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【EP1-5】「本音」|オレらのグレイテスト・ステージ!
Arcanamusicaスピンオフ小説① 「オレらのグレイテスト・ステージ!」(渋吉 陸玖&切沢 玲央斗)
著:衣南 かのん
5.
レコーディングの失敗の後、スーからはこの楽曲は保留にしておく、と告げられた。
「シブキチ様とタイガー様のための曲ですから、来るべき時が来たら、歌ってください」
ありがたいことなのかもしれないけれど、切沢との関係を改善する方法は未だに見えていない。
(無理、か……)
二度も言われてしまった言葉に、渋吉自身、これ以上切沢にどう向かっていけばいいかわからなかった。
「……ん?」
ベッドに横になって考えていたところに、アルムジアプリの通知音が鳴る。
また誰かがbetやコメントをしてくれたのだろうか、と開いてみたら、そこにはメッセージの着信を告げる通知が表示されていた。
「え……レッジェさん!?」
それは、以前アルムジアプリを通じて知り合い、デュエットをしたレッジェからのものだった。
久しぶりだな、突然の連絡、すまない。と、少し堅いが丁寧なレッジェらしい挨拶の後に、画像が送られてくる。どうやらレッジェのコメント画面をスクショしたものらしく、そこにはレッジェとシブキチの歌った『Sin-Lie』に対する感想が長文で綴られていた。
『俺はメッセージを受け付けていないのでコメントに書かれたものなんだが、うれしい言葉だったので君にもシェアさせてもらおうと思う。改めて、君と歌えて良かった』
短い文ながらも温かいレッジェの言葉に、少し沈んでいた気持ちが浮き上がってくる。
「……そうだ……レッジェさん!」
一緒にデュエットができたレッジェなら、何か、切沢とのデュエットへのヒントももらえるかもしれない。
そう思った渋吉は早速、コメントを教えてくれたお礼と共にレッジェに相談したいことがある、とメッセージを送った。
*
数日後、渋吉は品のいいホテルの、ラウンジにいた。
(ど、どうしよう……オレ、服間違ったかも……)
周りを見回せば、いかにも大人、といった様子の人たちばかりがいて、皆上品にお茶を楽しんだり談笑したりしている。
いつもどおりの普段着で来てしまったことを後悔しながら身を小さくしていると、しばらくしてから目の前の席に一人の男性が座った。
「……レッジェさん!」
「……この場でその名前を呼ばれるのは、少し違和感があるな」
仕立てのいいスリーピースに身を包んで、この空間にも全く違和感なく溶け込んでいるレッジェは、そう言って困ったように小さく笑った。
「あっ、えと……すみません、でも、なんて呼べば……?」
「まあ、レッジェ、でもいいが。この場で聞き耳を立てるような無粋な人間もいないだろうからな」
レッジェが席に着いたのが合図であるかのように、ウエイターが水とメニューを持ってきてくれる。
そのメニューを開いて、渋吉は目を見張ることになった。
(こ、コーヒーが1500円……!?)
