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雪の日のこと


歳を重ねるにつれ、雪が降る事を喜べなくなっていた。
寒いし、冷たいし、積もったら歩きにくいし、凍ったら滑るし、電車は止まるし、まるで良いことがない。

でも、そう思うようになったのはいつからだろう。

まだ私が幼かった頃、雪の予報が出ればワクワクした。
母に”ねぇいつ雪降るの?まだ降らないの?積もるかな?”としつこいくらい質問攻めしたものだ。
雪が降り始めた時、雪が積もってるか何回も外を確認しに行った。
空から降ってくる雪を何時間でも見ていられた。
街が辺り一面銀世界になったのを見た時、どこか別の街にでも来たのかと思った。
太陽の光が雪に反射してキラキラと輝いているのを見た時、宝石が落ちてると思った。
フワフワの雪を触った時、雲みたいだ!と思った。
見るもの、触るもの、全てが私の心を踊らせた。

だけど大人になった私は、その時の感動や喜びを何処かに忘れていた。
それを思い出させてくれたのは、娘だった。

2024/02/05
この日、東京はお昼過ぎ頃から雪が降り始めた。
”あ~降ってきたかぁ、帰りまで積もらないで欲しいな”なんて思っていたけれど、この日はしっかりと降り積もっていた。
雨の混じるシャーベット状の雪が私の靴を濡らす。
”はぁ雪ヤダなぁ”気づけばそんな独り言をボヤいていた。
そんな私の心情とは正反対に、娘は雪をとても喜んでいた。
保育園に迎えに来た私を見つけるなり娘は、
”ママー!みんなでね、ゆきがっせんした!たのしかった!”と今日あった事をすごい勢いで話してくれた。
その後も勢い止まらず、”ねぇまだゆきふってる?つもってる?あしたもふる?”と質問攻めにあった。
外に出るなり娘は”ふってる!さむーい!”と言った。
その顔はすごくにこやかだった。

その時の私はこの降り続ける雪の中、娘を自転車の後ろに乗せ自転車を押しながら帰らなければならない事に絶望を感じていた。

2024/02/06
私はいつもより早く起きた。
歩きで登園しなければならないからだ。
昨日夜中まで降り続いた雪は、いつの間にか雨に変わり、雪は若干溶けていた。
それでも気をつけて歩かなければ転んでしまいそうなほど、足元は悪いままだった。
この日はなぜかいつもより気持ちに余裕があって、"よっしゃ、行くか~!"とワクワクしてる自分がいた。
早く起きたからだろうか。

娘をいつもより早く起こした。
朝の準備をしている最中、
娘は、"まだゆきあるかな?まだゆきふってるの?"と質問攻めしていたが、娘の意識は窓の外の世界に集中していた。
お気に入りの長靴を履き、お気に入りの傘を持ちウキウキしながら外へ出た。
"ゆきだー!"と叫ぶ娘。
雪を踏む感触や音を聞いた娘はすごく楽しそうに笑っていた。
その姿を見て、私はやっと思い出す事が出来た。
今見ている娘の姿が当時幼かった私と重なったからだ。
あの時の質問攻めも、窓の外の様子が気になる姿も、雪に触れた時の喜びも、まんまあの頃の私ではないか。

そうだ、忘れていた。
私は雪が好きだった。
違う世界へと連れて行ってくれる雪が好きだった。

あぁ、なんで忘れていたんだろう。

日々時間に追われて、自然を楽しむ余裕が無くなっていた。
雪が見せてくれる景色を当たり前に思っていた。

大人になるってこういう事か。

幼少期は見るものすべてが新鮮で輝いていた。
夢や希望もたくさんあった。
でも今は、すっかり霞んでしまっている。
でも、それは私がちゃんと見ようとしていなかっただけだ。
忙しさを理由に目を背けてただけだ。
初心を思い出させてくれた娘には感謝だ。
歳をとっても私の中には純粋だったあの頃の私がいる。
いつだって大事な事を娘が思い出させてくれる。

ありがとう。ありがとう。

この日の朝は、娘と童謡の雪を歌いながら一緒に歩いた。


忙しい日にこそ、楽しんで、面白がる事を忘れないでいたい。



私はまた、雪を好きになれた。


END

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