アイスコーヒー
カランコロン
営業先から商談をドタキャンされた俺は、会社に帰ると理不尽に怒られるので、現実逃避の為、目に入った喫茶店に入った。
店内は薄暗くて狭く、客と思われる人は自分以外に一組のようだ。どこか自分の心情と似た部分を感じた。
案内された席に座ると共に
「アイスコーヒーで」と注文した。
「うちは日替わりで、酸味の強い豆と苦味の深い豆を使っています。どちらにしますか?」
はっきり言って、俺には豆のこだわりなんかない。コーヒーは好きだが、豆の種類なんてわからない。アメリカンが結構苦いんだっけ?みたいなもんだ。少し通人ぶって悩んでから
「じゃあ苦味の方でお願いします。」と頼んだ。
「かしこまりました。」
Twitterを開き、タイムラインを流しながら、グラビア女優の水着姿の写真を開いては閉じるを繰り返し、少しばかりの虚無な時間を堪能しようとしていた。
店内には俺以外に一組しかいないので、否が応にも少し離れた席に座るその人たちの会話が耳に入る。
「えーっと。今回、ここのバイトを応募した理由は?」
「コーヒーが好きで、ここも家が近くてよく来ていたからです。」
「なるほどね。今25歳だよね。前職は?」
「サラリーマンとして勤めていました。ただ、辞めてしまって。」
「それでうちにね。珍しいね。もっと探せば色々と仕事あるでしょ。うち、バイトだよ?」
「分かってます。ただ、私の好きなものでパッと思いついたのがコーヒーしかなくて。それでとりあえずここに…。私、社会に馴染めなかったんです。順応しようと繰り返しても、叱咤される日々。もう耐えられなくて。気付かぬうちに、会社を辞めていたんです。」
「なるほどね。多分、君は砂糖だったんだよ。」
「え?」
「コーヒーってさ、砂糖をいくら入れても黒いまま。飲んでみないと変化が分からない。じゃあ、飲んでみればって?そんなの無理よね。飲む側の人間になんて、そうはなれない。君は社会を変えようと意気込んで会社に入ったは良いものの、なにも変えられなかった。」
「…」
「でもね、君はその会社を辞めた。砂糖になることを辞めたんだ。君が次に目指すものはミルクよ。ミルクは見た目を変えられる。どんどん、コーヒーが君の色になっていくんだ。好きな事を磨いて、自分色に変えていけると良いね。」
俺はコーヒーを飲んでその喫茶店を後にした。会社に戻ることはなかった。
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