渋吉のバイトの時給よりも高い。食費で考えたら、三日分だ。
(どうしよう……で、でも、オレがお願いして来てもらってるんだし、ここはオレが出すべき……だよね……)
「あ、あの、レッジェさんは何にしますか……?」
「ああ、オレは紅茶をもらおう。君は?」
紅茶は1800円だった。渋吉の財布の中には、今、3000円しか入っていない。
「え……っと……オレは……」
何が頼めるだろうかとメニューをめくっていくと、ミネラルウォーターを見つけた。700円。水で700円はつらいけど、これならなんとか予算内に収まるはずだ。
「あ、ミネラルウォーターを……」
「それでいいのか? なんでも好きなものを頼むといい、ここは俺が出す」
「えっ!? い、いいです! オレが頼んで来てもらったのに……」
「この場所を指定したのは俺だろう。クライアントとの待ち合わせの関係でな、どうしてもここになってしまったんだ。すまない」
だから気にせず好きなものを、と再びメニューを示されて、渋吉は戸惑いながらもう一度メニューを開いた。
「じゃ、じゃあ……オレンジジュースを」
こういう時、コーヒーをホットで、とか頼めたらカッコいいんだけどな、と思いつつ、渋吉は閉じたメニューをテーブルに置いた。
「それで、相談というのは?」
飲み物が来てしばらくしてから、レッジェは今日の本題を切り出した。こういうところもスマートだな、と感じる。本当なら、呼び出した渋吉から切り出すべきところだろう。
「えっと……実は今、またアルカナムジカでデュエットをしようとしているんですけど……」
「デュエットを? ……また曲をもらったのか?」
「あっ、は、はい! えっと……すみません」
「? 何を謝る?」
なんだか抜け駆けをしたような気まずさから思わず謝ってしまったけれど、レッジェは不思議そうに首を傾げるだけだった。どうやら、ただの確認だったらしい。
「デュエットということは、相手がいるのだろう? この間の、あのメンバーの誰かか?」
「いえ、違うんです。違って……それで、ちょっと、困ってて……」
「というと?」
いざ相談しようと思うと、どこから説明したものか悩んでしまう。
タイガーが切沢であること、彼が自分と同じお笑い芸人で、かつての相方であること、今は気まずい状態であること……一から話すと、切沢自身のプライベートまで触れることになると気づいて憚られた。
「……あの、レッジェさんって、仲いい友達とかいますか」
ぐるぐると考えた結果、渋吉の質問は思わぬ方向に飛んでしまった。突然の変化球に、目の前のレッジェも怪訝そうに眉をひそめる。
「……俺は友人がいないように見えるか?」
「いっ、いえ、そういうことじゃなくて! その、デュエットっていうか、どっちかっていうと今、人間関係で悩んでて……!」
「人間関係?」
「……その、喧嘩してしまった友達と、仲直り……みたいなのを、する方法というか……」
自分でも説明になっていないな、とは思った。デュエットの話だと言ったくせに、急に友達と仲直り、なんて子どもじみたことを相談するなんて。
(オレ、ほんとこういう説明とか下手だな……)
「……喧嘩、か」
ぽつりと、レッジェが呟く。その声には今までレッジェから聞いたことのないような寂しさがにじんでいるように聞こえて、渋吉も思わず息を呑んだ。
「その、友人とは……今も、連絡を取れるのか?」
「連絡先は、知ってるんですけど……ずっと気まずくて、連絡を取れていなくて」
スマホのメッセージ画面を開いたのは、あの日から一度や二度ではない。
何度もその画面を開いて、その度、進むことができずに閉じて、を繰り返してきた。
もしもまた拒まれたら。いや、きっと、拒まれる。
時々事務所ですれ違う時に声をかけても、切沢から返事が来ることはほとんどなかった。目が合っても、互いに逸らして終わってしまう。
——玲央斗に、これ以上、嫌われたくない。
だったら、今のままの方がいい。そう思って、ずっと、そのままにしてきた。
あの日切沢が怒った理由をちゃんと聞くこともしないで、ただ流されてきた。
自分が人と関わったら……本音でぶつかろうとしたら、相手は離れてしまう。
それを、思い知ったから。——もうこれ以上、傷つきたくなかった。
「どういう状況なのか、俺にはわからないから……的外れな意見かもしれないが、」
少しの間思案していた様子のレッジェが、丁寧に言葉を紡ぐように静かに口を開いた。
「君は、その相手に対して、どう思っているんだ?」
「え……」
「喧嘩の理由は個人的なことだろうから聞かないが、君は相手に対して怒りを感じているのか? それとも、申し訳ないと思っているのか?」
レッジェの言う怒り、にはまるでピンと来なかった。切沢に対して、怒りなんてあるはずない。
申し訳なさは覚えがあるけれど、それでも……
「……考えたことも……なかった、です」
切沢と離れてしまったこと、それがあまりにも重くて、それ以外のことなんて考えていなかった。
「では……考えてみるといい」
「……」
レッジェの言葉に、思い出す。
切沢と過ごしていた時間のこと、楽しかったことも、キラキラしていた毎日も。全部特別で、渋吉にとっては初めてのことばかりで、それを取り戻したくて必死だった。
「自分の感情を整理してからじゃないと、仲を修復しようにも相手に何を伝えればいいかわからないだろう。
怒っているならばその怒りを、申し訳ないと思っているならその申し訳なさを……何にせよ、きちんと本音で話した方がいいんじゃないか」
(本音、か……)
切沢とはいつだって、本音で付き合えていると思っていた。
だからこそ、切沢に隠し事をされたことがショックで……突き放されて、どうしていいかわからなくなった。
(でも、考えてみれば……オレだって)
「……あの、オレ。そいつに、ずっと、嘘をついてることがあって」
「嘘?」
「あっ!」
(しまった、レッジェさん、嘘が嫌いなのに!)
