陣痛が始まったら、あとは産むしかないんだと思います。
「なにかが始まったら、あとはそれをどんな形でもいいから外側にひねり出す。出した後のことはその時に考える。出産と同じだ。陣痛が始まったらあとは産むしかないんだよっ!」
くらいの気持ちで過ごしていれば、たいていのことは大丈夫。
出産って単語を出すと
「したことないからわからない」
という方もいらっしゃると思うのですが、クリエイターなどじゃなくても、会社員とか学生とかバアチャンとかジイチャンとかでも、なにかを作り出したり、なにかを生み出すって日常で多いと思うんですよ。
勉強とか仕事とか、始めたら終わりはなくてもひと段落することってあるでしょ?
まぁ、単語に引っ張られず
「想像してごらん」この歌詞のように~
Imagine there's no Heaven
It's easy if you try
想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
ま、天国がどうとかっていう話ではないのですが。
あー、説明が長くなった。
なにかが始まったら、必ずどこかで終わりが来る。
上記の喩えでいえば、陣痛が来たらどんなに痛くて苦しかろうが赤ちゃんが出てくるまでそれは続く。
出産スタイルは状況に応じてさまざまですし、途中で何が起こるかなんて誰にもわからない。「もうやめるーーーー」と叫んでも、ブリュンと出るまでは終わりません。
話が逸れた。何かが始まったらに戻ります。
その終わりは永遠のものかもしれないし、ひと段落くらいのものかもしれない。それはわからない。
勉強でも仕事でも、ひと段落することはあっても終わることはない。人間、日々勉強。人間関係も、始まったら必ず終わるときがくるけれども、また新たな関係が始まる。登場人物が変化するだけだしな。
人間は死ぬまで成長する生き物っていうじゃないですか。よくわからんのですが、多くの人がそういっているからそうなんでしょう。
「これやろう!」と思ったら、そこが出発点。
思い通りにいかなくて、虎ノ門の上島珈琲の前で「あー、ちくしょー。全然思い通りにならねーよ!!!」と口を突いて出て、でもよくよく考えてみたら「思い自体がなかった」って状況だったとしても、動いているから「思い通りにならねーよ」という言葉が出るのだと思います。
↑ 虎ノ門発言は 有元実体験。割と大きめの声が口を突いたのですが、虎ノ門は大人な街なので、みなさん知らん顔をしてくれます。ホッ
なにかを始めて、それが「思っていたんと違う」となっても、行動に起こしたからそれがわかったってこと。行動しなかったらわからなかったんだから、行動したね、素晴らしい! ということになります。
なにかを考えて、それを始めて、行動して、ギャーと叫んで、そこでまた考えて、始めて、行動して…
というのはPDCAにあたるのだと思うのですが、それを繰り返していれば、必ず何かは生み出せる。
それが「思ってたんと違う」だとしてもね。
なにかを始めるとき、そこには目的地があると思うのですが、目的地にたどり着く前に微調整や修正は必ず入ります。
行動してみたら目的地が変わることもあろうかもしれない。
この道しかたどり着けないと思い込んでいたけれども、違う道もあったことに気づくなんてこともあるかもしれない。
目的地があいまいでも、走っていたら気づくことがあるかもしれないし、仮説的に決めておいて都度修正して柔軟に対応してもいいと思います(あくまでも当社比)
今、行動していることはなんのため? と止まって考えて動いて考えてを繰り返していれば、見えなかったものが見えてくるかもしれません。
なんてな。
<補足>
職業柄、形のないモノが視える方が周りに多いのですが、17年くらい前かな?
「あなたのやりたいこと、妊婦さんでいったら妊娠10年くらいのスパンで腹の中に温存しているわね。象より長い妊娠期間だわ。アッハッハ」
と笑われたことがありました。数年前、その方と久しぶりに会って話したら「あら、まだ妊婦さんね。アッハッハ」といわれたんですが… 妊娠30年近いらしいですよ、わたし。アワワ
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