ごあいさつにかえまして
ごきげんよう、有馬 美樹と申します。
中小ソフトハウスでプログラマーとして勤務するかたわら、「カクヨム」「小説家になろう」でWeb小説を書いている、アマチュア小説家です。
アマチュアですので、もちろんプロではありません。
へりくだって「物書き」といわず、最近アマチュア小説家を名乗るのは、「名は体を表す」と考えているからです。
今回は初回なので、徒然なるままに、私の来し方を記したいと思います。
面倒な方は、目次だけ斜め読みでけっこうです。
私が「小説」を知るまで
小学校の国語の教科書に、一枚の地図が描かれています。
それをもとに、物語を書き表わしてみよう――これが、私が「物語」を表現したいと思うようになった原点。
当時、私が原稿用紙やノートに書き連ねていた「物語」は、到底小説と呼ぶに値しない、恥ずかしいものでした。
影響を受けた小説たち
そんな私に、小説とはこういうモノだ、と教えてくれた一冊があります。
笠原弘子さんが好きでタムリンに興味を持ち、買って読んだ「エメラルドドラゴン―竜を呼ぶ少女」は、カルチャーショックでしたね。
自分が書いていた「物語」は小説ではなかったのだと。無知であることを知ったきっかけでした。
篠崎 砂美先生が書かれた本作は、幼稚な私を打ちのめしたのです。
かなり影響を受けたのが、エロゲの往年の名作「同級生」のノベライズ。
中山 文十郎先生による三部作。実は「同級生」はエロゲをプレイしたことがないんですが、ヒロインたちが魅力的に描かれてました。
「下級生」ならプレイしたんですけどね。
そして、私がジュブナイルポルノというジャンルの作品に触れた、そのきっかけが、今は亡きヤマグチ ノボル先生の作品「シスタースプリング―いつかの妹」。
このように、私の読んできた小説の多くはエロゲのノベライズや、フランス書院美少女文庫などのジュブナイルポルノが多くを占めていました。
ほか、田中 芳樹先生の「銀河英雄伝説」、笹本 祐一先生の「ARIEL」も、高校の図書室で借りて読んだ思い出があります。
純文学はあまり読んだことがありません。
本を読め、読め、俺は一年間で296冊読んだんだ、とマウントを取ってくる父親への反発もあって、その蔵書の大部分には手をつけませんでした。
今となってはもったいない限りですが、仕方のないことです。
本当の価値は、なくなった時にわかる。
人生において、価値を知るということは、そういうことです。
なくなる前に価値を見出せる人は、非常に幸運だといえます。
私の創作活動の遍歴について
大学生の頃、某暗黒太極拳で有名な「センチメンタルグラフティ」という作品にハマり、その二次創作小説を書くようになってから、人様に自分の小説をみてもらうようになりました。
その頃の私は、痛かったなあ……メアリー・スーも経験済みです。記憶から消し去りたい、恥ずかしい「黒歴史」です。
恥という名の釉薬(うわぐすり)を何度も塗って、焼き物を作るような人生を送ってきました。
ボカロPとしての活動へ
就職して社会人になり、とあるガンダムのオンラインゲームをやるようになって、2007年。そのチームメンバーから「こんなのあるの知ってる?」と教えられたのが初音ミク。
そうして、小説からDTMがメインとなり、ボカロPとして活動していた時期がありました。ボカロ何個持ってたかな、40万くらい使った気がしまs(ry
ちょうど、秋から冬にかけての時期。楽器屋さんでクリスマスソングの楽譜を買いました。
オケが作れなかったので、伴奏つきのアヴェ・マリアをひたすら打ち込んでいたら、それが「P名」になりました。現在の「有馬」にもつながっている名前です。
DTMのド素人だった私が、数年かけてボカロに習熟し、打ち込んだ一つが、こちらにある「荒野の果てに」。
クリスマスの頃になると、聴きに来てくださる方が今もいて、とても嬉しい気持ちです。
なぜか、ヤマハ系列の会社さんからリリースされたコンピレーション・アルバムに、巡音ルカによるアヴェ・マリアのカヴァーを収録してもらったことがあります。奇縁というべきか。
ボカロPの活動をやめる前年、2011年は東日本大震災の年。仙台市青葉区に住んでいた私は、「人生で初めて死ぬと思った」体験に触れました。
そして「魔法少女まどか☆マギカ」にハマり、美樹さやかに惚れます。
現在も生きている「美樹まりあ」名義を初めて使ったこの作品が、私のDTMでの集大成かもしれません。
しかし、いろいろと不幸が重なり、翌年DTMの活動を休止しています。
だから、これらはぜんぶ、過去の栄光。
動画を全部消してしまおうかって何回も思ったけど、消さずに残してます。
「荒野の果てに」のように、今も聴いてくださる方がおられるから。
ただ、ボカロPとして活動していた頃から作ってきた、絵描きさんをはじめとしたクリエイターの皆さんとの縁は、少なからず現在につながっており、とてもありがたく感じております。
再び、二次創作小説の活動へ
ボカロPをやめ、物書きに戻った私は「さやかちゃんが救われる物語」を書いていました。
そこに転機を与えたのは、公式の続編「叛逆の物語」。美樹さやかと佐倉杏子のある意味「救われた姿」を見た私は、「よがっだねぇぇさやがぢゃぁぁん!」と感無量に。
「さやかちゃんが救われる物語」という創作意欲の根幹は、公式のお計らいで成仏を果たしたのでした。
その後は、「艦隊これくしょん」にハマって二次創作活動を再開。同好の仲間を集めて、しまいには100ページに及ぶ分厚い合同誌を主宰しつつ、編集者とライターを兼任する、という無茶をやっていました。
