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タイサル!第10話「撮影へのこだわり」

みなさんこんにちは、申請書提出明けでスッキリ気分のヒヨッコ研究員豊田です。

今日は、重たい機材を担いで調査に出かける理由、”研究者が撮る写真・映像の価値”について、私なりの思いやこだわりを書いてみたいと思います。

※トップ画像はNHKロケ時のもの(©河合よ−たりさん)


カメラはフィールドワーカーの「商売道具」

動物の野外調査において、カメラの果たす役割は非常に大きいものです。行動の決定的な瞬間は、文字で記載するよりも一枚の写真で提示した方が説得力は圧倒的に高いです。また、観察していたときには気づかなかった細かな情報も、後から写真を見返していると気がつくことも多々あります。学会や講演などで、発表資料としても視覚情報の多い写真は重宝します。カメラは野外調査には不可欠な、ある意味「商売道具」です。

私の調査において、動画・静止画ともにカメラ機は主役の調査道具です。分析対象とする行動は可能な限り映像で記録するようにしていますが、行動を記録する写真も1日にたくさん撮ります。記録媒体がデジタルであるがゆえに可能な、ある意味「力技」ではあるのですが、ポータブルストレージも大容量化・小型化している現在、データの整理にかかる手間を差し引いても余りあるだけの情報が取れる手段だと私は思っています。行動を見ながらノートに記録を取っていると、文字を書いている間の出来事は見逃してしまうし、書き取れる情報も限られているので、私は基本的には動画・写真による記録を重視しています。


「記録写真」としての重要性

私が調査時に写真を撮影する時は、基本的には”記録写真としての価値”を意識しています。写っている個体がだれで、どこで、何をしているかという情報を過不足なく含む適切な構図で切り取り、それらを情報として視覚できるに足る十分な被写界深度で、手振れ・被写体ブレ・ピンボケなく撮影する、というのが、私のこだわりです。これまでの撮影総数は50万枚を越えようとしていますが、こうして撮りためた写真の数々が、のちに思わぬ威力を発揮することを何度も経験したことがあります。

■あくびシリーズ

例えば、私は普段からサルたちがあくびをする仕草を察知してはカメラを構え、大口を開けている瞬間を「あくびシリーズ」と称して撮りためています。歯列の奥までピントが合うように撮影します。歯型の情報は、実は結構大事なのです。

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あくびシリーズの一例。あくびをするちょっと前に兆候を掴んで、急いで設定をいじる。


ある日、私は崖の上で欠損のない完全な状態のオトナオスの白骨化死体を見つけたことがありました。その時は誰だかわかりませんでしたが、持ち帰って歯型を調べ、「あくびシリーズ」の中から死体と同じ歯形の個体を探したところ、Ting群の元アルファオスのTNG-M01(武田くん)という個体と一致ました。同定の決め手は、犬歯の欠け具合でした。名前が判明した御骨は、来歴のわかる貴重な野生由来の骨格標本として、現地大学の自然史博物館に収蔵されています。

武田の骨

故・武田くんの頭骨。犬歯の欠損具合(写真中の赤矢印)が特定の決め手。


■虫を食べる瞬間を捉える

カメラは、人間の視認能力を補う道具としても有用です。特にサルたちが虫を食べる瞬間などは、一瞬の出来事なので目視で観察していても何を食べたかまでは分からないことが大半です。でも、シャッターチャンスさえ逃さなければ、後から写真で「何を食べたか」確認することが可能です。サルが虫を食べる前の、”虫を見つけた仕草”を察知することが撮影成功の鍵です。

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この写真は、サルが草むらで何かを捕まえて食べた瞬間を望遠で撮影した写真です。目視では虫であることしかわからなかったのですが、写真で見返すと、背中にトゲのあるカミキリムシっぽい虫だとわかりました。後日、森の中で写真と同じカミキリムシを見つけたので撮影し、Googleで画像検索をかけたところ、どうやらDorysthenes granulosus という種らしいことがわかりました。同じ要領で、ナナフシやチョウの幼虫など、昆虫食の瞬間を撮影しては採食品目をアップデートしています。


写真一枚では論文にならなくても、サルたちの日々の暮らしの一瞬一瞬を記録していくことは、研究者にしかできない大事な仕事のひとつだと思っています。それをきれいな写真として残すためには、その時の撮影環境を瞬時に把握し、シャッター速度、F値、ISOをサッと設定できるように勘を鍛えておくことが大事です。筋トレみたいなもんです。

