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丼丸の大将が好きだ

近所に丼丸がある。
丼丸はテイクアウト専門の海鮮丼屋だ。
丼丸があることに気づいたのは、引っ越して来てから1ヶ月ほど経ったころだった。
外食中心の僕にとって、気軽においしい海鮮丼が食べられるのはうれしい。
しかしその日はすでに晩ごはんを食べてしまっていたので、後日足を運ぶことにした。

初日。窓一面に貼られたメニュー表をじっくり見ながら選ぶ。穴子ネギトロ丼にしよう。
そして入店。すると、まさしく寿司職人という格好をした、頑固そうなおじさんが出てきた。「大将」である。
僕は淡々と注文し、会計し、穴子ネギトロ丼ができあがると、すみやかに店を出た。

◆ ◆ ◆

大将と会話をしたのは、2回目に行ったときだ。
店の前に着くと、前回と同じようにメニュー表を睨み、入店。
サーモン縁側丼の大盛を淡々と注文し、640円を払おうとした。
ちょうどその前日、友人たちとご飯を食べ、割り勘のせいか何かで大量の小銭を持たされていた。
できるだけ小銭を使いたかったので、5円とか10円とかをこれでもかというほど召喚した。
コンビニやスーパーではよくある光景だし、僕が販売スタッフをしているときも小銭ばかりの会計に当たることは普通にある。
だからそのときも淡々と会計を済まそうとした。

が、大将は違った。
こてこての東北なまりで全然聞き取れなかったのだが、何か言ってきた。
「えっ?」と驚く僕に、大将は呆れたように「このキャッシュレス時代に、なんでこんな払い方をするんだ」といった内容のことを言ったのである。
どうやら怒られたようだ。
しかし、それと同時に感じることがあった。心地のよさだった。
僕は怒られたはずなのだが、呆れの混じった大将の声に、なぜか「この人、大丈夫だ」と直感してしまったのだ。
慌てて「いや、違うんですよこれは!」と返したが、大将はめんどくさそうにお金を回収しお釣りを渡してきた。
大将の表情は決して笑顔ではない。やはり「頑固そう」という予想は的中した。
だけど、その会話だけでなぜか「大丈夫」と感じたのである。

◆ ◆ ◆

その一週間後。いつものようにメニューを決めてから店内に入った。
今日は穴子ホタテ丼の大盛にする。
まだ少し緊張しながら注文すると、大将から思いもよらない質問がきた。
「今日も現金か?」
大将に覚えられていた。
だけどその日は秘策を用意していた。僕は自慢げに「今日はLINE Payですよ!」と答えた。
すると大将は「なんでLINE Payなんだ。PayPayのほうがラクだろ」と言った。
また怒られてしまった。
さらには「今ならdポイント払いも良いぞ」「Suicaはめんどくせえから入れねえよ」などと話しながら酢飯にネタを盛り付けている。
大将はこてこての東北なまりなので、話の3割くらいは理解できないが、僕は相槌を打ちながら待つ。
やがて穴子ホタテ丼ができた。
大将いわく、穴子ホタテ丼を選ぶのはマニアックらしい。
ついでに店の鮮魚自慢をされた。
大将は意外とおしゃべりなんだな。
僕はだいたい聞き役で、気づけば10分近く滞在していた。
お礼を言って店を出ようとしたとき、大将は「また明日な」と言った。

◆ ◆ ◆

それ以降、月に2、3回は足を運んでいる。
メニューを決めないまま店に入ることも増えた。
穴子ヅケ縁側丼を頼もうとしたら「今日はやめとけ」と言われカツオ丼への変更を余儀なくされたり、光り物三色丼を頼もうとしたら「やめとけ」と言われシマアジ丼になったりする。
またある日は、入店するやいなや「タイ食え」と言われマダイ丼に決まることもある。

引っ越して来てから半年が経つが、近所に友達が住んでいるわけでもなければ、飲み仲間もいない。
もともと一人で楽しめるほうではあるが、それでもたまには誰かと話したくなる。

そういうとき、丼丸に行って大将と話す。
「いつもそこにいる」という事実は、大きな安心感を与えてくれる。

夜通し書いていたら丼丸に行きたくなってきた。
今度は何にしようかな。
いや、大将がまた勝手に決めてしまうかな。

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