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【EP2-1】「僕と、デュエットしてください」|アッバンドーネはまだ知らない
Arcanamusicaスピンオフ小説② 「アッバンドーネはまだ知らない」(伊調 弦八&川和 静)
著:衣南 かのん
1.
アルカナポイント達成のおしらせ、という通知が届いたのは、祖父が帰国したあの日のことだった。
それから数週間後の夜。伊調は今、川和が歌うバー——『BAR Rhythm』の入口前に立っている。
今日の二十一時から、川和がライブを予定していることは知っていた。今の時刻は二十時過ぎ。つまりこれは、俗にいう入り待ちというやつである。
(ジュナさんは、今日は来ないはず……)
少し前に見たSNSによると、ジュナは海外で行われるブランドの展示会のため、数日前に出国したようだった。
つまり、伊調が川和に個人的に接触するには、今日は絶好のチャンスなのだ。
(……ライブの出演者も、たぶん、ここから入るよね?)
少し不安を感じながらも、店に入る客の邪魔にならないよう少し離れた場所に立つ。細い路地はバーやスナックの看板が多く、伊調は明らかに浮いていた。
しばらく待つと、大通りの方から一人の男性が入ってきた。カジュアルなパーカー姿で、手ぶらの身軽な出で立ち。——川和だ。
「……かゎ……っ、RiZさん!」
「……へ?」
顔を上げた川和は、突然呼ばれたアルカナネームと目の前の知らない高校生の姿に、面食らっている様子だった。
「RiZさん、ですよね」
確認するまでもないが、もう一度、川和がきちんと意識できるように伊調は言葉を重ねた。
「えっと……そう、だけど……君は?」
「伊調弦八です。アルカナムジカでは、アリア、って名前で歌い手をやっています」
「アリア……」
記憶をたどるように、川和が眉を顰めて考えこむ。けれど伊調は、その猶予も与えずにたたみかけた。
「RiZさん。僕と、デュエットしてください」
*
アルカナムジカを利用しているユーザーは、歌い手も聴き手も問わず、等しく『アルカナポイント』というポイントが与えられている。
ポイント付与の条件はいくつかあって、歌の配信、いいねの役割を果たすbetをされた時、あるいは自分がした時。そして、コメントをした時、受け取った時。
最近はメッセージやノート機能を使用することでも、アルカナポイントが貯まるようになったらしい。要するに、アプリを使用すればするほど、ポイントが貯まっていくシステムである。
もちろん歌い手の方がポイントは貯まりやすくなっており、人気であればあるほど、そのポイント数も多い。
アルカナポイントの達成にはいくつかのフェーズが用意されており、最大値まで貯めると『ワールド』の称号——曰く、なんでも願いを叶えてもらえるらしい——が手に入る、と言われている。
しかし、その最大値は数値としては提示されておらず、どこまで貯めればいいのかは曖昧だ。
そして今回伊調に届いたのは、アルカナポイントを楽曲と交換することができるという旨の通知だった。
現在、伊調はそこそこの数のアルカナポイントが貯まっており、それを利用すれば運営から『特別な一曲』をもらえるのだという。
「もちろん、アルカナポイントが貯まったからと言って皆さまに『特別な一曲』をお渡しできる、というわけではございません!」
川和にデュエットを申し込んでから、さらに数日後。
伊調は川和と共に、アルカナムジカの運営会社であるワンダフルネストの会議室で、案内役と自称したスーからの説明を受けていた。
「アルカナポイントが貯まった方の中でも、この方であれば、と我々が選んだ方にのみ、新曲との交換をご案内させていただいております」
「えっと……それって、この間のディスティニーゲームとかとはまた違うってことか……?」
「そうでございます! ちなみに、RiZ様をはじめ先日のディスティニーゲームにご参加いただいた皆さまは、まだ歌い手としての活動歴が長くありませんので、アルカナポイントは新曲が交換できるほどには貯まっておりませんね」
アリアはアルカナムジカの中では比較的人気の歌い手だと思う。配信している歌へのbet数も、コメント数も、他の歌い手よりもだいぶ多い。
更に、アプリがリリースされた初期の頃から歌い手として配信を行っていたため活動歴も長かった。
「……てことは、新曲もらうためにもそこそこな数のポイントがいる、ってことだよな?」
おずおず、といった様子で、川和が伊調の方を見る。その目はわかりやすすぎるほどに、彼の気持ちを語っている。
「そんな特別なポイントを使って、俺とデュエットがしたい……と……?」
「はい」
きっぱりと答える伊調に、川和はますます困惑した様子だった。
あの日、伊調は自分の名前とデュエットの申し込みをするだけして、数日後に一緒にワンダフルネストに来てほしい、と告げその場から去った。
川和からの返事はもらっていなかったし、今日来てくれるかも半分賭けだったが——律儀な性格なのだろう、川和はしっかり来てくれた。
そして今も、なんだかんだとツッコミをしながらきちんと話を聞いてくれている。
悪い人ではないんだろうな、と思った。
「あの、アリアくん……って言ったっけ」
「アリアです」
「どうして俺と? ていうか、俺たち、面識もないよな?」
「……はい。でも、僕はRiZさんのこと、よく知っています」
川和静として歌う彼も、RiZとして歌う彼も、彼がどういうふうに歌うのかも、伊調はよく知っている。
自分で見聞きするだけじゃない——ジュナからも、たくさん聴いてきたから。
「僕の……尊敬する人が、RiZさんの歌のことを、よく話しているんです」
あえて斑目の名前は出さなかった。斑目のことも、彼がテティスであることも、伊調が川和に伝えるべきことではない。
斑目と川和の間に、無理やりに入ろうとしている自覚はあった。だからこそ伊調は、このことを——斑目にも言わずに、進めているのだから。
(……いや、決まったらちゃんと報告するつもりだけど……断られる可能性だってあるし……)
「あなたの歌と、僕の歌と……何が違うのか、知りたい」
「歌なんて、歌い手によって違って当たり前だろ?」
「そうじゃなくて……」
どうやったら、川和に近づけるのだろうか。
——斑目に、執着してもらえるのだろうか。
伊調はただ、それが知りたかった。
「あなたの歌を知りたいんです。だから、僕とデュエットしてください。……勉強のために」
最後の一言は、嘘ではないけれど本音とも少し違っていた。
川和から学びたいとは思っていない。ただ、何かがあんなにも斑目を夢中にさせているのなら——それを、知りたい。
音楽の勘所という点においては、伊調は少し自信がある。川和の隣で、川和と一緒に歌えば、きっと彼の歌に近づけるはずだと思った。
「……まあ……いいけど。ただ、俺、デュエットなんてしたことないからな。あんまり期待されても、応えられるかはわかんないぞ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
表面だけはにこやかに、伊調は川和へ笑顔を向けた。
——あなただけが特別じゃないんだって、僕はジュナさんに、証明してみせる。
To be continued…