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「こんなことできる?」 — ざっくばらんな無茶振りがイノベーションを生み出す「研究者大喜利」アークレブとfibonaで共同開催—

今回で15回目の開催となる研究者大喜利。第15回の研究者大喜利では、資生堂研究所のオープンイノベーションプログラム「finoba」様との共同で開催しました。当日の様子をまとめたレポートがfibona様から届きましたので、AASNのブログにも共有させていただきます!


研究の面白さは一体どこにあるのだろうか。社会を変えるイノベーションの種はどこに潜んでいるのだろうか。資生堂研究所発のオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」と株式会社アークレブの共同で、「研究者大喜利」が開催された。

株式会社アークレブは国内外で活躍するアカデミア研究者のネットワークを有し、ビジネスとアカデミアの隔たりを無くす媒介者となって研究開発や新規事業創出の伴走支援を行っている。

株式会社アークレブ代表の浅井誠氏は「研究者大喜利」について、「イノベーションに必要なものを考える研究者のネットワーキングの取り組みのひとつで、遊びの中で生まれた手作りなイベント」と説明。「様々な企業に注目されて今日も迎えており、非常に感動している。ぜひ我々の取り組みの一端を感じていただきたい。」と挨拶しイベントがスタートした。今回の司会は東京大学の今城哉裕博士、フリーアナウンサーの松尾英里子氏が務め、研究者を中心にさまざまな分野から参加者が集まった。

株式会社アークレブ 浅井氏

会場となった資生堂グローバルイノベーションセンターは、資生堂の研究員が価値創造を行う研究開発拠点であり横浜みなとみらい地区に位置する。fibonaメンバーの豊田智規は「このイベントを通じて、様々な分野で活動をされている研究者の皆さまが、互いのインスピレーションを引き出し合う機会になれば」と期待を寄せた。

無茶振りの実現可能性を専門家が真剣に模索する「研究者大喜利」

さて、「研究者大喜利」とは何だろうか。一般的な大喜利では、お題に対して登壇者が気の利いた答えを出して笑いを誘うが、「研究者大喜利」は答えの出し方、そして出た後も面白い。提示されたお題に対し、会場にいる参加者全員からユニークな回答を募り(これを「無茶振り」と呼ぶ)、「大喜利スト」と呼ばれる専門家たちがそれぞれの知見から回答を具体的に検討し、実現可能性を模索する。一般参加者と専門性の高い研究者が同じフィールドで想像力を働かせることで、知的好奇心が大いに刺激されるイベントなのだ。

今回大喜利ストとして駆けつけたのは、ものづくりにおける先端技術を専門とする鳴海紘也博士(慶應義塾大学)、バイオマテリアルの研究に取り組む小田悠加博士(東京大学)。そして資生堂 みらい開発研究所からも、生薬学を専門とする矢野真実子、皮膚科学研究を専門とする菊池あゆみが大喜利ストに加わった。

WELL-BEINGな社会に求められるのは、人間の豊かな妄想

1つ目のお題に取り掛かるにあたって、キーノートセッションを提供するのはオリエンタル技研工業株式会社の林正剛氏。同社は「ひらめきの瞬間をつくる。」をパーパスに掲げ、研究環境のデザインを広範にわたり行っている。

現代社会は「Society 5.0: 創造社会」と位置づけられている。IoTやAIの普及が進み、一人ひとりが多様な幸せ(WELL-BEING)の実現を目指すというものだ。そのような社会において、なおも人間に求められることとは何だろうか。林氏は「妄想」を解として提唱する。「ひらめきの種になるのが妄想。これからの社会では、妄想を許容することが大事だと思います」というのが林氏の考えだ。

NASAの研究によれば、人間の創造力がもっとも発揮されるのは5歳前後だという。そこで、林氏の経営する一級建築士事務所プラナスはまるで幼稚園のように彩りに溢れたワークスペースを開発した。従来の発想からは「カラフルなオフィス」というと想像がつかないが、彩りにはアイデアの発散を促す効果があるほか、企業のブランディングとも合致して好評を博しているそうだ。

同社は、色使いだけでなく材質、人口密度などにも工夫を凝らし、創造性を高める研究環境を次々と世に送り出している。「課題が明確だった時代から、妄想が求められる時代へと変化した。妄想が豊かになれば、より大きなイノベーションが生まれる」と林氏は語った。

オリエンタル技研工業株式会社 林氏

みなとみらい発WELL-BEINGサービスとは?参加者の無茶振りに議論が白熱

「研究者大喜利」、1つ目のお題は「みなとみらい発 WELL-BEINGサービスが世界中で大流行!どんなサービス?」というもの。参加者はスマートフォンからオンラインフォームへ思い思いの無茶振りを書き込んだ。

参加者の記入を待つ間にも、大喜利ストたちのトークは弾む。マスクを着用することが習慣化して以来、口周りの肌荒れが目立つという鳴海博士が「着けているだけで美容効果が得られるマスクが欲しい」と提案すると、矢野は「口の中の菌など、普段は肌にはいない菌が定着してしまうことで皮膚の上の菌叢のバランスが崩れ、肌荒れにつながることがある。口の中の菌をマスク内に付着しにくくしたり、湿度をコントロールしたりできるマスクがあれば」と可能性を示唆する。

