
【SS 06】「彼と彼女の場合」|Arcanamusica
SHORT STORY #06 「彼と彼女の場合」
著:衣南 かのん
「……えっ」
その日、いつものように『アルカナムジカ』を開いて目に飛び込んできたのは、お知らせと書かれた一つの通知だった。
==新機能実装のお知らせ======================
この度、アルカナムジカでは、
より歌い手の皆さま、そしてファンの皆さま同士での
交流を楽しんでいただけるよう、
MESSAGE機能、及びNOTE機能を実装しましたので
お知らせさせていただきます。
今後ともアルカナムジカをよろしくお願いいたします。
アルカナムジカ運営一同
========================================
どういうことなんだろう、という疑問は、これもいつも通りお気に入り登録している歌い手——RiZさんのページに飛んですぐにわかった。
New、という表示に照らされた、一つの投稿。『いつもありがとうございます』というタイトルをタップすると、そこには決して長くないけれど真摯な、RiZさん自身の言葉が綴られている。
「うわぁ……」
これまで、アルムジでは投稿画面のキャプション以外歌い手のひとの言葉を知る機会はなかった。
中には歌の投稿欄のコメントに返している人もいるけれど、RiZさんはコメント返しをするタイプではないし……投稿画面のキャプションもいつも、とても短いものばかりだったから、こんなふうに長い文章で彼の言葉に触れるのは初めてだ。
(こういうこと書くんだ……)
どこかよそよそしくて、なんだか緊張しているようで、それでも真っすぐファンに向き合ってくれているのが伝わる、そんな文章に、読めば読むほど彼のことが好きになる。
「歌が好きなだけだったんだけどなあ……」
そういえばマイミーが好きな友人は、彼のことはすべていち早く知りたくて、SNSも動画の投稿も通知が来るようにしていると話していたし、なんなら全ての投稿をスクショしていると話していた。
そこまでしなくてもいつでも見れるのに、と思っていたけれど、今はなんとなく気持ちがわかる。
好きなひとの言葉を、全部残しておきたい……という気持ちは、やはり彼が推し、という存在だからなのだろうか。
「とりあえず……スクショ、しておこうかな」
なんとなく、RiZさんがこういう風に投稿してくれることは少ないような気がしている。RiZさんのことはまだあまり知らないけど、そういう人なんだろうな、と勝手に思っている。
だけど……。
ほんの少し、それがすごく時々でも、こうしてRiZさんが書いた言葉に触れられるなら、それはすごく幸せなことだな、と思った。
「……コメント、してみようかな」
見てみると、歌い手の人やファンの人からのコメントがコメント欄にはあふれている。人気な人なんだなあと、つくづく思う。
RiZさんの歌に救われている人は、私だけじゃないんだろう。
「なんて書けばいいんだろう、こういうの」
いつも応援しています? それじゃああまりにも、普通すぎるだろうか。
こちらこそ、いつもありがとうございます? なんだか、やけに堅苦しい気がする。
(……もう少し、考えよう)
だけどそんな時間さえ、すごく楽しいような気もしていて。
どんな言葉が彼に届くだろうか、そんなことを考えながら、私は初めて見る彼の長文を何度も何度も読み返していた——。
***
「……やっべえ」
スマホを持つ手が震える。午前2時。もう一体、何時間こうしているんだろう。
アルムジを開いて、MESSAGE機能の実装を知ったのがバイト帰りの23時過ぎ。それからずっと俺は、大ファンである歌い手——レッジェさんのページを開いて唸り続けている。
(レッジェさんにメッセージ送れるとか、やばすぎて……!)
いつも応援している、大好きだというこの気持ちをどうにか伝えたくてメッセージの文面を考え続けているけれど——悲しいことに、俺は文章を考えるのはあまり得意じゃない。
好きですとか応援してますとか、そんな安易な言葉しか浮かんでこない自分が嫌になる。
(レッジェさんは絶対、難しい言葉もたくさん知ってるだろうしな……)
これまでの短いキャプションからでも彼の頭の良さ……みたいなものは窺うことができた。決して頭がいいとは言えない俺でもそれを感じるんだから、レッジェさんはきっと、相当頭のいい人なんだと思う。
(実はすごい仕事の人だったりして……医者とか、弁護士とか?)
そう考えると、レッジェさんのことを俺は何も知らないんだな、というのをつくづく感じてしまう。
レッジェさんという名前と、歌声だけ。
それだけ知っていれば十分だけど、人間って欲深いもので、こうして彼のことを知ることができるチャンスが舞い込んでくるとつい、もっともっとと望んでしまう。
「レッジェさんも、NOTE投稿してくんねーかなあ……」
もっと彼の言葉を読んでみたいし、どんな人なのか、どんなことを考えているのか、知ってみたい。
「……あー! よし、今日はやめ! ゆっくり考えて、いい文が思いついたら送る!」
きっとまだまだ、この先メッセージを送る機会はあるだろう。もしかしたら、また新しい曲が上がるかもしれない。そうなったら、その時に感想と一緒に送ればいい。
「そうだ。レッジェさんじゃなくて、別の人にメッセージ送ってみるかな」
ふと思いついて、俺はもう一人——応援している歌い手である、シブキチのページを開いた。
レッジェさんほど緊張せずに、するすると浮かんできた応援の言葉をメッセージ欄に綴って送ってみる。
すると、間もなく返信がきた。
——返信が、来た?
「えっ!? はやっ! てか普通、ただのファンに返信するか!?」
ありがとうございます、応援嬉しいです、と短い文ではあったけれど、「!」がたくさん使われた文章はシブキチ自身のものだろう、とすぐにわかる。
「……律儀だなあ……」
きっと俺の他にもメッセージは来るだろうに、こうして一人一人に返信しているんだろうか。歌声のまま、本当に真っすぐなんだな、と思わず感心してしまう。
(……え? ていうか、待てよ、てことは……レッジェさんからも、返信が来るかもしれないってことか!?!?!?)
気づいた瞬間、ハッとした。
特に理由もなく、一方通行に気持ちを伝えるためだけのものだと考えていたのに——レッジェさんから返事がくる可能性を考えたら、ますます頭の悪そうな文は書けないし書きたくない。
「……どうすればいいんだ? 手紙の書き方とか、調べるか……?」
なんとなく的外れな方向に思考を巡らせながら、レッジェさんへ届けるのに相応しい言葉を頭の中で何度も書いては消し、書いては消しを繰り返す。
——レッジェさんのメッセージ欄は相互にフォローしていないと送れない設定になっている、と、俺が知るのは、まだもう少し先の話だ。