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インド人と休日を過ごした話(前編)

「休みの日もなるべく外に出て、陽を浴びてくださいね」と心療内科の先生に言われ、もともと引きこもりがちな私は、最近は短時間でも毎日外に出るようにしていた。さすがに雨の日は外出を控えるものの、天気が良ければ電車に乗って遠出することも考えるようになった。
今日は天気もよく、朝晩の気温に比べれば過ごしやすいため、この季節にしては薄いアウターを羽織り「どこかでお昼ご飯でも食べようかな」と私は上野まで出掛けることにした。

話が突然変わるうえに直接今回の話に関係はないのだが、私は去年のクリスマスで自分へのクリスマスプレゼントにたまごっちユニを購入した。7月に発売した二色に加え、11月に出たばかりの新色であるブルーのたまごっちユニである。とても可愛い。

そして、そのたまごっちユニには“たまウォーク”という機能がある。
たまごっちユニを20分間持ち歩くことでハンドメイド(たまごっち用のアクセサリーを作ることができる機能)に必要な素材を獲得することができるというもので、歩数を計るわけではなく、あくまで素材を獲得するためだけに20分間持ち歩くというものだ。

私は上野に着くまでに20分以上の時間を使っていたため、なんの素材を獲得したのかをすぐに確認しようと思い、駅構内の端に寄ってたまごっちユニを取り出した。そしてその操作をしていると、後ろから声をかけられた。

「すみません」

その声に振り向くと、見覚えのない外国人が私を見ていた。たまごっちユニを操作していた私は慌ててそれをしまい、短く「はい?」と返事をした。なぜ私に声を掛けてきたのかわからず、返事をしたものの内心では英語ができないことを不安に思っていた。

「上野公園に行きたいです」と、その外国人は言った。
もしかして日本語ができるのか?と少し安心した私は頷き、道案内をしようと思考を巡らせた。が、すぐに不安になって黙ってしまった。
駅から上野公園までの道のりを私が説明して、理解してもらえるのだろうか。決して、外国人の日本語への理解力を疑っているわけではない。
私は自慢ではないが、方向音痴なのだ。
そのうえ人に道を説明しようとすると、今までわかっていたはずの道すら混乱し、わからなくなってしまう。自分で何も考えずに向かえば着くのに、人に説明すると記憶が曖昧になる。そして何より地図が読めない。それゆえに説明もできない。
なぜ私に道案内を……たまごっちをさわってただけなのに……と思いつつも困っている人は放っておけない。少し考えた結果、私から出た言葉は「上野公園ですね。一緒に行きましょう」だった。

散歩日和だし丁度いいか。
そんな風に思い、行く予定のなかった上野公園へと向かう。その間、外国人は簡単な自己紹介をしてくれた。

「ありがとうございます。私の名前はHです。私は、動画を撮って、それを編集して、YouTubeに載せています。日本の景色を撮ります」

外国人のHさんはYouTuberだった。驚いた。
そういえば、ブイログを撮る用の棒を片手に持っているなと今更気がついた。
日本の景色かぁ、いいですねぇと相槌をうちながら歩いていると、Hさんは数ヶ月前に日本に来たことや、大手企業に勤めながら独学で日本語を勉強していることを教えてくれた。
私は驚いた。若干たどたどしいものの、会話ができたためもっと長く日本に住んでいるのかと思いきや、数ヶ月間の独学のみだったとは……。
すごいです、と私が言うとHさんは「まだまだです。なぜなら、教科書で勉強はしましたが、教科書に載ってない言葉はわからないからです」と苦笑を浮かべていた。
それにしたって、すごい。
私は義務教育の間に英語を学んではいたが、大人になった今でも全く話すことができないのだ。(学生時代、勉学に励まなかったせいなのだが……)
そしてHさんはこれ以降、頻繁に「私の日本語レベルはどれくらいですか?」と私に聞くようになる。

Hさんは優しい人で、突然道案内を頼んでしまったことを申し訳なく思っている様子だった。私の時間などを気にして、「何か今日は予定がありましたか?」と尋ねてきた。
私が勝手に道案内を申し出ただけで、彼に気を遣わせるのもなぁと思い、私は「上野公園を散歩しようと思っていたので大丈夫です」と適当なことを言った。そんな私の言葉を聞いて安心したのか、彼は言った。

