はちみつ「動物倉庫」

はちみつ第二回公演「動物倉庫」2023.12.7-10. MURIWUI
原案 大江健三郎
作・演出 高山遥
出演 磯部香月 岡田隆成 三浦拓真 (あいうえお順)
演出助手 宮崎柊太
照明 篠崎大樹
音響 薮田顕都
制作 大野創
当日運営 大村琴音
宣伝美術 飯塚琴音

※観劇日2023.12.8
どうにも大江健三郎の『動物倉庫』を読まぬうちには、はちみつの上演について書けないと思ってしまうのは、その上演がどこか腑に落ちていないせいであるのを認めざるを得ない。だがその腑の落としどころを、原案から脚本化する過程へと求めたい気持ちを中断し、本文が大江戯曲とはちみつ上演の比較となるのを避け、過去の観劇時の感覚をもういちど開き直すことで書きたい。



 私がまず興味を惹かれた部分は虎が檻におらず、逃げたに違いないという報告を倉庫番が受けた所から浮き出てくる、二つの主題らしきものについてだった。つまり「脱走の責任の所在を押し付けながら、世間に知られないように内密に処理をしようとする組織の保守性」と「猛獣の虎が住宅街の中に身を潜めている恐怖」である。この二つの主題は逃げた虎が一向に捕まらない宙づりの状態によって、倉庫/舞台上に漂い続ける。ここで維持される宙づりの状態は、ゴドーの“待ち”など不条理な物語にはある要素だ。虎というコントロールできない野生が人間社会に放たれているだけでも面白さがある。しかし、今作について、倉庫番が警察に会うまで不条理劇ではないと思って観ていたことを白状したい。
 不条理な、とくに別役実をはじめとする不条理演劇に対してゼミの頃から今作の作・演出を務める高山は志向していた。在学中私が初めて観た同団体の「風の強い日」(21')から二年の期間をあけての観劇だったが、本公演に寄せた文章を読み、不条理演劇の志向からの変化を感じた。文中から最も重要な部分を抜粋する。

“別役実の「マッチ売りの少女」が、「戦後日本人論」であると言われているように、今回の作品は言ってしまえば「コロナ後の私たち論」である”

「風の強い日」にはあらすじ以外に文章は無く、さっぱりとしたパンフレットだったが(今回もさっぱりはしていたにしろ)作品について明確な事が書かれ、上演に対して今までとは違う何か覚悟のようなものを感じた。それに対応して私自身も、不条理演劇に対しての注意とは違った「コロナ後の私たち論」に沿わせる注意を払い、二つの主題らしきものも比喩として捉えた。
しかし虎が捕まらない間、倉庫番が銃を手に外へ出ていくまで宙づりの状況には「何も起こらなすぎる」膠着させた違和感があった。倉庫番の30年間の平穏は既に放たれた危険な虎の脱走を隠した所で守れるはずがなく、そこで警察を呼ばず報告をしない倉庫番(演:岡田)や事務員(演:磯部)、サーカスの男(演:三浦)は、物語の中でいずれ良くない事を招きそうな=善くない人物と見え、虎の行動によってそれら人間が動かされる展開を期待した。
 しかし状況は急速に、自分が解決をするという倉庫番の男の内面の決意によって閉じられる。闇夜で発砲した男は、虎が既に居場所を確保され、そもそも脱走などしていない事を警察より知らされる。(知らされるのは観客の方だ。)人物にアクションを起こさせる軸となる、放たれた虎がそもそも否定される展開はいささかショックであった。しかし続いて倉庫番はこれを受け入れず、事務員の声をこだまさせながら銃を手に自分が見た虎を追う決意を固め、上演は切り上げられてしまった。
 この最後にかけて、やはり不条理劇なのかそうではないのかと混乱したのは、あまりにも派手な操作が行われた様に思えたからである。物語にはしばしば登場人物がマボロシを見ているといったトリックが使われる。しかしマボロシを見ていることを観客が理解してからが醍醐味であるこの派手な展開は、今作で居ない虎を見たとされる倉庫番のこれからを放り出したまま断ち切られてしまうのだ。それ故に「ここからが面白いのでは?」と腑に落ちない気持ちが残るのである。

大江健三郎の『動物倉庫』をネットで検索してしまえばそれが不条理劇の戯曲だと説明されていることが分かる。もしそうであると覚悟をした上で、はちみつの上演を観て居ればあの急展開をどのように受け取れただろうか?『動物倉庫』に見出された「コロナ後の私たち論」はどのようなものだったのだろうか。その展開場所はこの上演が適切だったのだろうか。
私はこの上演(MURIWUIのささやかな空間や橙の照明、三者三様の俳優の声など)からつるつると出てくる言葉や世界が、主題らしきもの、示唆的な会話(例えば悩む幸せについて)、そして今までに書いたような違和感へそれぞれ分離しながら散らばらせるしかない感覚を受けた。また、たとえ散らばったとしてもそれで良いのだろうと思える作品もあるが、今作についてまだそう思えない。




だから、つまり、しかし、遅ればせながら、『動物倉庫』を読む事にする。


※2023.12.11に加筆


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