしてはいけない」という価値観が確立されていない。故に、捨てちゃってと言う事に罪悪感がないのだろう。

「ゴハンはゴミじゃないからだよ。お野菜を作った人も、エリサも、捨てて欲しくてゴハンを作ってる訳じゃないんだぞ」

ナツモは僕の主張するポイントが何なのかを測りかねるように首を傾げっぱなしである。

「世界にはゴハンを食べられない人も沢山いるんだぞ。ゴハンが食べられるのは当たり前の事じゃないんだよ、幸せな事なんだよ」

話しながら、これは難しい、と思った。

「捨てちゃって」と言ってはいけない、ということに、どうも、腹落ちする、適切な理由をつけられないのだ。

僕が口にしているのは、何処かで聞いたようなお決まりのお説教でしかない。僕自身、いつ、何処で、どうやって「食べ物を祖末にしてはいけない」という事を当たり前の価値観として身につけたのだろうか?

幸い僕は食べ物に困った事がない。それは疑いようもなく幸せな事だろう。それは反面、ゴハンが食べられて心の底から幸せだと主体的に実感した事がないという言う事にもなる。ゴハンがないという状態を経験したことがないのだから。

ゴハンが食べられて幸せなんだというのは、多分、テレビで飢餓に苦しむ国の事を知り、やむをえずホームレスに身をやつしている人などを見て、相対的に得た感覚に過ぎない。自分が幸せなんだというのを「知っている」だけである。

結局、受け売りの価値観は自分の言葉にならないから、相手を説得するのも難しいのだろう。

「じゃあ、このゴハンはどうするの?」

鋭い質問である。そうなのだ。結局、捨てるのは事実なのだ。申し訳ないが、ナツモがぐちゃぐちゃに掻き回し、味噌汁までかけたそれを食べる程、僕は聖人君子ではない。

「捨てる事にはなるんだよ、でも、それは食べてる人が言う事じゃないよ。もっちゃんは、食べられなくてごめんなさい、って思いながらそっと置いとくんだよ」

結局、お行儀が悪いからダメ、というのとあまり変わらないな、と思いながらもナツモに言い聞かせる。

「ふーん」

解ったのか解らないのか、なんとも煮えきらない反応である。これを理解するのは時間がかかる。それよりも、ナツモには早く本当に足りなかった時点で注ぎ足す、「おかわり」というスキルを身につけて欲しいものだ。

−−

夕食後、ナツモが一人でシャワーを浴びると言って、そそくさと服を脱ぎバスルームへ消えて行った。僕が様子を見に行くと、「みないで」と言うので、仕方なく外で待つ。

15分ほどすると、水が流れる音が止まった。

改めてバスルームを覗く。ナツモは確かに頭も身体も濡れている。しかし、ただお湯をかぶっていただけで、その間ずっと遊んでいた可能性もある。最近悪知恵が働くナツモの事だ、だからこそ、見ないでと言ったのかも知れない。

「ちゃんと洗った?」

僕が半信半疑で尋ねると、ナツモは頭を突き出してきた。

「あらったよ。みる?いいにおいするから。ほら、して」

匂いを嗅ぐと、確かにシャンプーの香が漂ってくる。

「ね?いいにおいでしょ?」

「ホントだ。ちゃんと洗ったんだね」

僕の疑念はそれで晴れた訳だが、ナツモは尚もお腹を突き出してくる。

「からだもだよ、ほら、いいにおいして」

僕はナツモのオヘソの辺りを嗅いでやる。

「ホントだ」

ナツモは続いて胸を、「おっぱいもだよ」

「ホントだ」

そして最後にバンザイをした。「わきもだよ!」

−−

昨日から、誕生パーティのデコレーションを作っている訳だが、ひとつだけ確実に言える事は、ナツモは、僕が今まで遭遇して来た数々のクライアントの中で最も理不尽である、という事だ。

今回作ろうとしているのは、モールを使ったデコレーションだ。メインとなるのは、文字である。ファンクションルームの入り口に飾る、サインの意味合いも兼ねた「PARTY’S HERE!」、そして室内に飾る「HAPPY 4th B-DAY! NATSUMO」、それら33文字を、カラフルなモールを曲げたり丸めたり捻じったりしながらかたどっていく。やりはじめると、これがなかなか楽しい訳で、僕は童心にかえって夢中になった。

ナツモは僕がそれをやっているのを知っていながら、自分は他の遊びに夢中になっているクセに、ある程度作業が進んだ頃に必ず癇癪を起こす。

まるで「勝手に進めちゃ困るんだよ。ちゃんとオルタナティブも提案してよ」と、提案時はまったく入ってこなかったのに、作業が佳境に入った頃突然やってきて、スケジュールも考慮せずに騒ぎ出す担当者のようである。

昨日はNATSUMOの部分を、僕が良いと思う配色で作っていると、「NATSU」を作ったところで、そのすべてにダメだしをされた。そのため、今日は一文字ずつナツモの意見を汲みながら、色を決めていくことにした。

モールにはスパンコールのようにキラキラと光るものから、フェルトのような厚手のものなど、いくつかの種類があり、もちろん、それぞれ数が限られている。しかし、ナツモはすべて「きらきらのがいい」と言って聞かない。

配色をある程度決めたところで、僕は圧倒的にキラキラの数が足りない事に気がついた。

「キラキラのはもうこれしかないから、他の色も使えば?」

「イヤだー」

「そうすると、今日はもうできないから、また明日足りない分を買って来て、それでやるしかないね。じゃあ、色だけ決めておこう。Nは何色のキラキラ?」

「ピンクがいい」

「・・・は?ピンクだとキラキラじゃないけど、いいの?」

「いいよ」

「・・・じゃあ、Aはどのキラキラ?」

「キラキラじゃなくていいよ」

「え?そうなの?」

「うん」

「TもSもUも?」

「うん」

「MもOも?」

「そうだよ」

「・・・えーと、つまり、おとうちゃんが昨日作ったヤツでいいの?」

「うん、いいよ」

一体、この掌返しはなんなのだ。

「じゃあ全部キラキラじゃなくていいのね?」

「いいよ」

「じゃあ、Mはピンクにしたら?二回ピンクが出て来たらカワイいんじゃない?」

「ぴんくイヤだー」

「・・・あっそ。じゃあ何色にする?」

「うーんと、ぴんく」

「・・・」

万事がこの調子である。

僕が仕事に復帰した際には、以前にも増して、かなり辛抱強くクライアントの心変わりにもお応えできるようになっている事だろう。

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