【211日目】振替休日を振り返って
September 29 2011, 11:17 PM by gowagowagorio
8月29日(月)
燃え尽き症候群。そんなコトバが、今日の池家にはピッタリだ。
朝起きるのも億劫で仕方がない。それでも僕が一番最初にベッドから抜け出した。平日だというのに、7時半になってもアキコもナツモも起きて来ない。心なしかエリサもぐったりしているように見える。それはそうだろう。パーティ中、ミノリの世話に加えて30人オーバーのゲストのためにアキコと共に奮闘したのだ。今我が家で元気なのは、いつも通り6時半から目覚めているミノリぐらいのものだろう。
アキコは幸い、二日前の土曜日に行われたシンガポール大統領選挙の振替休日ということで、今日は出社する必要がないらしい。選挙のための振替休日があるなんて、なかなか素敵な国である。
新聞でチラリと1面を見ると「タン氏勝利」とある。なるほどタンさんが勝ったのか、誰と争ったんだろう?と対抗馬を見ると、それもまた、タンさんであった。しかし、更によく見ると、勝利したタンは姓で、負けたタンはファーストネームのようだ。奥の深い国である。
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アキコが珍しく在宅しているということもあり、久しぶりに夫婦で昼食に出かける事にした。出かけた先はロバートソンキーにある和食レストラン「黒尊」だ。銀座にも店舗を構える、高知の素材をフィーチャーした店である。高知を売りにしているとなれば、鰹丼をオーダーするしかなかろう。
やがて運ばれて来た丼は、鰹のタタキが白米を豪快に覆い尽くしさらにトロロがたっぷりとかけられた、見た目からして僕の好みど真ん中の逸品である。味の方も期待を裏切らず、久しぶりに食べる、真の和食の味だった。
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今朝スクールバスに乗り込む直前に、ナツモが「のーとぶっくかいといて(=迎えに来て欲しい)」と言い残して行ったため、昼食を済ませた後、アキコと一緒に迎えに行く事にする。
ナツモは、風邪をひいて昨日のパーティに来れなかったフェリペからのプレゼントも獲得し、かつ両親が一緒に迎えにやって来るという贅沢なもてなしを受けて満足気である。
しかし、やはり燃え尽き症候群のようで、いつもなら「おうちかえらないで、どこかいきたい」と言い出しそうなのに今日は黙って帰宅した。
家に戻ってからも、我々は何をする訳でもなくダラダラと過ごす。プールにでも行こうかと思ったが、あいにくの雨だ。
アキコが思いついたように、「もっちゃん、バイオリンやろうか」と腰を上げた。
いつもなら練習に気乗りがしないナツモだが、いつもはこの時間にいないアキコが一緒なので嬉しいのだろう、アキコの言葉に素直に従う。
ナツモにマジメに取り組ませるのは想像以上に大変だぞ、と心の中でアキコにエールを送りながら、僕は遠巻きに成り行きを見守る。
アキコは僕と違って、かなり厳しくナツモを指導している。ナツモの集中力が切れてしっかりやらないと、「もういい、これは返して来る」と言って、ナツモからバイオリンを取り上げる。するとナツモは泣きながら「かえさないで!」と懇願する。
だからと言ってナツモは、バイオリンを再び手渡してもマジメに練習を再開する訳ではない。何回もアキコにバイオリンを取り上げられながら、どうにか弾かせるという感じだ。
僕が練習を見る時は、バイオリンが嫌いになったら一巻の終わりだと思って、ごくごく短い時間しかやらせない。もしかしたら、そのせいで集中力が育っていないのだろうか?バランスが難しいところである。
30分ほど格闘した後、ナツモはアキコに促されて僕に練習の成果を見せにやってきた。
「332211A」、つまり、キラキラ星の「おそらのほしよ」にあたる部分を自分自身で弾くというのが当面の課題だが、正しい音はまだまだ出ていないものの、弦を自分で押さえるという意識付けはできて来たように見える。
それを見る限り、やはりある程度は指導する側も覚悟を持って厳しく当たるべきなのだと思う。
「すごいじゃーん、もっちゃん。ちゃんと押さえられるようになってきたね」
僕が手放しで褒めると、ナツモは如何にも鼻高々な表情で「もうできた」と言い放ち、バイオリンを下に置く。普通、褒められたら、良い意味で調子に乗って、もっと上手くやってやろうという向上心が芽生えそうなものだが、ナツモの場合は褒められたらそれで終わりである。コイツの場合、褒めて伸ばすというのが当てはまらないのかも知れない。
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夕方、ケンからSMSが入る。
