しがないADの駄文日記 継続は力なり継続出来るのは力ある者のみ編
日記調に書くつもりが、いつの日か日付を書くのを忘れていた。忙しいを言い訳に。
そもそも日を記すと書いて日記だから、月終わりに書いているのは月記だった気もするが。でも、手帳は手に書かないし。
しがないと駄文という逃げの2文字を並べて、ハードルを下げて、ちょっと良いこと書いたら褒められるかもみたいな、甘い考えが見え見えだ。
なんて、客観的に自分を見てくれた自分は最近なかなか現れない。
きっと大人になってしまったのだ。
久しぶりに、1番共通項の多い友達と会った。
あの時の自分たちは、くくってしまえば因数分解も簡単に出来たのに、今は複雑な式が残る感じがした。
お互い大人になってしまった。
世間体という共通項をくくれた時には嬉しくもあり寂しくもあった。
久しぶりに会うと何話せば良いかわからない不安があったけど、そんな心配は必要なかった。
お互いにアルコールを交わし合い、新しく出来た共通項を話し、思い出に浸ればあっという間に時間は過ぎていた。
でもその回の最後に、自分が忘れていた事を思い出させてくれた。そういう友達は大切にしないといけないと感じた。
テレビ業界に入り、テレビが少し嫌いになった。
外から見れば煌めいた世界だったのに、内に入ると黒くて暗い感じがする。
この中で、自分が輝けない気がした。
でも、どんなに遠く離れた星でも誰かが見つけてくれる。その時まで、どんなに小さい光でも輝き続けないといけない様な。そんな気分だ。
友達と洋服を作っている。
洋服を作るというと、なんか語弊がある。
企画を考えて、デザインを考えて、広告を考えて、売り出し方を考えて。
自分はアイデアを出さないといけない。なんて感じない。自分がやりたい事を尊重してくれる。
そしたら、その期待に応えるだけ。
自分は先見の明がある空気を醸し出すのが上手いと思う。そのメッキを剥がさず、一緒に貼り付けてくれる仲間が近くにいて良かった。
これからも自分勝手に傲慢に続けたい。
なんて、横柄な文章なんだ。
気を遣って疲れないの?
なんてよく聞かれるが、こっち側は気を遣っているという感覚はない。
相手に求められている事をこっちで勝手に判断して口にする。自分はこんな事考えてますよ。と。
そして、勝手に反省する。
あの時の言動は違ったって。
なんて褒められたいんだ。昔捨て猫だったのかと錯覚するくらい。
大学時代の自分の文章の方が面白かった。
青くて痛い、そんな文章を書きたくて今日は書いた。
あの時は面白いと思われたい一心で書いた。今もそれは変わってない気がした。でも、一身に書いてる気もした。
こんな文章、誰の心にも刺さらない。と書いてまたハードルを下げる。つまらないって思われたくないから。だがそれでいい。どうせしがないADの駄文なので。
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