ちなみに、私の写真はアンダー気味(ちょっと暗め)になりがちなのですが、これにはいくつか理由があります。まず、オーバーで白飛びするとそこの情報は後のレタッチでも修復不能なのですが、アンダーでの黒つぶれの場合、明るさ調整でなんとか復活したりすることがあるので、白トビより黒つぶれのほうがマシです。そして、明るさのレタッチを前提にアンダーで撮ることを許容すれば、シャッター速度が多少稼げます。明るく撮るよりもブレを抑えるほうが大事だったりします。

...とかなんとか言い訳を書いていますが、単純に撮影者たる私の根暗陰キャな性格が影響しているんだと思います。


「映像記録」へのこだわり

動画撮影は、可能な限り三脚を使うように心がけています。もちろん、とっさの行動を撮るときは手撮りですが、そうでない場面では絶対にハンディカムを三脚に乗せて撮ります。Manfrottoの小さい三脚は、ハンディカムにつけっぱなしでもあまり邪魔にならず、とっさの場面でも展開可能なので重宝します。大きな三脚は、調査オフ日で撮影をメインに森に入る時などに使う程度で、普段はバックパックに入る程度の中型のものを使っています。

学会の発表などで、ピンぼけ・アングルがひどくて、何を撮っているのか、被写体がどこにいるのか、何に注目して見ないといけないのかさっぱりわからない動画や、手ブレがひどくて見ていて酔ってくるような動画を見せられることがたまにあります。急にズームになったと思ったら被写体がフレームアウトし、急いで引くと画面が揺れてその間の行動が全くわからない、ということもあります。そういうひどい映像は、「何も伝わらない」という意味で他人に見せても見せなくても一緒だし、見せられた瞬間に聴衆の聞く気を一気に削いでしまいます。

いくら記録映像とはいっても、そういう映像はデータ解析にしか使えません。それも、”映像から起こした情報を文字で記述した文章”でしか他人に伝えられません。その場面が貴重であればあるほど、のちにそのまま公開しても恥ずかしくないように、落ち着いてちゃんとした映像として残さなければならないのです。常に「他人に見せる」ことを意識して映像を撮っていれば、自然とアングルや手ブレなどに気をつけるようになるし、そうした努力は映像に残される分析情報の質・量の向上に結びつき、結果的には研究データとしての価値も上がります。

もちろん、私が撮るすべての映像が完璧なわけではないのですが、日々の訓練の積み重ねが大事だと自分に言い聞かせ、動画撮影の方も努力しています。特にNHKのロケでプロの撮影現場を目の当たりにしてからは、映像記録の威力を再認識し、積極的に映像記録の蓄積にも取り組むようになりました。


研究者にしか撮れない瞬間を撮る

こうした最低限の技術的条件に気をつけた上で、私がもう一つ、意識していることがあります。それは、「研究者にしか撮れない瞬間は絶対に撮り逃がさない」ということです。

私はプロの写真家ではないので、芸術的な動物写真を撮ることはできません。「写真だけで」誰かを感動させることもできません。

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これは、私が撮影したニホンザルの写真で、ナショナルジオグラフィックにも取り上げられた一枚です。ですが、これは実習で訪れた小豆島で”たまたま”撮った写真で、ここに写っているのが誰で、どんな性格の子なのか、さっぱりわかりません。

この写真がナショジオに取り上げられた時、私はとても悔しい思いをしました。他にもいっぱい、ベニガオザルの写真は投稿していましたし、他の写真のほうが「この子のこういう仕草、可愛いのよ!」っていう思いがいっぱい詰まった写真ばかりだったからです。

でも残念なことに、そういう写真は相手には説明抜きに伝わらないものです。この写真のように、構図がきれいで、見ただけで「母子愛」というテーマが伝わる写真の方が、評価は高いんですよね。


それでも私は、頑張って写真を撮り続けます。

なにより私は、サルたちがその日、その場所に、確かに存在していたという証を残してあげたいんです。

厳しい自然の中で、毎日必死に生きているサルたちの日々に、意味のない瞬間なんてないと思っています。そういう瞬間を、記録写真としての価値を保ちつつ、鑑賞写真としても耐えうる質で、しっかりと記録・撮影できるような野外研究者になりたいと思っています。

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次回はそんな写真撮影の肝、いや、調査の基本中の基本である、「個体識別について」のお話です!

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