HNIBと愉快な裏方たち。
HER NAME IN BLOODの解散から1週間。
苦しかった時期はたくさんあったけど、楽しかった記憶の方がたくさん。それはメンバーだけでなく、僕が周りのスタッフさん達に恵まれて仕事できていたからに他なりません。
自分がマネージャーを担当していた期間にはなりますが、濃く深くバンドに関わり、助けてくれた方達を少しだけ紹介したいと思います。ちなみにタイトルの「HNIBと愉快な裏方たち」は、実在したLINEグループです、メンバーは知りませんw
WARNER MUSIC JAPAN
まずはレーベルのWARNER MUSIC JAPANチーム。たくさんの方が関わってくれていましたが、特に深かった3人です。
プロデューサー、カミカミコアラ氏(CDのクレジットもこの表記なのですw)は、僕自身は2013年のARTEMAの1stアルバムの時からのお付き合いで、それからARTEMA、HNIBとお世話になり、色んなことを教えてもらいました。特に初期の頃は素人みたいな僕はかなり迷惑かけたと思いますが、失敗しても「大丈夫、しのちゃん」と、いつも現場を和ませてもらっていたと思います。
打ち上げでTJに日本酒を飲ませるカミカミコアラ氏。なぜかメンバーとの写真がほぼない。
A&RのSさんは、同い年ですが自分とは全く違い、めちゃくちゃテキパキと色んなことをこなし、サポートしてくれるスーパーマン的な人です。韓国のPENTAPORT FESTIVALや八食も駆けつけてくれたのは嬉しかったです。
SさんとIKEPYの秘蔵写真。IKEPYの格好についてはあえて説明しません、謎にしときますw
Aさんは見かけによらずのメタラーで、HNIB愛溢れるプロモーション担当でした。カミカミコアラプロデューサーからいつも無茶振りされて(ワーナーチームはいつもそうでしたがw)、そしていつもニコニコで、いつも癒されていました。
恐らくプロモーションの打ち合わせ中。左がAさん。PCのステッカーKILLSWITCH ENGAGEとPANTERAで完全メタラー。
他にもワーナーチームのみなさんはいつも明るくて、どんな時でも楽しみながら仕事できました。
MEGA HYPER STUDIO 松金さん
BEAST MODE、EVOLUTION FROM APES、BAKEMONO、FROM THE ASHES、POWERや、ライブアルバムなど、レコーディングでお世話になった世界の松金さん。生演奏のグルーヴにこだわるハーネームは、なかなかレコーディングも大変でしたが、松金さんのおかけでいつも素晴らしい作品に仕上がりました。
FROM THE ASHESのレコーディング中に誕生日を迎えた松金さん
師匠えっくんことドラマーEIJIくん
FROM THE ASHES収録のANSWERのレコーディングでドラムを叩いてくれたえっくん。ライブ、レコーディングではMAKIのドラムのチューニングだけでなく、色んな相談にも乗ってもらい、この人なくして復活はありませんでした。FACT時代からのお付き合いだけど、ホントにずっと優しくて最高なドラマーです。
えっくんの結婚式にて。この写真も宝物。
PAのNさん
PAのNさんはたくさん海外一緒に行きました。保護者の様な安心感がありました(笑) HNIBの"THE 爆音"はこの人の力が大きかったです。一緒にお酒飲んで色んな話聞かせてもらえるのがひそかに楽しみでした。
真ん中の白ヘアーバンドがNさん。恐らく香港のホテルにて。
PAのHピー
同じくPAのHピー。ラストライブのPAはこの人でした。なかなかの強行スケジュールでフィリピンも来てくれて、地元の超ローカルなバーで2人でヌルいビール飲んだのは良い思い出です。
7/4 LAST DAYでのHピー。
ハイパークリエイターTさん
BEAST MODE以降のジャケットアートワークや、MVなどのクリエイティヴを担当してくれたTさん。それぞれのキャラもしっかり理解して、いつもバンドへの愛が溢れる作品に仕上げてくれました。実は弟さんにもHNIBはお世話になりました。
