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令和6年一級建築士設計製図試験|「大学」本試験の講評と解答例の閲覧



1.公表時の「匂わせ」

平成 24 年「地域図書館(段床形式の小ホールのある施設である。)」、平成 27 年「市街地に建つデイサービス付き高齢者向け集合住宅(基礎免震構造を採用した建築物である。)」に倣えば、令和6年「大学(段床形式の講堂のある施設であり、基礎免震構造を採用した建築物でもある。)」ということになるかと思います。

過去は過去、今は今ではありますが、こうした比較をすることで、近年の試験の特徴が見えやすくなると思います。試験対策の課題で、段床形式の要求室、基礎免震構造とも対策を取っていたと思います。しかし、平成 24 年と 27 年のように必ず出題されることへの対策と、出題されるかもしれないことへの対策とでは、全課題の与条件で要求されるか否か、また受験者としての身の入れ方も必然的に違ってくるのではないでしょうか?

実体が見えにくい敵を想定し事前に戦う訓練をしておかなければならないのが近年の試験の特徴の一つです。7月の課題発表時に公表される用途や留意事項に見られる出題に関する「匂わせ」までを含め、戦う相手の想定をしておかなければなりません。事前に公表された留意事項にある「大地震等の自然災害が発生した際に、建築物の機能が維持できる構造計画とする。」との「匂わせ」から、基礎免震構造を採用した建築物である可能性も想定し、幅広く対策しておかなければならない試験になってきていると言えます。さらに令和4年の杭基礎のように、「匂わせ」なしでの出題もあり得るものとなっています。

現在の受験者は、戦う敵がはっきりと見えにくくなっているわけですから、幅広く試験対策をしておかなければなりません。以前に比べ、過度な負担を強いられるようになったと言えそうです。平成 21 年の試験内容の見直しについての中央建築士審査会とりまとめで、「受験生に過度な負担を強いることのないように」と明言していたことは、昔話を今さら言ってどうする!ということになりつつあるようです。

2.敷地図の読解

敷地図に北側は「隣地境界線」、西側は「道路境界線」と明示されており迷うものではないとは思いますが、絵的に、自由通路側は「道路境界線」、駅前広場側は「隣地境界線」だとの勘違いが生じやすいところだと思いました。はじめは正しく読み取れていても、問題用紙に記載されている大量の情報を読みながら処理していく過程で、通常であればありえない勘違いが生じてしまうのも、この試験の怖いところです。自由通路には幅員の明示もなく、駅前広場には(道路法上の道路である。)と補足されていますので、こうした勘違いにはブレーキがかかるようになっているとも言えそうです。

こんな話からはじめましたのは、勘違いをすることなく駅前広場を道路として扱うことの重要性を確認しておくためです。東側は、幅員6mで道路斜線が厳しくかかりますが、東側の道路斜線を検討する上で駅前広場(道路)の存在が重要になってきます。建築基準法施行令第 132 条第1項の緩和規定の適用により、東側道路の中心線からの水平距離が 10mをこえる区域は、駅前広場(道路)の幅員とみなして斜線がかかります。つまり、東側道路境界線から7mをこえる部分は、5階建てであれ6階建てであれ、道路斜線にかかることが、まずなくなるということになります。

緩和規定の適用なしで、道路斜線の検討をすることは、戦う必要のない敵を自らつくり、不要な戦いに挑むことになります。そして、こうしたことから、計画に無理が生じはじめることも少なくないと言えます。

3.基準階のセットバック

基準階については、東面を1、2階よりも1スパン以上セットバックさせる立体構成として、令第 132 条第 1 項を適用することにより、塔屋の位置等に斜線による制約がなくなると考えました。また、2階の屋上に屋上庭園が要求されていますので、いずれにしても基準階をセットバックさせることが必要になります。屋上庭園の要求に「周辺環境に配慮したうえで」とありますので、東側の幅員6mの道路に対する圧迫感を解消する意味においても、基準階の東面をセットバックさせた立体構成とすることが、周辺環境に配慮する一つの方法だと考えました。

4.講堂の存在感

固定席 300 席の講堂(350~400 ㎡程度を想定)は、平面的にかなり床面積を占めることになります。仮に、最前部と最後部の床高のレベル差を2mとした場合、最後部の天井高を 2.5m確保しようとすると、階高は6m程度必要になります。また、講堂を1層に納めるか、2層に納めるかによっても、1階の階高の設定が違ってきます。

3.で述べた通り、基準階をセットバックさせて、それによって生じる2階の屋上に屋上庭園を計画する構想になりますので、2層の講堂を1階の東側に配置し、この屋上範囲を全てセットバックさせる立体構成として検討を進めていくこととしました。これにより、講堂の存在が2階から6階までの平面形状や確保できる床面積に大きな影響を与えることになります。