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=657443
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1173283
そこに、またしても転機が訪れます。お察しかもですね。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行です。
複数の活動をもつことがリスクヘッジに
いわゆるコロナ禍は、社会的に多大なダメージを残していきました。
対面での同人活動に支障をきたし、売り上げもモチベーションも下がり、学生時代から時にボカロに寄り道しつつ続けてきた、二次創作の活動に限界を感じるようになりました。
2020年春、コミックマーケットの開催が中止になりました。
当時、コミケ合わせで制作していた合同誌は、一度もコミケで頒布したことがありません。
捲土重来で新たに制作した合同誌は、またしてもコミックマーケットの開催時期とオミクロン株の急激な流行が重なり、コミケでの頒布を断念せざるを得なくなりました。
分厚い本は制作コストが大きいこと。数十名のゲストを招くため精神的コストが大きいこと。しかし対面での交流ができず、やる気と達成感のフィードバックが得られないこと。
これらにより、金銭面とモチベーションの両面で、大きな打撃をこうむり、二次創作の活動をやめる決断をしました。
それは、私の創作活動の軸足が、すでにオンラインを舞台とした、一次創作へと移っていたためでもありました。
2018年秋ごろから、私は「小説家になろう」で最初のなろう系小説を書いていました。他の方の作品を見て、自分も何か書けるのではと勘違いをして書き始めた作品は、とても拙くて、荒唐無稽な小説でした。それが一年半後のコロナ禍において、「リスクヘッジ」として機能したのです。
私の創作活動の火種は、「なろう」で生き延びていました。
一次創作の途へ
2020年5月16日にカクヨムにて、現在執筆中の小説「ルナティアーノ・サガ」の投稿を開始しました。
2018年秋から小説家になろうで執筆していた「ドキッ!女だらけの異世界英雄譚!」という作品をリブートしたモノでした。
5月16日は不慮の事故で亡くなった、父親の命日です。
私が歩んできた人生の中で最も苦しく、悲しく、過酷で、心を打ち砕かれる思いをした日でもあります。
あの日、古い私は死にました。今、生きているのは新しい私です。
その日を選んで、現在に至る「ルナティアーノ・サガ」を書き始め、現在に至っております。
創作活動とは「ひとつの世界の表現」
私にとって、創作活動とは己心の物語のアウトプットを意味します。小説を書くことはその手段(メディア)のひとつであり、目的ではありません。
イラストでも、マンガでも、映像でも、音楽でも、ゲームでもいい。
「ツァラトゥストラはかく語りき」で有名なリヒャルト・シュトラウスは、アルプスを音楽で表現せん、と「アルプス交響曲」を書いています。己心の世界を表現できれば、手段はなんであってもいいのです。
その中で、自分が使える手段が「小説」しかなかっただけでした。
かつて、私はセンチメンタルグラフティのヒロインの絵を描いたことがありますが、自分の下手さに我慢できなくて、描くのを辞めちゃいました。
自分のへたくそに思われる絵に向き合い続け、画力が超進化した絵描きさんのBefore / Afterをみると、本当にえらいなあ、と尊敬します。
よって、私にとっての創作活動は小説に留まりません。
イラストなどをも包括した、ひとつの世界の表現です。
小説はその原点であり、ひとつの物語の糸口を記す何かです。
ただし、小説は読んでもらわなければ、中身が伝わりません。
したがって、読んでもらい、楽しんでもらうにはどうすればいいか、日々模索しています。
現代はカネで時間と技術を買いやすい時代
昨今、SkebやSKIMAといったコミッション・インフラが充実しています。
ひとつの世界を組み立て、具現化するために、ヒト・モノ・カネを使う。
「カネで時間と技術を買う」のが社会人の特権だと、私は思います。
自分のなけなしの可処分所得から、Skebリクエストや作品への監修といった外注費を捻りだす。なかなかつらいですけど。
それが生きがいであり、人生の張り合いになっています。
みつきつみ先生にSkebで描いていただいた、「ルナティアーノ・サガ」のメインヒロイン「ソフィア」のイラストは私の宝物です。
https://skeb.jp/@mitsuki_tsumi/works/10
創作活動とはライフワーク、生きる目的である
私にとって、創作活動は生きる目的のひとつといえます。
人間生きていれば、必ず最期の日がやってきます。
虎は死して皮を留め、人は死して名を遺す。
いつか私が死ぬまでに何を残せるか。
満ち足りて死ぬことができるか。その為に何が必要か。
それを考えたり、考えなかったり、また考えたり。
人生に経験則はあっても、最適解というモノは無いのかもしれません。
持続可能な創作活動には時間と資産、健康な心身がいる
ゆえに、大切なのは自分の選択できる可能性の幅を広げること。
時間という有限で不可逆なリソースを大切に使うこと。
資産という現実を生きるための糧を持てるようにふるまうこと。
そして、心身をできるだけ健康に保つルーティンを備えること。
20年前に知っておきたかったようなことを、20年前の自分にわかるように、ためになることを書いていけたらと思います。
よろしければお付き合いのほど、どうぞお願いいたします。
2023年7月15日 有馬 美樹