人形売りとラーメン屋

大きな公園の側を歩いてた。公園では子どもが遊んでいて、それを遠くのように見ながら歩いていた。どこへ行くかは分からなかった。

公園のブランコに、大人が腰掛けて人形を持っている。子ども達はそれを取り囲み、その大人の女の話をよく聞いているようだった。
女は人形の説明を終えると、子ども達に問いかける。
「じゃあ、このお人形に触りたい人」
誰も反応せず、じっと女を見つめている。
「耳がふわふわだよ」
やはり誰も触ろうとしない。
その人形というのが、ポポちゃんくらいのサイズで服を着ていなかった。髪の毛は肩くらいまでで、頭にはうさぎの、ホーランドロップのような垂れ耳が生えていた。
不気味だ。その人形も、それを売る女も。女はリクルートスーツを着ていて、人形を売っているようだった。大きな荷物を地面に置いている。就活に失敗したらああなるのか。そんなことを思いながら、公園から離れた。

すれ違った子どもが、人形のことを話している。「最初は人形が欲しかったんだけど、やっぱり犬が飼いたい。ねえ、犬が良いよね?」
もう1人が何と答えたのかは聞こえなかった。

しばらく歩くと、ラーメン屋の入り口で人が倒れていた。足だけが外に出ている。声をかけるとのそのそと立ち上がり、不機嫌そうに礼を言われた。二日酔いのようだった。
店に客が入らないことを話されたので、半分ほど聞きながら店の中を見ていた。新しい壁に、ネオン管の店名が光っている。カウンターの奥の席には書類が乱雑に置かれていた。
本当なら奥に座りたいが、奥には書類があり、それを見るべきではない気がした。
1席空けて座り、ラーメンを注文した。前にも来たことがある。味は好きと言えば好きだが、濃過ぎたのだ。それから一度も来ていない。そのことを正直に話すと、作っていたのは前の店長らしい。倒れていた男は、自分もあれは濃いと思っていたから、少しスープを薄くしたと言う。
そうして出てきたラーメンはおいしかった。

店長はよく話す人間で、余裕がなくてアルバイトを雇えないとか、客が来ないのは前の店長の評判のせいだとか、いろいろ言っていた。
私が公園で見た人形を売る女の話をすると、店長の子どもの頃の話が始まった。
この近くにくぐり木と言われる木があり、それをくぐって遊んでいたらしい。くぐったからといって何にもないが、それが楽しかったと。ただ、くぐるとちょうど民家に入ってしまうので、くぐらないようにとよく怒られたそうだ。
嬉しそうな顔で思い出すので、ラーメンを食べたら行ってみることにした。

店長になんとなく場所を聞いて、またしばらく歩いた。木はくぐるなと注意された。
見たこともない木を、見つけられるか分からない。だが、一目見てすぐに分かった。分かれた幹の間がちょうど通れるほど空いている。何の木かは分からないが、黒っぽい、枯れ木のようだった。
くぐるなと言われればくぐりたくなる。それに、くぐったとしても、その先は細い道だった。道は何軒か続く民家の前に、長く続いていた。
幹を軽く触ってバランスをとりながら、くぐった。くぐったからと言って何もない。子ども同士で騒ぐから怒られたのだろう。細い道に立ち、左右を見た。すると、奥の方にぼんやりと桜のような花が咲いている。日に照らされて、輝いていた。それを囲むように、女が3人いた。木の写真を撮りたくなったので、その女達に聞いてみようと近づいた。
3人はお揃いのえんじ色のエプロンを着けている。
「綺麗な花ですね」
私に気付き振り向いた。
「綺麗でしょう。私達は街中の桜の剪定をしているんですよ」
桜の木を3人1組で剪定して回っているのだろうか。よく分からないが、そんな仕事もあるのだ。
桜をよく見ると、松のような木だった。盆栽の松をそのまま大きくしたような、背の低い木だ。葉のある代わりに、花が密集して咲いている。花は桜に似ているが、花弁に切れ目はなく、桔梗のような形だ。初めて見るが、桜には見えなかった。後で調べようと、花を間近で撮った。
少し離れたところからも撮りたいと伝えた。女は並んでにこにこしている。
「どうぞ」

来た道を戻って振り返ると、やはり照らされて輝く桜の木があった。美しい。何枚か写真を撮って、また木の方へ戻ろうとした。すると誰かに呼び止められ、手首を掴まれた。ラーメン屋の店長だ。険しい顔をしていた。

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