【218日目】サディスティック・見たがんの
October 10 2011, 12:19 AM by gowagowagorio
9月5日(月)
何というか、突然、猛烈にラーメンが食べたくなった。
それも本当に旨い日本のラーメンを。フードコートで食べる香港ヌードルも旨いのだが、今日に限っては、それでは代用品にならない。
シンガポールで旨いラーメンを食べるのは至難の業だ。過去にいくつかの店をトライしてそれを痛感している。
しかし、まだ試していない店がある。UEスクウェアの裏手に店を構える「一風堂タオ」、前から気にはなっていたが、行く機会がなかった。
一風堂と言えば、社会人になりたての頃、初めて独り暮らしをしたのが恵比寿だったため、毎晩のように暖簾をくぐった、僕にとってはノスタルジックな店である。
しかし、過度な期待は禁物だ。たとえ日本と同じ暖簾が下がっていても、ラーメンは別物というパターンも何回も味わっている。僕はタクシーを飛ばしながら自分に言い聞かせていたが、頭とは裏腹に旨いラーメンへの期待は高まるばかりだった。
結果的に、一風堂は旨かった。日本のそれにはない、オリジナルのレシピであろう、タオ黒という、とんこつ醤油ラーメンを食べたが、そのスープの味は、確かに、日本の旨いラーメンそのものだった。
しかし、如何せん高過ぎる。
ラーメンに、卵とネギとキクラゲをトッピングして、替え玉2回。たったそれだけで30ドル(約2000円)。
確かに旨いが、ラーメンの価値とは、安くて旨い事にあるはずではないか。東京のラーメン屋だって、高い土地代と闘いながらも何とか1000円以下で勝負しているというのに、なぜ、シンガポールのラーメン屋はここまでベースが高くなってしまうのだろうか。
トッピングを何もしない素ラーメンが15ドル(約1000円)もする。シンガポールも東京以上に土地が高い。加えて旨さに拘るとなると、材料の空輸代がかかる。それなりに理由はあるのだろうが、やはり残念でならない。もっと手軽に日本のラーメンを食べる事ができないものだろうか。
−−
さて、今日からナツモも学校に復帰し、心休まるウィークデーのスタートである。
僕自身もリフレッシュして、気持ちよく下校して来るナツモを迎え入れる事ができる・・・はずだったのだが。
「あそんでよ!はやくー!」
帰って来たナツモの、一文字一文字にアクセントが付いたヒステリックな声を聞いた途端、なんだかウンザリしてしまった。やる気が失せるというヤツだ。
僕は遊ばないなどと一言も言っていないし、ナツモをほったらかして部屋に閉じ籠った訳でもない。それなのにナツモは帰って来るなりヒステリックな声を上げる。
「もっと普通に言えないかな」
思わず文句が口をつく。
「遊ばないなんて言ってないだろ?」
こちらの声が尖ってしまっては、遊べる雰囲気になどなるはずがないのだが、もう抑えようがなかった。
ナツモは僕の言う事になど耳を貸す気はないらしく、床に寝そべった状態でなおも続ける。
「はやくー!あそんでよー!」
僕の腹の中でどす黒いものが渦巻き始める。
「・・・あーわかった!じゃあプール行こうぜ!はやく!はやくー!着替えてよ!はやくー!はやくー!」
僕はナツモのクローゼットから水着を引っ張り出すとナツモの前に放り投げ、ナツモの口調を真似た。
ナツモはどうやらムッとしたようだ。
「ぷーるいくの、イヤだ」
「あーそう、じゃあ何すんの?はやくー!決めてよはやくー!」
この、馬鹿げた行動にどれほどの意味があると言うのだろう?僕は自分がイヤになった。
「こう言われたら、イヤだろ?だからその言い方ヤメロ」
尤もらしい事を言ってその場をまとめたが、どうやら僕は疲れているようだ。
ナツモは、いや、ナツモに限らず子供は、反省などしない生き物である。それは自分の子供時代を振り返っても明らかなのだが、どうも自分が親の立場にいると、それを失念しがちだ。
ナツモが反省の色を見せたらさぞかし溜飲が下がることだろう、と夢想しながら今日も、食事中に台布巾を僕に向かって何回も投げるナツモを玄関の外へ締め出すのである。