「あなたがよければ、一緒に上野公園を歩いてほしいです。なぜなら、私は上野公園が初めてだからです。一緒に来てくれたら嬉しい」

特に断る理由もなかったため、私はそれを了承した。聞けば、最終目的地は上野動物園らしく、それならば動物園入口へ送り届けるまでの付き添いになるだろうと思ったからだ。(動物園内には英語で表記されているパンフレットがあり、Hさんは英語ができると話していたため)

上野公園へ入るとHさんは「ああ、すごいです。とても綺麗。すごいです」と感激していた。季節的に枯れ木ばかりの並木道だったのだが、それでもとても綺麗に見えるらしい。細い枝が冬の晴れた空に向かって伸びているだけの景色を見て、こんなに嬉しそうな表情を浮かべるんだなと思ったら、なんだか私まで感激してしまった。
そして、お寺や神社が見たいというHさんを上野東照宮まで連れて行くと「ああ、これ調べました。東照宮ですね、動画撮りたいです」と嬉しそうに言った。
そういえば彼が動画を撮っている間、私はどうしていたらいいのだろう。そんなことを考えていると、Hさんは言った。

「私が動画を撮っている間、あなたはきっとつまらないと思います。なぜなら時間をたくさん使うから。あなたは散歩を続けてください。もし動画を撮り終えた時間にここにいたら、あなたに撮った動画を見せられます」

ど、どういうこと?
笑顔を浮かべたまま首を傾げる私にHさんは握手を促す。反射的に手を出し握手をすると、満足そうに頷いてHさんは東照宮とは別の方向へ歩いて行ってしまった。
どういうこと?
一人取り残された私は考える。
これは、待っているのが正解? 帰ってもいいのか?
もともと上野公園を散歩する予定など私にはないし、Hさんを案内するために来たわけだし。でも最終的には動物園へ行くんだよな? ということは、待っていた方がいいのだろうか。でも待ち時間がどれくらいなのかわからないしなぁ。
そんなことを考えつつ、私はとりあえず一人で上野東照宮へ入りお参りをした。

「Hさんの動画撮影がうまくいきますように。あと宝くじの1等が当たりますように」


結局帰ることもできず、Hさんの様子が気になって上野公園を少し散策したあとに東照宮前へ戻った。
すると、きょろきょろとしているHさんがそこにいた。
よかったー!私のこと探してる!帰らなくてよかったー!
私が歩み寄ると、私に気付いたHさんが嬉しそうに手を振り近付いてきた。そして先ほどまで撮っていた動画の一部を見せてくれた。
上野公園の入り口から、並木道を歩く様子や広場でパフォーマンスを行っている人たちの様子、そして東照宮。
そうか。入り口から撮り直したかったんだな。
一人で納得する私に、Hさんは動画の出来栄えを尋ねた。「これで大丈夫ですか?」と。
私には動画自体の良し悪しがわからなかったのだが、映像はとても綺麗で、母国語を話しているHさんも楽しそうに見えた。
「とてもいいですね」が、私の素直な感想だった。

想像していた以上に時間が掛かっていて、そろそろ私も家に帰らないとなぁと考え始めていたため、Hさんに「私はもうすぐ帰らないといけないので、動物園の場所だけ教えますよ」と言うと、「えぇ、そうですか……」とわかりやすくHさんは残念そうな顔をしていた。
休日とはいえ、私にもやることはあるのだ。いつも終わらせているはずの家事が丸々残っていて、このままだと夕方に帰ってくる夫に負担をかけてしまう。
とはいえ、Hさんを放って帰るのも申し訳ない。当初の予定通り、動物園までは付き添わなければ。
そんなことを考えていると、Hさんは「ご飯を食べようと思っていました。あなたも一緒にと思っていました」と残念そうに続けた。その姿にちょっと申し訳なさが勝ってしまい、「じゃあご飯は一緒に食べましょう」とつい言ってしまった。
そうして私は、もう少しHさんと過ごすことを決めたのだった。

この直後、上野公園で開催されていた牡蠣フェスに興味を持ったHさんが私を置いて動画を撮りに行ってしまい、私は30分の待ちぼうけを食らうことになるのだが、それはまた別の日記にて。

↓続き


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