香り高いほうじ茶の香りがするお店の記憶
ありんごです
ほうじ茶にはまっている。昔から好きではあったけれど、好きなお店を見つけて、2年間ずっとそれを飲んでいる。
香り高さがたまらない。それも、背筋が伸びるというよりは、ほっこりと柔らかい気持ちにさせてくれる香りだ。
お店と出会ったのは2年前の秋、見知らぬ街に行く機会があり、ネットでグルメスポットを調べていた。グルメだけでなく色々なスポットを集めたサイトを眺めていたら、ふと目に飛び込んできた「○○製茶」。レトロな看板の画像に懐かしい気持ちになって、行ってみようと決めた。
道路沿いを歩くと、画像と同じ大きくてレトロな看板が見えてきた。お店はこじんまりとして、閉まった引き戸の奥、店主と思われる男性が見える。俯いて何やら袋から黒っぽいものを出しているようだ。
意を決して引き戸に手をかける。年季が入っている割にすんなり開いた引き戸に驚いたのは一瞬で、鼻腔を抜ける濃いお茶の香りに思わずおおーっと声を上げた。
「いらっしゃいませ」
店主に挨拶されて、
「こんにちは!」
と返した。店主は相変わらず大きな袋から黒いものを出している。
「とってもいい香りですね」
と話しかけると、
「今焙じ茶を詰めているんです」
と店主は答えた。黒いものなんて言ってしまったけれど、よくよくみればそれはお茶っ葉だった。詰める作業をしているからこんなに濃く香ばしい香りがしたのだった。
製茶という店名を見て、勝手に売っているのは緑茶だけだと思っていて、緑茶を買おうと思って来たはずだった。でも、心の中にむくむくとほうじ茶欲しいなあという気持ちが湧いてきていた。あんな香ばしいもの、手に入れずにいられるわけがない。
店主とはそれからお仕事の邪魔にならないか心配しつつも少し会話した。緑茶といっても様々な階級があること。季節ごとの緑茶があること。ほうじ茶も同様であること。お茶を飲むのが好きな割に聞いたことのない話が多く、さらに興味が湧いた。よく見ると、こじんまりした店構えでありながら茶葉の種類が多いのだ。迷ってしまう。
「おすすめはどれでしょうか?」
そう聞いてみたけれど、
「おすすめ、、おすすめですか、、うーん、、」
店主はすっかり考え込んでしまった。もしかして愚問だったかしらと私は思った。秋なのだから秋のハイランクなものとか、お客ならそういうものを選ぶべきなのだろうかと私は逡巡した。店主は考え込んでしまったけれど、不思議とその空間は気まずいものではなく、和やかな空気に満ちていた。私は、勝手ながら全ておすすめだと解釈した。
「そうしたらこれと、これをお願いします」
緑茶の季節ものの茶葉とほうじ茶の特選茶葉を2種類購入することに決めた。店主は少し驚いた顔をした後に、
「ありがとうございます」
と言って袋に詰めてくれた。私は笑顔で
「ありがとうございます」
と言って受け取った。店主も笑顔とは言えないが少し柔らかな表情になっていた。
引き戸に手をかけようとして、振り返る。並んだ茶葉、ガラスケースの向こうの店主、奥の扉、何が良いと問われても表すのが難しいけれど、その仕事場は素敵だったし、私はその店が好きだと思った。目があって会釈する。ほうじ茶の香りが素晴らしい。
外に出る。道路を車が往来する。引き戸を閉めてもほうじ茶の香りがする。歩き出す。振り返って看板を見る。これからも日々店主はお茶を作って詰めて売って過ごしていくのだろう。私は毎日来れないけれど、お店がずっと続いたらいいなと思った。歩くほどにほうじ茶の香りが薄れる。少し寂しい。でも心はじんわりと温かい。
ほうじ茶を淹れるたびに、私は店主のことを、あの素敵なお店を、あの香りを昨日のことのように思い出す。幸せな記憶だ。
ありんご