ディスティニーゲームで、「嘘をつくわけにはいかないから」と潔くゲームを降りた彼の姿を思い出す。
「あっ、嘘っていうか、隠し事って……いうか……」
「……そんなに慌てなくてもいい。俺はたしかに嘘はつかない主義だが、それはあくまで、俺自身への縛りのようなものだ。君に強要するものでも、責める材料にするわけでもない」
(そうだった、レッジェさんはそういう人だった……)
あの時も、レッジェはまっすぐ渋吉に向き合って問うてくれたのだ。何を隠していたのか。何を、悔いているのか。
その姿勢に背中を押されて、渋吉も明かすことができた。きっと無駄だからとずっと隠し続けてきた、背負い続けてきた自分の後悔を。
だから、今回も——彼に相談したく、なったのかもしれない。
「君がどんな嘘をついたのか、何を隠したのか、それが大きな問題ではないと俺は思う。大事なのは、今の君自身が……彼に、どう向き合うかなんじゃないのか」
そこまで言うと、レッジェは、ふ、と小さく口元を緩めた。
「まあ……俺が偉そうなことを言えた義理はないんだがな」
紅茶をすするレッジェの目が、また寂しそうに伏せられたような気がする。だけどきっと、そこは渋吉が踏み込むべき場所ではないのだろう。
「会って、話ができるのなら、そうした方がいい。そうすれば必ず仲直りできるという保証はないし、決めるのは君自身だが」
「……はい。ありがとうございます」
すっと、胸の中で何かが落ち着いていくような心地がした。
「やっぱ、レッジェさんってすごいですね」
「俺からしてみたら、君のそういう素直さの方がよほどすごいと思うぞ」
いい結果になるといいな、と、彼らしい励ましに背中を押されて、渋吉はもう一度、切沢に連絡を取ってみようと心に決めた。
*
とはいえ、いざ連絡をしようとすると何を言えばいいのか悩んでしまうもので。
(昨日レッジェさんと話した勢いで連絡すればよかった……)
ちゃんと文面を考えよう、なんて思って一晩経ったせいで、朝一でメッセージ画面を開いたまま、かれこれもう数時間はスマホとにらめっこしている。
「まずは……久しぶり、かな。いや、この間会ったし久しぶり、は変か……やっほー? ……軽すぎるって……」
最初の一言さえ決まらないまま、打っては消してを繰り返していたその時——
スマホの画面に、懐かしい番号の着信が表示された。
「……え?」
上京以来ほとんど連絡を取っていない実家からの電話に、戸惑いつつも応答する。
電話の向こうでは、渋吉よりも幼い声が焦ったように緊急事態を告げる。
「……倒れた……? いつ……うん、わかった……」
電話を切った渋吉はそのまま、すぐさま地元へ向かうための準備を始めた。
To be continued…