見出し画像

【EP1-7】「笑わせたいやつ」|オレらのグレイテスト・ステージ!

Arcanamusicaスピンオフ小説① 「オレらのグレイテスト・ステージ!」(渋吉 陸玖&切沢 玲央斗)

著:衣南 かのん

7.

「思った以上に体に来るな……」

 ようやく狭い車内から解放されて、切沢きりさわが固まった体を思いきり動かしている。

「だから、別々でもいいって言ったのに」

 お金がないため夜行バスしか選択肢にない渋吉しぶよしと違って、切沢は飛行機で帰ることだってできた。
 渋吉よりも体格がいい切沢では、狭いバスの中で半日以上過ごすのは思った以上に窮屈だっただろう。


「こっちの方が早いだろ、いちいちもう一回待ち合わせる手間もねえし、結局あの時間からだったら翌朝の便になってたから……着く時間は大して変わんねえし」

 でもやっぱ長え、と言いながら切沢はもう一度、大きく伸びをした。

 あの後、帰ってきた子どもたちに捕まった渋吉と切沢は、なんだかんだと夜までホームで過ごすことになった。
 久しぶりの渋吉に年齢の近い子どもたちはなんやかんやと話が尽きなかったし、小学生組はテレビで見かける切沢が目の前にいることに興味津々だった。

「なんかごめんな、結局玲央斗れおとにも弟たちの世話、付き合わせちゃって」

「いや。ああいうの、俺は逆に経験ねえから……新鮮だった」


 たしかに、切沢は小学生たちに慕われていたけれど、扱いは慣れていない様子だった。

(質問攻めにされて戸惑ってる玲央斗、面白かったなー)

 ふふ、と思い出し笑いをしていると、思考を読まれたのか頭を小突かれる。見上げれば、やや恨めし気に睨む切沢がいた。

「ごめんって。えっと……それで? この後、どこ行くの?」

「まあ……いいから、ついてこい」

 そのまま歩きだす切沢に、「足速いって!」と文句を言いながら追いかける。
 またこうして二人で並んで歩けていることが、今の渋吉には何よりうれしかった。


   *


 三十分ほど電車に揺られてたどり着いたのは、大きな病院だった。

「ここって……」

「こっち」

 切沢は慣れた様子で正面玄関へ向かうと、そのままエレベーターを上り、降りた階のナースステーションにまっすぐ進んでいく。

(えっ、えっ!?)

「あらっ、玲央斗くん! 今日はちょっと遅めだったのね」

「ああ、ちょっと用があって」

 ナースステーションから出てきた看護師は親し気に切沢に話しかけると、何か紙を差し出した。ちらっと覗くと、『面会者記入欄』という文字が見える。

「お母さん、今日元気そうよ。朝昼しっかり食べていたし、調子いいみたい」

「あざす。……陸玖りく、行くぞ」

(お母さん、って……)

 そわそわしながら、そしてなんとなく緊張もしながら、そのまま切沢の後に続く。
 薬品の匂いが漂う廊下を進んでいくと、502、というプレートがかかった部屋の前で切沢が足を止めた。


