【222日目】じしんはないよ


October 16 2011, 9:11 PM by gowagowagorio

9月9日(金)

とても眠くてダメな時というのがある。
今日はどうにもならなかった。

だからナツモが「ぷーるであそびたい」と言った時も、

「天気が悪いから、寒いしやめといたほうがいいよ」

と適当な発言で退けて、昼寝してしまった。確かに天気は悪かったが、雨が降っていた訳でもなく、完全に僕の怠慢である。

僕がベッドでウトウトしている間に、エリサがミノリとナツモ二人をプレイグラウンドで遊ばせた。

眠っていたのに何故それが分かったかと言うと、ナツモが後でそう報告してきたからだ。

僕はナツモの対応で手一杯、だからエリサがミノリの面倒を見る、という図式は完全に崩壊した。職場放棄もいいところだが、今日だけは許して貰うとしよう。

さて、昼寝をむさぼったらもう夕食時である。今まではあれほど何でも食べていたミノリだが、ここにきて本格的に好き嫌いが出て来たようだ。

今日のメニューは豚汁である。ミノリは口に入れた豚汁の中から大根だけをぺ、と吐き出して、その後何食わぬ顔で飄々と下に落とす。

器用に出してくれるならまだいいが、大根を吐き出そうとするたびに汁をテーブルや床に撒き散らすからだんだん腹が立ってくる。今日に限ってはナツモの方がしっかり食べているほうだ。

そのナツモが、味噌汁(豚汁ではない、ナツモ専用にいつも用意してあるもの)を鍋ごと食べると言い出した。

いくら今日はよく食べていると言っても、そんなに食べきれるはずがない。どうせ道半ばで挫折して、味噌汁を無駄にするに決まっている。だから僕は即座にそれを拒否した。

「ダメ。もっちゃんがそんなに食べた所見た事ないもん」

「イヤだ、たべる」

「ダメ」

「たべる!」

「ダメ、どうせそんなに食べられないじゃん」

「たべるられるの!」

なかなかナツモも強情である。

「じゃあ、もし食べられなかったら、今日はもうご本もなしで、遊ばないで寝るんだぞ、それでもいいね」

僕は面倒くさくなって、ナツモを諦めさせるために何の脈絡もない条件を突きつけた。

案の定、納得のいかないナツモはそれに難色を示す。

「なんでー、イヤだ」

「なんだよ、食べられるなら大丈夫でしょ?全部食べる自信があるなら食べればいいじゃん」

僕としてはいつものように、徐々に苛立ち始めた時だった。

「じしんはないよー・・・」

何故かややにやつきながら、ナツモにしては珍しくしおらしい事を言ったな、と思った瞬間、ナツモが信じられない言葉を繋いだ。

「・・・しんがぽーるに。ひひひひ」

「・・・!・・・ぶっ」

僕は一瞬だけ絶句した後、思わず吹き出した。

「もっちゃん、それってまさか・・・」

「だじゃれだよー、ひひひひ」

これは、かなりマニアックな駄洒落だ。確かにシンガポールに「地震」はないのである。

ナツモは大人達が話題にした、このシンガポールの地理的な特徴を覚えていて、この、僕に叱られつつある、という場面で咄嗟に駄洒落にして出したというのか。例えこれがまぐれだとしても、僕はナツモに駄洒落の才能を感じずにはいられなかった。

駄洒落のおかげと言う訳ではないが、その後のナツモは、言う事、やる事がやけに可愛いらしかった。

夕食後、僕はWTCのウェブキャストに齧りついていた。その間、ナツモは僕に遊んでもらいたくて仕方がなかったのに、僕がサーフィンが大好きなことを知っていて、じっと我慢していた感がある。

もちろん、僕の膝によじ登って来てアピールはする。しかし、決していつものように泣きわめいたりはしなかった。加えて、自らおもちゃをスタディルームに運び込み、

「だれかがなみにのったら、みていいから、ここであそんで?」

としおらしい事まで言う。

その時にはもう21時を回っていたが、金曜日だし、アキコもまだ帰って来ていないと言うことで、僕は特にうるさく寝ろとは言わなかった。

入浴だけはさせようと思ったが、ナツモは既に眠くて仕方がない様子だ。もうこのまま寝かせようか。僕は自分がサーフィンを観たい一心から、そう決めた。

とことん甘いが、たまにはそんな日もある。ナツモに対してだけではなく、自分に対しても甘い日である。

「じゃあ、チュウしてくれたら、このまま寝ていいよ」

するとナツモは、いともアッサリと唇を突き出した。それだけでなく、ナツモは自ら

「あしたのあさ、はいるね」

と言って、小さな小指も一緒に突き出した。

ベッドルームに連れて行ったナツモの背中を掻いてやっていると、壁際を向いていたナツモがぽつりとつぶやいた。

「きょうは、ざんねんだったね」

「なんで?」

「ぷーるいけなかったから、おてんきわるくて」

僕はその時になって初めて、いたたまれない気持ちになった。

「そっか、そんなに泳ぎたかったんだね」

「そうだよ、もっちゃんすっごく、がまんしたんだよ」

そんなナツモの気持ちを、適当な発言で天気のせいにして、昼寝のために無下にしたという罪悪感は、なかなか大きい。

「そっか、明日泳ごうね」

「うん、おきたら、もっちゃんすぐいってあげるから、およぎたいって。それぐらい、およぎたいから・・・」

ナツモはそう言い終わると、ほどなく寝息を立て始めた。

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