日英自由貿易協定交渉についてまとめてみた
イギリス政府は5月12日、日英自由貿易協定交渉がまもなく開始すると発表しました。なので今回は、交渉の内容や焦点、今後の展望についてまとめてみたいと思います。
交渉の基盤
交渉の内容に入る前に、まずは現在の日英貿易についておさらいしたいと思います。
ご存じの通りイギリスは1月31日にEUを離脱しました。現在イギリスは、EUが各国と結んだ貿易協定を、2020年12月31日まで維持する「移行期間」にあります。この移行期間の間にイギリス政府は各国と新たに自由貿易協定(以下FTA)を結ぶ形です。(※注1)
日本とEU間では、日本・EU経済連携協定(以下日欧EPA)が結ばれており、2020年12月31日まで同協定が適用されることになっています。今回の日英自由貿易協定交渉は、この日欧EPAを基盤として交渉が進められます。
イギリス政府の方針は?
さて、今回の交渉の内容に入っていきましょう。
まず、リズ・トラス国際貿易大臣(※注2)は、
「英国にとって日本は大切な貿易相手国であり、新型コロナウイルスで経済に困難が生じる中、新協定は貿易投資拡大や雇用創出に寄与する」
引用:駐日英国大使館公式Twitter
「野心的な英日貿易協定は、両国間の貿易フローを152億ポンド(約2兆円)増加させる可能性があり、CPTPP加盟、貿易の多様化および経済成長の重要なステップだ」引用:Liz Truss official Twitter
と述べており、落ち込みの激しいイギリス経済の回復のためには、新協定による貿易の拡大・促進が重要であるとともに、今後の各国とのFTA交渉およびCPTPP加盟を含めたイギリスの貿易全体にとって、大事なステップだと考えていることが分かります。
イギリスは、EU以外に最優先で貿易交渉を行う相手(Tier One)として、日本、米国、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国を挙げ、アメリカとのFTA交渉はすでに始まっています(5月6日交渉開始)。日英間では特に大きな懸念事項もないため、ジョンソン首相は、日本とブレグジッド後の最初の貿易協定を結ぶことを望んでおり、日本と早期妥結することで、対EU、対アメリカとの貿易交渉に役立てたいと考えていると思われます。
イギリス政府の日本とのFTA交渉の大まかな目標としては、
1. 英国のビジネスにさらなる利益をもたらす、野心的で包括的な自由貿易協定(FTA)を日本と合意すること。
2. 英国のGDPを増やし、中小企業(SME)や投資家を含む英国のビジネスに新しい機会を提供し、英国の生産者と消費者の選択肢の拡大と価格の引き下げを促進すること。
3. サプライチェーンの多様化により、サプライチェーンの回復力と経済全体の安全性を高めること。
4. 国民保健サービス(NHS)を貿易交渉のテーブルに乗せないこと。
の4点が挙げられます。大まかな交渉目標としては無難な目標というところでしょうか。特筆すべき点としては、中小企業(SME)の取引機会を増加させることで、中小企業(SME)の利益の増加、国際経済と中小企業(SME)の関わりをより深めたいという考えが伝わります。具体的には、中小企業をサポートするための条項の確認や、中小企業の問題に関する日英間の協力を促進するための専用の章を作成することが挙げられます(※注3)。また、国民保健サービス(NHS)は、イギリスにとって政治的にも経済的にも「聖域」であり、国民保健サービス(NHS)に関連する産業は、外国企業に開かれたものではありません。そのため、イギリスの貿易交渉の際には必ず出てきます。(※注4)
そしてイギリスは、デジタル貿易に関する条項や著作権条項を新協定に盛り込むことを目指しており、リズ・トラス国際貿易大臣は、
「特にデジタル分野やデータ分野に関して既存の協定よりもさらに進んだ合意の締結を目指し、双方は野心的なスケジュールの達成に取り組んでいる」引用:Liz Truss kick-starts trade negotiations with Japan
と述べ、電子商取引やクリエイティブ産業の利益拡大を図りたい考えです。イギリスと日本のサービス貿易は126億ポンド(約1.6兆円)の規模があり、その中でも金融サービスは、42億ポンド(約5400億円)の規模で日本へのサービス輸出の大部分を占めます。イギリス側は、この2つの条項を盛り込むことで、ロンドンの金融業界や専門サービス業界に恩恵をもたらせる狙いがあると考えられます。
交渉の焦点は?