「……玲央斗!」


 引き戸を開くと、気づいた女性がこちらを見てぱっと笑顔を向ける。

 赤い髪に、少し鋭い瞳。だけどその表情はやわらかくて——


「……玲央斗そっくり」

「……やめろ、それ言うの」

 うんざりした様子でぼそりと呟くと、切沢はそのまま女性の方へと歩いていく。

「なに、今日遅かったじゃない。仕事?」

「ああ……これ、土産」

「あっ、そういえばあんた昨日、市場でロケしてたよね!? なになに、カニ? ウニ? 今の時期だとホタテもいいわねえ」

「んなもん病院に持ってこられるか、馬鹿」

「あらっ、親に馬鹿とか言う子に育てた覚えはありません!」

「そういうふうに育てられた覚えしかねえよ」

 ぽんぽんと、まるで熟練の漫才師のようにテンポよく進む会話に追いつけないまま渋吉が立ち尽くしていると、その女性——切沢の母親が、こちらに気づいて目を丸くした。

 そんな驚きの表情も似ている、と、妙なところで感心していると、「うそっ!」と悲鳴にも似た大声が上がる。

「お客さん来てるんじゃない、言いなさいよ! ていうか言っておきなさいよ! もー、ぼろぼろで恥ずかしい……」

「いつも大して変わんねえだろ」

「お客さんが来るってなったら変わるの! ほんっと女心がわかってないんだから……えーっと、ごめんなさいね? 恥ずかしいところ見せちゃって……って、あら?」

 もう一度渋吉をまじまじと見た母親が、今度はぱあ、っと花が咲いたような笑顔になる。

「やだっ、陸玖くん!? 陸玖くんよね! ちょっとなに、玲央斗! 初めてじゃないあんた、ようやく連れてきてくれたの!?」

「あんまり騒がしくすんな、陸玖がビビるだろ」

「何よ、小動物でもあるまいし。ねー、大丈夫よね、陸玖くん?」

「はっ、はい!」


 なんで自分のことを知っているんだろうとか、普通の親子の会話ってこういうものなんだろうか、とか……色々考えるよりも前に、返事をしていた。


「ふふ、ずっと会いたかったのよ。初めまして……玲央斗の母です」

 そう言って優しく笑うその女性は——本当に、切沢によく似ていた。


「あら、おいしそうなチョコのお土産。ちょっと玲央斗、下に行ってコーヒー買ってきてちょうだい! あっ、もちろん陸玖くんの分もね!」

 そう言われて半ば無理やり部屋を追い出されてしまった切沢に取り残されて、渋吉は今、切沢の母と二人きりだった。


(……どうしよう)


 この間レッジェと待ち合わせた時以上の戸惑いと焦りが渋吉を襲う。ちゃんと友達付き合いをしてこなかったから、友達の母親、なんて立場の人と話すのはたぶん小学生以来だ。

(こういう時ってまずどうすればいいんだ……あっ! 自己紹介!)

「は、初めまして、渋吉陸玖です!」

「ふふ、知ってる!」

 カラッと無邪気に、切沢の母が笑う。

「玲央斗にしょっちゅう聞いてたから。ケースアールのことも、陸玖くんのことも」

「え……オレの話、してたんですか? 玲央斗……」

「そりゃもう。玲央斗から誰かの話を聞くのなんて陸玖くんが初めてだったから、私、嬉しくって。いろいろ聞いちゃったのよ。玲央斗のご飯、いつもおいしそうに食べるんだって?」

「そんなことまで……」

「あの子、料理うまいのよねえ。ていうか、家事スキルが妙に高くって。私が昔から仕事ばっかりだったから、自然と身についちゃったのね」

「そうだったんですね……」

 どうりで、切沢がやたらと家事に長けていたわけだ。あの見た目で家庭的、というギャップの理由を知って、納得する。


「……でも、よかった」

「え?」

「陸玖くんの話、この一年……ちょっとくらいかな、聞かなくなってたし。ケースアールも、解散しちゃったって聞いてたから」

「あ……」


 ちょうどケースアールが解散して、一年と少し。その間切沢とはほとんど没交渉だったのだから、母親が何も聞いていないのは当たり前だ。

「なんか最近いろいろテレビ出るようになっちゃって、一人で大丈夫かしら、って心配してたんだけど……まだ関係、続いてたのね。安心した!」

「……はい」

 関係が続いていた、というのは嘘になる気がしたけど、その笑顔を前にしたら頷くのが正解な気がして、渋吉も微笑みと共に答えた。

「あの子……玲央斗ね、ちょっと見た目怖いでしょ?」

「えっ!? えっと、いや、そんなことは……!」

「いやもう、そこはいいから! わかってるから! 私に似て目つき悪くてさー。でも、悪いやつじゃないのよ。あれで根はまっすぐな、いいやつだと思うの」

「はい……」

「だから……これからもずっと、仲良くしてやってね」

 その笑顔が、少しだけ、寂し気に見えて……渋吉は、思いきり声を張り上げた。

「もちろんです! オレ、オレも……ずっと、玲央斗と、仲良くしたいです。あんなにカッコよくていいやつ、めったにいないと思います!」

「ははっ、カッコいいかなあ?」

 笑ってくれることに安心して、いかに切沢がカッコいいか、自分が切沢を大切に思っているかを続けて語る。

 一年以上せき止めていた分、言葉はいくらでも出てきた。

「……何盛り上がってんだ、二人で」

 しばらくすると、扉が開いて、切沢が入ってきた。
 ちらっと見ると切沢の耳がほんの少し赤くて、もしかして聞かれていたかも……と思ったら渋吉まで気恥ずかしくなってきた。