僕がナツモぐらいの歳の頃、茶碗の米でトンネルを作って遊んでいたら、普段は寡黙で温厚な父親に、突然全力で玄関の外へ運んで行かれて締め出された事などがにわかに脳裏に蘇る。
今はその時の父親の気持ちがよく解る。ひとしきりナツモが泣いた頃を見計らって(10分ぐらいだろうか)ドアを開けずに声をかける。
「なんで放り出されたかわかってんのか?」
「・・・わかってるよ。だからあけて・・・」
「なんでか言ってみ」
「たおるなげたから・・・」
あれだけ泣いていたクセに、意外と冷静なのがまた腹立たしい。
そうこうしているうちにアキコが帰宅した。
アキコが帰った事により、ナツモのテンションがグッと持ち上がる。ナツモの心理としてはこうだろう。
テンションが高ければ、自分が叱られていた事がアキコには悟られづらい。アキコを味方に付けたいという気持ちもある。だから、ひっきりなしにアキコに話しかけ、ご機嫌で遊び続ける。
アキコも帰宅したばかりのうちは、それを微笑ましく見守る。僕はもうお腹いっぱいだ。時計は20時半を回っている。ナツモは早く入浴してさっさと寝るべきなのだ。
「ホラ、早くお風呂!」
僕は苦々しく声をかけるが、ナツモはことごとくそれを無視する。
「早く!」
この僕の苛立ちは、半分はアキコに向かっている。アキコからも入浴を促さないと、ナツモは調子に乗るばかりなのだ。
「ついていきてー、みんなー!」
ナツモは自分が置かれた状況を顧みる事なく電車ごっこを始めた。僕のテレパシーを感じたのか、アキコが見兼ねて、それでも優しくナツモを諭す。
「じゃあ、この電車はおフロ行きだよ。付いて行ったら、そのままおフロ入ろうね、お約束」
「うん、いいよー」
しかし約束は口先だけなのがナツモだ。バスルームに着いたと思ったらUターンし、リビングへ向かう。
「ほら、お約束でしょ?おフロは?」
さすがにアキコも苛立った声を出す。
「イヤだー、まだあそぶ」
「マミー、もうそろそろ怒るよ」
「イヤだー、あそびたい」
数回の言葉の往復の間に態度を改める猶予はあったはずだがナツモがそれに気がつく事はついになかった。そして味方にするはずだったアキコも怒らせ、ナツモは本日二回目の締め出しを喰らう。
ひとしきりナツモが泣いた頃を見計らってアキコが玄関の外でナツモを諭す。後で聞いた所によると、ナツモは自分が何故叱られているかについてはかなり正確に把握しているようである。
「・・・むにーにいじわるして、たおるなげて、おふろはいらなかったから。おやくそくまもらなかったから」
そこまで分かっているのなら何故、やらないのか。この後、アキコは衝撃の事実をナツモの口から聞く事になる。
「もっちゃん、叱られるの好きなの?」
「ううん、すきじゃない」
「じゃあ、なんでやるの?」
「だって、むにーがこまってるところ、みたいから。もっちゃん、むにーがこまってるところみたことないから」
「・・・もっちゃん、むにーが困ってる所見るの、楽しいの?」
「うん」
「・・・」
しゃくり上げながら告白するナツモ。
根本的な所に原因があった。ナツモはかなりサディスティックなのだ。他の事はともかくとして、ミノリが嫌がる行為、例えば、のしかかったり、絡み付いたりという行動は、今後も直ることはなさそうである。
それにしても、ナツモの立ち直りの早さには恐れ入る。
ようやく入浴を済ませた後、アキコがナツモに課す今後の約束を、壁に貼った紙に書き込んで行く。
「いい?これが守れなかったら、お外で寝てもらうからね?」
「おそとにほりだされる(放り出される)んでしょ?」
「そうだよ」
普通、そんなものを課せられる事自体イヤなものだろうが、ナツモは自ら積極的に約束すべき項目を洗い出している。
「んーと、ちゃんとごはんたべる。それから、むにーにいじわるしない。おふろにちゃんとはいる。あと、おやくそくまもる」
楽しそうで実に結構な事ではある。さらにナツモはこう付け加えた。
「えいごでもかいておいてね、エリサがわかるように」
まあ、守れるかどうかはまた別の話ではあるけれども。