「wings tonight? Hooters at 8pm. 10wings for $1」
もう食事の準備は出来ていたが、たまにはいいかと思ったのか、めでたくアキコから外出の許可が出た。夜、単独で飲みに出るのはこの育休生活で今回が2回目である。
誘って来た張本人のケンはベルリッツの授業が20時半まであるためか、21時にならないと来られないと言う。友人達がいるから適当に始めていてくれと言われたが、人見知りな僕は21時に合わせてクラークキーへ向かった。
リバーサイドに店を構えるフーターズに到着したものの、ケンの姿はまだ見えない。フーターズ店内、それから川沿いに設けられたテーブルをくまなく見て回るが当然ながらケンの友達が誰なのか知らない僕は、それらしいテーブルを見つける事ができない。
あるいはケンが、友人達に今夜合流するジャパニーズの特徴、例えば背が妙に高くてモジャモジャのアフロみたいな髪の毛のヤツというのを伝えていて、声をかけられるかも知れないとも思ったが、店の前を5往復ほどしても一向に声をかけられる様子はない。
そろそろフーターガール達が怪しみの視線を僕に投げかけ始めている。そこで僕はケンにSMSを送った。
「どうやってキミの友達と会えばいいの?」
待つ事5分、返って来たメッセージには「たぶんそこにはまだ誰もいないと思う・・・」とある。どうりで何も起こらない訳だ。
「キミはもう出たの?」と打つと、間髪入れず「もう出た、15分で着く」と返って来たので、僕は手持ち無沙汰にフーターズの側にあるベンチへ腰掛けた。
改めて店内を眺める。
フーターズ・シンガポールのウェイトレスは正直な所、そこまで魅力的という訳ではなく、あの、お馴染みのユニフォームも、ただ何となく着せられているといった印象である。客も、プロモーションされているチキンウィングを目当てに来ているためか、ウェイトレスになど見向きもしない。それどころか、子連れの家族さえチラホラと散見している。さぞかし美味しいチキンなのだろう。
月曜日だというのに、例の振替休日のせいもあるのか、川沿いは観光客と在住の人間が入り交じり、昼間とまったく違う雰囲気の盛況ぶりを見せていた。
シンガポールリバーサイドは、現在、たくさんのランタンでライトアップされている。それらをぼんやりと眺めていると、やがてケンとその愉快な仲間たちがフーターズへ続々と到着し、ようやくテーブルに腰を落ち着けたのは22時を回ってからだった。
まったく、愉快な仲間たちである。
ケンと、ケンの彼女でシンガポーリアンのアン・ルー、アメリカ人建築デザイナーハリス、その彼女は名前を忘れた、ハリスの同僚シンガポーリアン・ミン、マレーシア人でトムボーイのクリスティ、そしてベルリッツの日本人受付スタッフ渡辺さんとそのご主人、そこに僕が加わったところでパーティはスタートした。
確かにフーターズのチキンは値段の割には旨い。味はノーマル、スパイシー、スーパースパイシーの3種類、1皿に10本入っていて99¢である。店にいる客は全員、このチキンだけでビールを飲んでいる。
ビールが進むにつれ、会話も当然はずむ。隣に座ったクリスティは僕の境遇を不憫に思ったのか、僕に就職斡旋をしている友人を紹介しようかという。「必要な時は、よろしく頼むよ」とだけ答えておく。
平らげたチキンの皿が10枚ほど積み上がったところで、もう一人のゲスト、ジャーマンレディのアンが合流した。
何処かで飲んで来たのだろうか、すでに泥酔に近いアンは、僕の隣の席に着くやチキンを貪りながら途切れる事なくしゃべり倒す。何事かを仕切りに話しかけられるが、呂律の回っていない英語は僕にとってハードルが高過ぎる。
しかし酔っているのはコチラも一緒である。呂律が回っていない上にスキルが不十分な英語を聴き取るのはもっとハードルが高いだろう。アルコールが入っていると、そんな状態でもコミュニケーションが取れてしまうから人間は不思議だ。
それにしても僕は、こんなにf××kingを連発する女性を初めて見た。アンは、ばりっとしたスーツ姿である。昼間はさぞかし出来る女なのだろう。その彼女が、タランティーノ作品の登場人物ばりに四文字言葉をあらゆるセンテンスに挟んで来るのだ。パンクである。
シンガポールでは明日、「ハリラヤ」というホリデイのため、盛り場の盛り上がりは尋常ではない。僕はこちらへ来て7ヶ月にして初めて、夜の盛り場の一部となった。フーターズは1時でラストコールだ。
その後店を変えてロバートソンキーでもう一杯。家に辿り着いたのは3時である。アキコナツモミノリの3人が折り重なるように眠っているベッドを見て、僕はようやくホッと一息つくのだった。
明日は絶対に二日酔いだ。