「ほら、コーヒー。陸玖も」

「あ、オレ……」

 母親の次に差し出された缶はオレンジジュースで、渋吉は思わず切沢を見る。

「なんだよ?」

「ううん、ありがと!」

 その後は三人でいろんな話をして——切沢の子どもの頃の話なんかも、ちょっと聞いて——楽しい時間は、過ぎていった。


   *


「あのさ……その……」

「ん?」

「言いたくなかったらいいんだけど、……お母さんって、体調、あまり良くないの?」

「……ああ」

 面会時間を終えて、病院を出た帰り道。
 聞こうかどうか迷いながら、渋吉はその話を切り出した。

「良くなったり、悪くなったりって感じだな……悪くなったら入院して、また良くなったら家で療養して、その繰り返しだ。ただ……」

 これ以上良くなるってことは、なかなかないらしいな、と、ぽつりと続けられた言葉の重さに渋吉はどんな言葉をかければいいかわからなかった。


「……コンテストが決まってしばらくした頃に、倒れたんだ。最初は原因がわからなくて……いくつかの病院を転々として、ようやくここに落ち着いて」

「もしかして、バイト増やしてたのって……」

「いろいろ制度があるって言っても、医療費って馬鹿になんねえんだよな。今は、まあ……だいぶ、なんとかなってるけど」


 切沢の病院通いの理由も、急に時間が取れなくなったことも、すべてが腑に落ちた。

 言ってくれればよかったのに、とは思う。だけど自分が家のことをずっと切沢に言えなかったように、切沢にもきっと、言えない理由があったのだろう。

「前に言ったろ。喧嘩とかしてたって話……その度結構、母親には迷惑かけてたからな。
なんとか高校出て、バイトしながら家に金入れてたんだけど……男ならでっかい夢掴んで私を笑わせてみろ、とか、母親がよくわかんねえこと言いやがって。まあでも、じゃあやってやるかって……それで、芸人目指したんだ」

「あっ、じゃあ、笑わせたいやつって……」

「……母親。笑うなよ」

「笑わないよ、なんで?」

「なんか、マザコンみてえだろ。いい年して」


(そうかなあ……)


 切沢はなんだか気まずそうだけれど、渋吉はそうは思わない。
 むしろ、温かくて、楽しくて、お互いに思いやっていて……ちょっとだけ、うらやましかった。

「あいつ笑わせるために芸人やってんのに、倒れちまったら意味ねえだろ、って……あの時はなんか、切羽詰まってて。お前にも、八つ当たりした」

 そう言うと、足を止めた切沢がくるりと渋吉に向き直る。
 そしてそのまま——綺麗に体を折って、頭を下げた。


「えっ!? 玲央斗!?」

「悪かった。自分で勝手に背負ったもんを、全部背負いきれた気になって……負いきれなくて、お前に負わせた」

「い、いいって! 頭上げてよ、別にオレ、玲央斗が悪かったなんて思ってないって!」

「いや……ちゃんと、ケジメつけさせてくれ」

 顔を上げた切沢が、ぎゅっと眉根を寄せて瞳に力を込めているのがわかる。

 少し、泣きそうだなと思った。——あの、切沢が。


「あのステージの失敗も、俺たちがこうなったのも……お前はなんも、悪くねえ。全部、俺が勝手に意地張って……意固地になってただけだ。
それなのに、お前に八つ当たりして、酷い言葉ばっかぶつけて……最低の相方だった」

 悪かった、と、もう一度切沢が繰り返す。こんなふうに謝られるのは初めてで、渋吉もどうしていいかわからず……そのまま、しばらく無言の時間が過ぎていった。

「……あ、あの、さ」

「……」

「たぶん、玲央斗だけが悪かったとか……そんなことは、絶対ないと思うんだ。オレもいろいろ悪かったし、玲央斗も、悪かったし……だから……」

 こういう時にどう言ったらうまくまとまるのか。もっと上手になれたらいいのに、と思いながらも、突き進むことしかできない。

「だから……お互い様ってことで、いいんじゃないかな。うん。お互い様! で、これで、仲直り!」

 そのまま差し出した握手の手を、切沢がじっと見つめて……笑いだす。

「……お前のそういうとこ、ほんと、嫌いじゃねえんだよな」

 ぱしん、と握手の代わりに強いタッチで返されて、渋吉はわざとらしく「いたっ!」と声を上げる。

 目が合うと切沢が笑っていて、それにつられて渋吉も笑って——

「へへっ、仲直りだな!」

「……だな」



 ようやく、大事な相方が戻ってきた。



To be continued…

いいなと思ったら応援しよう!