ゴースト・バスターズ

排除より共存を

 ゴーストをバスターする。町でいたずらする幽霊を捕獲し、最後は本拠地を粉砕する。異星人を逮捕するメンインブラックと似ているが、メンインブラックは異星人と地球人の同居を認め、その中で迷惑な異星人を退治する。ゴーストバスターズは、要請に応じて退治に出かける、ネズミ駆除みたいな感じ。そして最後は、マシュマロマンをやっつけて、幽霊を根絶する。

 他者との接触は、古来ものがたりの普遍的テーマだ。おおざっぱに、共存する中で文化の違いがおもしろさを生むものと、排除の戦闘を楽しむものがある。ゴーストバスターズは、排除の方だ。

 共存するか排除するかは、事態ではなく、向き合う人の思いによって変わる。ゴーストが必ずしも迷惑な存在とは限らない。この作品では、ホテルに出て食べ物をあさったりする幽霊を退治する。客が食べる前の食事を横取りされるのはホテルにとって迷惑だが、空腹な幽霊に食事を用意するなどすれば、実害を避けられる可能性がある。

幽霊を恐れる客が苦情を言うかもしれないが、幽霊が怖いのは、幽霊になじみがないからだ。そこらに幽霊がいるのが日常であれば、幽霊がいるというだけで騒ぐ人はいない。通常と異なるものだから、幽霊がいるというだけで怖がってしまう。幽霊が何か害をなすなら忌避するのは当然だが、幽霊という存在だけで、人は幽霊を恐れてしまう。幽霊の正体が枯れ尾花であろうとなかろうと、自分に害をなすものでなければ、排除しようとするのは失礼だ。

 人は、分からないものを恐れる。幽霊が怖いのは、どんな存在なのか分からないからだ。凶暴な人や動物、究極の恐怖である死も、どんな状況に陥るか予測がつかないことが、恐怖の源だ。たとえどんなに力の強い人でも、いきなり暴れ出したりしないと分かっていれば、怖くない。ライオンや虎も怖いけど、小さな犬や猫だっていつ噛みつくか分からなければ、怖くてしょうがない。幽霊も同じで、そこに死後の存在、触れられない生物がいる、というだけなら、なんら怖いことはない。

ただ、ここで注意しなければならないのは、単に幽霊だから怖い、という発想だ。危害を与えられるかもしれないから怖い、ではなく、幽霊だから怖い、という考え方だ。なんの根拠もなく、ただ幽霊は怖いもの、という思い込みが一番怖い。

幽霊は怖いもの、というような思い込みは日常にあふれているが、中でもロシアは侵攻するもの、ウクライナは反撃するもの、といったような思い込みは、単なる思いが人の命を奪うようなことになる。想像せず、現実をまっすぐありのままに見ることが、様々な争いを避けることになるのだろうが、これが言うほど簡単じゃない。

 異世界の者を排除し、特にきびしい戦闘で勝利したりすると、うれしくなるが、長い目で見ると、それは必ずしも良い結果をもたらさない。まずは共存のための努力をしたい。どうしても互いに共存の意思がないと分かった時には、自らの身を守るため排除行動に出るしかないが、その時には互いの全滅を覚悟しなければならない。この作品では人間がゴーストに勝ったが、どっちが勝つかは時の運。戦う時には、自分が死ぬかもしれないのはもちろん、家族や友人がみんな死んで、自分だけが生き残ることも覚悟して臨むべきだ。


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