左から鳴海氏、矢野、林氏

司会の松尾氏が「日焼けをした後、『美容液に浸かりたい』と思うことがある」と発言すると、キーノートを務めた林氏が「みなとみらい発」という観点を絡め「水素カプセルのように、観覧車の中を美容液のミストで充満させてはどうか」と提案した。

司会 松尾氏

一方、客席からも、大喜利ストに負けじと個性豊かな無茶振りが集まった。小学生から寄せられた「居るだけで褒めてくれる人がたくさんいる街」という無茶振りに対して、大喜利ストからは「少しスリムに映る試着室の鏡のように、魅力を引き出してくれるデバイス」に関する案が次々と挙がる。「デバイスに褒めてもらうのと人に褒めてもらうのでは感じ方が違うのでは」と菊池が指摘すると、「音声で褒められるのとテキストで褒められるのではどうか」など、表現方法についても議論が及んだ。

左から八巻、小田氏、菊池

世紀のイノベーションは、遠く離れた国での出会いによって生まれた

2つ目のキーノートセッションを担当したのは、資生堂 価値創造戦略本部の八巻悟史だ。資生堂は「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(ビューティーイノベーションでよりよい世界を)」というミッションを掲げ事業に取り組んでいる。

八巻が研究員として手掛けた代表的事例に、水や汗に触れることで紫外線防御膜が強くなる「WetForce(ウェットフォース)」技術の開発がある。これは2011年に資生堂社内のプロジェクトで行った生活者調査の際、バングラデシュの農村に暮らす女性に顕著に見られたシミ・シワなどの光老化が発端であった。「高温多湿なバングラデシュでも、汗に負けない究極のサンスクリーンがあれば紫外線の影響を抑えられるのではないか」。そのような発想から開発された技術が、耐水性を超えた革新的技術WetForceだった。

「普段なかなか接することのない領域の部門とこのプロジェクトに取り組んでいなければ、遠く離れたバングラデシュの方に話を聞いていなければ、この発明は存在しなかった」と八巻は振り返る。資生堂のビューティーイノベーションを支えるのは「DYNAMIC HARMONY」、異なるものの融合により新たな価値を見出すという、創業以来受け継がれてきた資生堂R&DのDNAであることが共有された。

資生堂 八巻

既存の技術が20年後のスタンダードにつながっているかも?

八巻のキーノートを受けて、会場は2つ目のお題「20年後の世界では当たり前!2024年では思いもよらない20年後のBEAUTYスタンダードは?」に挑戦。今回は集まった無茶振りに対し、参加者がオンライン上で「いいね」と反応を示すことになった。

さっそく盛り上がったのは「スキンケア効果の可視化」という無茶振り。八巻は「肌のターンオーバーの観点からは本質的に効果が表れるまでには時間がかかる」としながらも、表面的な水分量やキメのリアルタイムな計測・可視化は現実的との見解を示した。また、記録計測アプリの可能性についても議論は白熱。ユーザー側の需要だけでなく、マーケティング的な面でも価値が見出せそうだ。

化粧品の効果をより効率的に知る手段として、司会の今城博士はバイオシステムの個人導入を提案。現代では現実的と言いがたいアイデアだが、小田博士は「自分の肌で試して肌荒れを起こすより、培養した自分の細胞で試して一番合う化粧品を実際に使うほうが良い。そういう化粧品の選び方が普通になるかもしれない」と賛同する。

司会 今城氏

BEAUTYスタンダードには、肌だけでなく毛髪に関するアイデアも寄せられた。「直毛から癖毛、癖毛から直毛、毛質が自由に変えられる服用薬」が20年後のスタンダードなのではという無茶振りに対し、大喜利スト陣も「面白い」と興味津々。育毛剤の開発に携わっていたことがあるという八巻は「薬剤で血行を促進する技術はすでにあるので、自由に制御できるようになれば可能性はある」とコメントした。

ユーザーと研究者の対話が生み出した「DYNAMIC HARMONY」

様々な議論が飛び交い盛り上がった「研究者大喜利」の終盤には、参加者の投票によりこの日もっとも関心を集めた大喜利大賞が発表された。大喜利大賞には「夜にメイクを仕込む」という無茶振りが選出された。「朝からメイクをするのは面倒、しかし夜からメイクをしていると肌への負担が大きい」という投稿者のコメントに、会場内では深く頷く姿が多く見られた。登壇者のみならず、会場に参加した方の発想も刺激して生まれてきたこれらたくさんの興味深いアイデアは、このようなざっくばらんな場だからこそ得られた、本質的なユーザーニーズだと言えるのではないだろうか。

ユーザーの本音に触れる機会はそう多くない。また、青天井な研究の世界にユーザーが触れる機会も少ないだろう。双方の間に立ちはだかる壁を「大喜利」という柔らかなフィルターに差し替えることで、風通しの良い価値創造の場が生まれた。資生堂R&Dの理念である「DYNAMIC HARMONY」をまさに体感するようなイベントとなった。

text: Rumi Yoshizawa
photo: Yu Inohara