パーマネントの乱
僕の相方のおえちゃんは髪型へのこだわりが強い。
おえちゃん自身の髪型もそうなのだが、
僕の髪型へのこだわりも強い。
僕はA連理を結成する前は坊主だったのだが、
結成する時におえちゃんから
「髪の短い人はおもしろくないので髪を伸ばしてください」
と言われたのだ。
なんとも残忍な言い様である。
でも言いたいこともわかる。
"明るくて元気だから坊主にしている"という魂胆が見えすぎているからだ。その浅はかさが見ている人にも見透かされてしまうという懸念からの、あの発言である。
僕は言われるがままに髪を伸ばした。
しかしおえちゃんはそれだけでは満足できないのだ。
髪を伸ばし始めてしばらくした後、
僕は坊主だった人が髪を伸ばす時に必ず通ることになる、栗のような頭になった。
すると、おえちゃんは
「栗みたいで気持ち悪いので早急に伸ばしてください」
と言ったのだ。
無理である。
こんなの伝説のクレーマーじゃないか。
髪型を変える事はできるが、速度だけは変える事ができない。不可能である。
あのナポレオン皇帝だってきっと、
「いや、さすがに無理じゃない?」
と微妙な顔をして言うことだろう。
そしてナポレオンを乗せている馬も、ヒヒーンと言うこともなく、微妙な顔をしている。
そして芸術家がそんな1人と1匹が微妙な顔をして、こちらを向いている絵画を描くことになるのだ。
そんな絵画ではナポレオンは今ほどの人気は出ず、社会の教科書の人気アイドルは、マイナーな皇帝として世界史Bの教科書に移籍することになるだろう。
ナポレオンもいい迷惑である。
おえちゃんはそんなことを平気で言うのだ。
そこからしばらく経ち、髪も肩につくようになり、いわゆるロン毛の入り口に立ったのだ。
これでもう、おえちゃんの満足する髪型になっただろうという頃、またしてもあの伝説のクレーマーがやって来て言い放ったのである。
「汚いです」
じゃあどうしろって言うんだよ!!!!
知らねえよ!!!!
お前がこうしろって言ったんだろ!!!
僕は逆におえちゃんが嫌がるまで伸ばそうと思った。
復讐してやるのだ。
まずは、少しずつ僕の髪が伸びていく恐怖をじっくりと与える。おえちゃんが想定している僕の髪の長さになった時、僕に「このくらいを保ってください」と言うだろうが、切らないのである。
そして、僕は髪を伸ばし続け、腰くらいまでの長さになり、それが膝くらいまでを超えて、ついには身長を超えて床に着き始める。
その頃には、おえちゃんは僕に会う度に、
「髪を伸ばしてください」と言ったあの日のことを後悔するだろうがもう遅い。
僕は怒っているのだ。
おえちゃんは少しずつ痩せ細り、ご飯も喉を通らない。
だが僕は髪を切らない。
伸び続けた僕の髪は次第に街を飲み込み、東京を飲み込み、ついには地球を覆い隠すほどの長さに達してしまう。
そうして1人取り残されて泣き叫ぶおえちゃんごと、僕の髪は地球を飲み込むのだ。
いや、おえちゃんは僕の髪の一部に縛りつけ、宇宙にぷかぷか浮かせたまま、故郷である地球が飲み込まれるのを見せるのだ。
そうしよう。
なんかそっちの方が悪の親玉っぽくてかっこいい。
そんな妄想をしていたが、流石に長い髪が鬱陶しくなってきたので、おえちゃんに相談すると、
なんと「髪を切っていい」と言ったのだ。
とんでもないことである。
ロン毛砂漠に雨が降ったのだ。
僕はその日ライブの楽屋にいた後輩たちに「おえちゃんが髪切っていいって言ってたよね?」と言質を取り、美容院を予約したのだ。
美容院へ行く前日、僕はおえちゃんに怒られまいと再度LINEで「明日美容院に行ってくる」と伝え、おえちゃんから「おけつ」と再度了承を得た。
おえちゃんは、なんでもいい時「おけつ」と言うのだ。つまり許可も同然。
当日、美容院へ向かい、全ての事情を美容師さんに伝えた。僕が芸人であること、相方のおえちゃんがとても怖いこと、この美容院を予約できた経緯。
とてつもない戦乱の時代を生き抜いてきたことを。
美容院の鏡の前の椅子に座り、前から着る美容院特有の謎のアウターを身につけた時に、一応おえちゃんに伝えておこうと思い、ラインを送ったのだ。「今から切るわ」と。美容師さんと返信を待っていると、おえちゃんから
「やっぱりダメです」と来たのだ。
僕たちはひっくり返った。
ここから切らないことは果たして可能なのだろうか?美容師さんが気まずそうに「どうしましょうか?」と言ってきた。
ここまでお膳立てしてもらって切らないわけにもいかないので、
「とりあえず毛先だけお願いします」
と誰も望んでない毛先のメンテナンスをすることになった。
この事件を皮切りに僕は謀反を起こすことを決意した。
ある日、なんと僕はおえちゃんに許可を取らず、
パーマを当てたのだ。
もう一度言おう
パーマを当てたのだ!
あのパーマだぞ?知ってんのか?
パーマネントとやらを。
これはすごい。
僕はとてつもない犯罪に手を染めている気になり、
その背徳感と高揚感で体の震えが止まらなかった。
今まで散々言うことを聞いてきた市川政府の犬の僕がその意に背いたのだ!
市民が立ち上がり、打ち勝ったのである!
ものすごい怒られた。
許可も取らずヘンテコな髪型にしてしまったことを。
パーマを当てて元に戻すまでの1週間、ずっと怒られた。
ライブの入り時間におえちゃんと合流して、ライブが終わっておえちゃんが帰るその瞬間まで怒られ続けたのだ。
あまりの怒られ様に、周りの芸人に会う度に
「聞きましたよ!パーマでめっちゃ怒られたらしいですね!」
とテレビで活躍してその功績を讃えられるかの如く、
仲の良い芸人の中でちょっとした話題になるくらい、
怒られたのだ。
我ながら怒られすぎである。
パーマはいつだって火種になりうる。
もうパーマを当てようとは思わない。
しかし、僕の心はまだパーマのままである。
僕の髪の毛がおえちゃんを飲み込むその日までは。