令和3年以降の構造計画についての留意事項において「耐震性や経済性に配慮し、架構を計画する。」との記載がありますので、この点にも留意した架構となるようにスパン割りやPC梁の採用等を検討しています。

以上により、講堂の存在が基準階の床面積の確保にも影響することとなりますので、確保できる各階の床面積の大きさ、各階で確保できる製図室の床面積、研究室の室数から6階建てで計画することとしました。

5.断面図の困惑

与条件では、階数は自由だとしておきながらも、6階建て以上とすると、断面図が解答欄に収まらず、基準階平面図の解答欄に食い込むともいえるような状況になります。自由の反対語となる断面図解答欄の不自由さの意図を忖度し過ぎると、5階建てで計画することが意図されているのではないかと考えてしまうと思います。緊張状態にある受験者の心理からすると、こう考えて当然のところはありますが、そもそも地上5階建てと要求されているわけではありません。

地上5階建て以上を想定し、階数は自由と出題するのであれば、令和4年の答案用紙のようなレイアウト(左上が1階平面図・配置図、その下が断面図)にする必要があったと思いますが、敷地の大きさが南北 35mでは、答案用紙の右側に2階平面図と基準階平面図を上下にレイアウトするのが厳しくなります。こういったことを鑑みて、今回の答案用紙のレイアウトになっているのだろうと想像します。

断面図が基準階平面図の解答欄に食い込むとも言える6階建ての断面図になりますが、法令や与条件ではなく、答案用紙によって階数や階高が制限を受けるのも試験としておかしくないか?と思うところがあります。そして、こんなところで、受験者を考えさせることが、一級建築士として必要な知識及び技能に繋がるものなのか?とも思います。

1階平面図・配置図の敷地境界線は濃く印刷されていますが、その他の平面図では令和2年以降薄い印刷になっています。延焼ラインを描く上での3m、5mの起点の目安となるのが薄い印刷の線だと思いますので、その上に受験者が筆を入れなければ、薄い印刷の線はないものとみなしていいものかもしれません。こう考えると、断面図が基準階平面図の解答欄に食い込むことにはならず、基準階平面図と断面図において、それぞれ必要な情報が読み取れるものであればよいと考えることもできるのではないでしょうか。解答欄不適合でランクⅣはないですね……、これがあるなら「地上5階建てとする」との要求に対し、地上6階建てで計画してしまったのと扱いが同じになってしまいます。

6.最後の試練

平成 30 年以降、ランクⅣになるような条件設定をした出題に舵が切られていると言えます。6時間 30 分をかけた時間の中で生じてしまった、たった一つのミスにより不合格と判断されてしまうのがランクⅣです。これが試験だと言われたらそれまでですが、学科試験に例えると「110 点取れても合格発表時に重要指定される数問のうち1問でも不正解があると不合格にされてしまう」ようなところが、近年の設計製図試験にはあるように感じます。公表されている採点結果の区分によれば、ランクⅣだけは、「建築物の設計に必要な基本的かつ総括的な知識及び技能」の有無を評価するものではく、Ⅰ~Ⅲとは違った観点で不合格と判断されてしまうもののようです。これが設計製図試験なのだと認識しておくしかありません。

毎年言えることですが、合格者でも難点はかかえているし、プランも一様ではありません。多くの人が同じように考えていることは、それが一般的なあり方で現実的な姿だと言えるかもしれませんが、大事なことは「なぜそうしているのか?」という理由が図面等から読み取れること、つまり考えを採点者に伝えられるかどうかだと思います。考えを伝えるためには、明確な考えをもって計画していくことが必要ですし、図面中に簡潔な文章や矢印等で補足し伝えることを可能にしています。

特定の要求室等の配置だけをみてプランは評価できるものではありませんし、他の要求室等との位置関係など……、様々な条件が絡んでいく中で全体の構成は決まっていくものです。それゆえに、各要求室については、全体つまり空間構成からみた評価と部分的にみた評価が必要であり、これらを混同してしまうと適切な評価はできないと言えます。人によって捉え方の分かれる漠然とした条件提示に対し、「ここだ」「これだ」といった決めつけから入るのではなく、可能性のあることを選択肢としてリストアップし、全体の構成を見据えながら取捨選択をしエスキースを進めていくことが大切だと考えます。両立が難しい「不可能」なことを、無理矢理可能としたように見せかけたところで、そこには「不自然」だけが残るものです。

後になれば色々な不安が出てくるでしょうが、結果は発表まで確定できるものではありませんので「待つ」ことが建築士の試験の最後の試練ではないでしょうか。

(紹介記事)
製図室考現学 - 設計作品が生まれる場所の人と空間のあわい -https://press.archi.kyoto-u.ac.jp/3685/

京大建築式

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