監視員のいる生活

 僕は相方のおえちゃんの監視下にいる。
この監視が非常にレベルが高い。
何の監視をしているか。それは、

 "僕がお笑いをしているかどうか"である。

 僕が小学生の頃から夢見たお笑い芸人のコンビの関係ってこんな感じなのか?と聞かれれば、恐らく違う。
 しかし、芸人である以上、お笑いについて何かできる事がないか常に模索していく行為はしていかなければいけないので、僕がサボらないように監視するという事の理屈はわかる。理屈はね。
でも細かすぎる!!
そんなとこ別に良いじゃん!!

と言いたい。

 例えば、僕がXでごくごく普通の投稿をすると、1分もしないうちに、おえちゃんからLINEで、僕の投稿のスクリーンショットと共に「面白くないのでやり直し」と来るのだ。

 これがあまりにも早すぎる。
この監視下に置かれている僕は、何かするとすぐにサボっていることがおえちゃんにバレるのだ。
なので迂闊に投稿もできない。
 しかし、しばらく投稿しないでおくと、これまたLINEが届いて「投稿サボってるようですけど」と来るのだ。ダメだ。していない事すら監視されている。

 時々考えるのだが、
もしかして、おえちゃんの家には映画館のスクリーン程の大きさのコンピュータがあり、その画面には僕の位置情報、カメラに映る僕の映像、僕のスマホの画面など僕の全てが映し出されており、僕が面白くないことをすれば「緊急事態発生」と画面いっぱいに出ては、部屋中が赤いランプの光に包まれ、そのコンピュータの前に操作盤があり、真ん中の明らかに押しちゃいけないボタンを押すと、僕の元に「面白くないのでやり直し」と届くのじゃないだろうか。

 そうだ。きっとおえちゃんはボタン1つで僕がサボっていることを知らせるとてつもない装置を夜な夜な開発したのだ。とんでもない男である。

 僕は1年ほど前から芸人の先輩のもとよしさんと一緒に住んでいる。元は一人暮らしをしていたのだが、仲の良かったもとよしさんから「シェアハウスしようよ」と言われて快諾して一緒に住むことになったのだ。

 しかし1つ問題がある。
おえちゃんは芸人のシェアハウスに厳しいのだ。

 理由は、
若手芸人が集まってサボらないわけがないからだ。

 これに関しては流石に正しすぎる。
あんまり正しいことを言わないでほしい。
だって正しいんだから。
若手芸人が集まってろくな事が起こるわけがない。

 だから僕は引っ越したことをおえちゃんに黙っていたのだ。しばらくは良かった。
僕はもとよしさんと暇さえあれば、
朝まで飲み明かし、ネタも書いていないくせに自分のお笑い論を展開してみせるという、
絵に描いたようなサボりを披露していた。
そんな幸せな日々はあっという間に終わってしまった。

 しばらくしたある日、僕たちA連理は事務所でネタ見せのオーディションに来ていたのである。
そこでオーディションに参加していた事務所の先輩が「炊飯器余ってるけど誰かいる?」と言ったのだ。
引っ越してすぐで、家電も揃っていなかった僕は、隣で監視員が見ている目の前で元気に手を上げてしまったのだ。

 「シェアハウス始めたばかりで持ってないのでほしいです!」と。

とんだ阿呆である。
横から監視員おえが、鋭い眼光で僕の左もみあげ辺りから、右もみあげまでを貫いている気がした。
確か実際貫いていた。はっきりとは覚えていないが
右もみあげの奥にあった壁に穴が開いた気がする。

 その直後、僕たちの番になったので、特に会話もなくオーディションをやっている会議室に向かうのであった。オーディションが終わり、会議室の中に向かってお礼を言って頭を下げた後、会議室のドアを閉め後ろを振り返ると、
おえちゃんはもう椅子に座り足を組み、腕を前に組んで僕を呼ぶのだ。

 僕は「シェアハウス始めたんよ」とまるで悪い事は何もしていないと言わんばかりに言ってみた。
おえちゃんは開口一番、
「今すぐ部屋を借りて1人暮らしをするか野宿するか選んでください」と言ったのだ。

 僕はなぜだか、今すぐもとよしさんの会いたくなった。早くもとよしさんに会って朝まで飲み明かして、早く自分のお笑い論を展開したい。そう思った。とりあえず「すぐには無理だ」と言いその場を後にしたのだ。

 次の日、コンビで仲良くしている
"後輩芸人くらの"から電話があり驚愕した。

 「おえちゃんから聞いたんですけどたいせいさんの家に無料で住めるって本当ですか?」

 こいつは何を言っている?
何が起きている?
スパイだ!スパイを送り込んできたんだ!

 そう、おえちゃんは「こいつならお笑いをする」と信頼している僕の後輩を住まわせるつもりだったのだ。
人が住んでいる物件を紹介するなんて、不動産屋として失格である!
おえちゃんが不動産屋じゃなくて本当に良かった。

 しかし全然良くはない。
僕の平穏が奪われる。

 そう思った僕は「くらのと面識ない先輩と住んでるから厳しいと思うよ」と自分が嫌がって器の小さい先輩だと思われまいと、僕のポッケに入っている責任をもとよしさんのポッケに移すという責任転嫁イリュージョンをやってのけたのだ。

 大成功かに思われたイリュージョンだったが、
「一旦もとよしさんに聞いてくださいよ」と一歩も引き下がらないくらの。
とりあえずもとよしさんに話してみると、あっさりOKしてしまったのだ。

 結局、もとよしさん、僕、スパイくらの3人でシェアハウスすることになってしまったのだ。
監視員おえの思うように事が運んでしまった。
家でサボる事ができなくなってしまった。

サボるまでの道のりは茨である。

そんな苦労に強いられながら、僕はおえちゃんの知らない後輩と飲みに行っては自分のお笑い論を展開してみせるのであった。

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