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【EP2-9】「音を合わせて」|アッバンドーネはまだ知らない

Arcanamusicaスピンオフ小説② 「アッバンドーネはまだ知らない」(伊調 弦八&川和 静)

著:衣南 かのん

9.


 しばらくして、川和かわわとの練習も再開になった。


「おじいさんのこと、ネットニュースで見たよ。……いろいろ、大変だったな」


 散々振り回していたにもかかわらず、川和はそう言って伊調いちょうを気遣った。本当にどこまでも、お人よしな人だと思う。

 斑目まだらめからも、メッセージが入っていた。祖父の死を悼むもので、中には伊調への気遣いの言葉も並んでいた。
 そんなふうに自分のことを考えてもらえるのはやっぱりうれしくて……だけどそのメッセージにお礼の言葉を返したきり、斑目とは連絡を取っていない。


 少し、離れなければ、と思った。
 斑目に依存したままの伊調では——きっと、この歌は歌えないから。


「いろいろ考えてみたんだけど、アリアくんは要するに、歌詞の解釈に詰まってるわけだよな」

「そう……ですね。歌詞の意味を汲み取りきれていない気がして、表現の正解が見えなくて」

「じゃあ、二人でその正解を作っていこう」


 川和の提案は、一旦歌の練習は置いておいて、ガッツリ曲に向き合ってみよう、というものだった。
 歌の技術は伊調もすでに十分だから、行き詰まる、悩む部分を解消した方が早いと考えてくれたようだ。

「俺もこの曲の肝は歌詞だと思ってるんだけど、どう聴かせたらファンの人たちが喜んでくれるのか……ちょっと、悩んでたんだ」

「切ない歌詞……ですよね、たぶん」

「うーん、そうだな……なんか、失恋といえば失恋っぽいし、でも恋愛の話じゃないといえばそうも見えるし……」

「それは……失恋だとしたら、僕には難しいかもしれないです」

「……あー、うん。高校生だもんな」


 少しずつ、色んな話をしながら曲をかみ砕いていく。
 川和も自分のことを教えてくれたし、伊調も、そうした。

 お互いを知ることで、デュエットの息も合っていくのなら、それはとても自然な曲作りの一つだと思った。


(……こういうこと、なのかな)


 誰かと音を合わせて、一つの音楽を作っていく。
 祖父が楽しい、と言っていたことを、自分も今、しているのかもしれない。


(楽しい……かは、わからないけど……)


 曲が掴めないのはもどかしいし、苦しい。
 だけど、……一人じゃないのは、悪くなかった。

「やっぱ、タイトルにもある『晴れ』っていうのが一つのキーワードかなあ」

「ある晴れた日、のところを清々しく歌うのかな、って最初は思っていたんです。……晴れって、そういうイメージだから」

「うん。でも、この歌の中では……たぶん、そうじゃないんじゃないかな。明るいけど、少し寂しくて……ほら、最後の英語詞のところ。雨の中にいたい、って、そういうことだと思うから」

「そうなんですよね……そこの気持ちというか、晴れを切なく思う理由が掴めなくて……」

「うーん、なんだろう……光が強い場所ってちょっと眩しくてしんどい、みたいな……? 俺もそれはちょっとわかるかも……」


 ああでもない、こうでもないと話しながら、少しずつ形にしていく。
 こんなにしっかり、同じ方向を向いて音楽の話をできるのは……少し、楽しいのかもしれない。

 ほんのわずかに、胸の奥が弾んでいることには伊調も気づいていた。
 斑目から言われた『似ている』の言葉は、あながち間違っていないのかもしれないし——少しだけ、似ていることも悪くないような気がしてきていた。



   *



「それでは、お二人ともご準備はよろしいですか!」

 スタジオの向こうで、スーがきりっとした表情を作る。
 ワンダフルネストのはからいで、伊調は川和と共に、以前『ムーンライト・アリア』を収録したレコーディングスタジオを訪れていた。

 まだ上手く歌えるかは、わからない。
 ——だけど。


「——っ」


 息を吸い込んで、最初の一音を奏でる。
 今の伊調のまま、歌おうと思った。それが自分の音楽なのかはわからない。それを、斑目が喜ぶのかも——認めてもらえるのかも、わからない。

 でも、今、歌いたいと思う。
 この曲を、川和と歌って、完成させたい。

 川和より上だと証明するためとか、彼を超えるためとか、そういうわけじゃなくて……ただ、歌いたい。
 その気持ちだけは、ちゃんと自分のものだと自信が持てる。

 歌詞については、たくさん話した。表現の仕方も、ブレス位置も、互いにどう歌うかも綿密に打ち合わせて、計画を立てた。

 それは音楽の自由さとはかけ離れたもので、ある意味とても窮屈な歌い方なのかもしれない。
 だけど、今の伊調にとっては——そうして完璧に作り上げる一曲こそが、目指したい歌だ。

 自由なんて、知らない。
 楽しく歌うことも、知らない。
 自分にとって音楽は、やっぱりどこか苦しいものだから。


 それでも、——今、この瞬間は。


——I still want to stay here
——I still want to stay here
——I still want to stay here
——in the warm rain


 この歌の心地よさに、浸っていたいと思った。




To be continued…


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