復活時のアー写撮影のテスト時。真ん中がTさん。一番右のIさんにもお世話になりました。
英訳やゲストボーカルジャミさん
歌詞の英訳や、レコーディングでの発音をディレクションしてくれたジャミさん。ミックスやマスタリングの海外のエンジニア達との調整も彼がやってくれていて、世界へ向けた作品作りにかなり力を貸してくれました。When The World Is Goneではラップでも参加してくれてます。
BAKEMONOレコーディング中のジャミさんとポンタ
ジャミさんの保護者Yさん
そんなジャミさんの保護者的なYさん。説明が難しいですがHNIBには間接的に色々協力していただき、HNIBが事務所を離れ独立する際には色々相談に乗ってもらってアドバイスいただき、本当にサポートしていただきました。ラストライブでもお花ありがとうございました。
BAKEMONOレコーディング中。左のハット&メガネがYさん。Photo by カミカミコアラ氏
Yさん、お花もありがとうございました。
KOH YAMADA
KOH君は、HNIBファンには説明不要でしょう。
映像、写真、デザイン、メンタルケアまでw、全てにおいてバンドを支えたKOH YAMADA。
個人的には彼がバンドマン時代(というかお互いかバンドマンの時かw)からの付き合いで、こういう形で仕事できてとても嬉しかったです。
たじTVにも出演してたKOH君
KOH君と初めて一緒に行った海外、台湾のHEART TOWN FESTIVAL 2015にて。
カメラマン ライチ君
こちらもHNIBファンには説明不要、カメラマンのらいち君。彼はもはやカメラマンではなく、近年は準メンバーだったのでは、というレベルで、メンバーに寄り添ってくれていました。ライチ君と海外ツアー行ってみたかったなぁ。本人の思いをぜひ読んでみてください。
溶け込んでるね、ライチ君w
カメラマン カンペイ
2016年〜2018年頃によく写真を撮ってくれていたカメラマンのシュンペイ。名前がかとうしゅんぺいなので略してカンペイと呼ばれてました。復活の時は泣きながら撮影してた、優しい奴です。
DAIKIの右上がカンペイ
カンペイが撮ってくれたこのESKIMO CALLBOYとの写真はホントにお気に入り。
ICON PROMOTION ジェシー
台湾のイベンター、ブッキングエージェントのジェシーは、主にアジア圏でお世話になりましたが、以前も書いたESKIMO CALLBOYとのヨーロッパツアーのきっかけになったのが彼で、フィリピンのPULP SUMMER SLAMに出演できたのも彼のおかげです。ジェシーなくしてHNIBの海外進出はありませんでした。
ニット帽のおっちゃんがジェシー。メンバーとジェシーが最後に会った2018年年末の台中にて。
コンサートプロモーター H.I.P
BEAST MODE TOURからはOZZ FESTやKNOT FESTを主催するH.I.PのIさん、そしてもう1人のIさんにずっとお世話になりました。カリフォルニアでのKNOT FESTに出演できたのもH.I.Pさんの尽力のおかげです。お2人の写真はなかったのでOZZ FEST JAPAN 2015とKNOT FEST JAPAN2016で会えた大物2人との写真を貼っておきます。
梨汁ブシャーもやってくれたけど、動画データが消えてました泣
DAIKIが死ぬほど悔しがってたコリーとの写真
他にも、書ききれないほどたくさんの人にお世話になりましたが、特に長い期間濃く関わっていただいた人に絞って書きました。メンバーだけでなく、バンドを支える仕事をしているこういった素晴らしい方々と仕事をできていた時間が、僕にとっての財産です。
マネージャーやってた自分が書くのもどうかとは思いますが、HNIBは音もですが、ホントに人柄が好かれていたバンドだと思います。これからの人生も、素晴らしい方たちとの縁に恵まれて進んで行くと信じています。