では、どのような点が交渉において焦点となるのでしょうか。
焦点となるのはやはり「自動車関税」でしょう。
日英貿易において自動車は、イギリスから日本への最大の輸出品であり、日本からの最大の輸入品でもあります。また、日産、トヨタ、ホンダの3社がイギリス国内の自動車生産の約半分を占めており、各社の動きも交渉に影響すると見られます。日本側は、交渉の基盤である日欧EPAの輸入枠において、2025年に完全撤廃となる予定の自動車関税の即時撤廃を求めると予想されます。しかし、自動車産業はイギリスにおいて約82万人の雇用を抱え、170億ポンド(約2.2兆円)の経済的貢献をもたらす一大産業であるため、イギリス側はその保護を求めるでしょう。
もう1つの焦点は「農産品」です。
現在発効している日欧EPAの輸入枠には、イギリス産農産品が含まれており、イギリスがEUを離脱しても、日欧EPAの輸入枠は変わらないため、新たにイギリスとFTAを結べば、輸入枠を設けている品目の市場が広がることが予想されます。そのため、イギリス向けの輸入枠を新設するか否かが注目されます。日欧EPAにおける輸入枠は、乳製品や小麦製品、加糖調製品など25品目で、もし仮にイギリス向けの輸入枠を新設する場合、その対象となる品目も焦点となります。イギリス側の交渉目標の中でも、英国の農産品の日本市場へのアクセスの確保という言葉が出てきますし、現在行われている、英米自由貿易協定交渉において、5月14日にイギリス側は、アメリカ産農産物の輸入関税を引き下げる大規模な譲歩を行う姿勢を示したため、イギリス枠の新設を日本に迫る可能性が考えられます。
まとめ
イギリス側は金融サービスや専門サービス、中小企業の輸出拡大のため繊維・衣料品で日本側に譲歩を迫る構えです。また、農産品においても譲歩を迫る可能性があります。この農産品の例のように、日本とのFTA交渉は難航しているアメリカとのFTA交渉の影響を受けることが懸念されます。イギリス側は貿易拡大による経済の回復を目指しているため、日本への要求がやや多くなることから、日本側は自動車関税では、一歩も引いて欲しく無いところです。ですが、前述した通り、日英間では焦点こそもちろんあるものの、そこまで大きな懸念事項はないですし、FTA締結の早期実現はそう難しくないと思います。
前述通り、イギリスは将来的なCPTPP加盟を目指しているため、一部分野で譲歩を行う可能性は大いにあります。将来的にイギリスがCPTPPに加盟し、インドや台湾、インドネシアなどが加わり、アメリカを引き戻せれば(可能性は今のところ低いですが...)、経済における「自由で開かれたインド太平洋」が完成します。イギリスと日本間の軍事協力も進めて、日米英による...、この先は長くなりそうなので、また次の機会に書ければと。。。
最後に、この新しい貿易協定が日本とイギリス双方にメリットのある有益なものに、そして日英友好をこれまで以上に推進するようなものになることを心から望んでいます。
では、今回はこの辺で。
また次の記事で、お会いできることを楽しみにしています。
(※注1)移行期間は最大2年の延長が可能。新型コロナウイルスの対応を優先するため延長すべきだとする声が高まっているものの、英政府および首相は断固拒否している。
(※注2)国際貿易大臣はブレグジッドに伴い、2016年に欧州連合離脱大臣とともに新設された閣僚ポスト。日本の省を所管しない内閣府特命担当大臣とは異なり、2016年に閣僚ポストと併せて新設された国際貿易省を所管する(ちなみに欧州連合離脱省も2016年に設置され2020年に廃止)。リズ・トラス国際貿易大臣は、現在44歳。2014年に当選4年目、38歳の若さで環境・食糧・農村地域大臣として初入閣。メイ内閣では司法大臣も務めた。
(※注3)イギリスにおいて中小企業(250人未満の従業員を雇用している企業)は、民間企業の総数の99%以上を占め、雇用の60%、民間部門の売上高の52%を占めており、英国経済にとって非常に重要な部分。
(※注4)国民保健サービス(NHS)とは、イギリスの国営医療サービスのこと。公費負担医療、つまり税金で運営され、利用者の自己負担金額は無料か極めて少額。
参考:UK-Japan free trade agreement: the UK's strategic approach
参考:Liz Truss kick-starts trade negotiations with Japan