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【EP1-8】「この先のこと」|オレらのグレイテスト・ステージ!
Arcanamusicaスピンオフ小説① 「オレらのグレイテスト・ステージ!」(渋吉 陸玖&切沢 玲央斗)
著:衣南 かのん
8.
その日から、また渋吉の家で、切沢と二人の作戦会議が始まった。
といっても今回はネタ作りではなく歌をどう仕上げていくかの話なので、今までとは少し訳が違う。
更に、切沢は仕事も多いし通院もあるので、時間をやりくりしながら効率よく話し合っていこう、と最初に決めていた。
「お前、前にデュエットしてただろ。その時の感覚で、なんかコツとかないのか」
「うーん……レッジェさんとの時は、どっちかっていうとそれぞれがソロを歌ってるような感覚っていうか……もちろんハモリはあったけど、今回みたいに二人で楽しく歌う曲とはちょっと違ったから」
「そういうもんか……」
今の二人なら、ただ歌うだけでもいいものにはなる気がする。
だけど、どうせだったら——もっと、上を目指したかった。
きっと、二人で何かを作り上げる機会は……もう、そんなにないだろうから。
「なんか、オレたちじゃなきゃできないやり方がいいよなー。うーん、劇場っぽくするっていうか、ライブみたいな……」
「ライブなあ……匿名でやってるアプリでの配信だから、客入れてってわけにいかねえしな」
「だよなあ……あ!」
ぴこん、と、渋吉の脳内で音が鳴る。
「なあ、だったらいっそ、無観客でやろうよ!」
「はあ?」
「無観客で、オレたち二人だけでさ。前に、養成所の劇場借りてオーディションの練習とかしてたんじゃん! ああいう感じで、スマホで撮影だけして」
「……それ、何か意味あるか?」
「思い出になると思う! で、そのステージを目標に作ったら……ライブみたいに盛り上がる曲に、できるんじゃないかな!?」
ワクワクして話す渋吉に、少し押されるように切沢も考える。
「それにさ、そしたら、お母さんにも見てもらえるんじゃない? オレたちの、ステージ!」
「ああ……」
二人で作る、二人きりのステージ。
考えるだけでも楽しそうだ。
何より——どんな形でももう一度切沢とステージに立てるなら、それが一番うれしい。
「まあ……やってみるか」
「うん、決まり! そしたら……この辺とか、ライブだったらコーレスがあったら楽しいよね」
「じゃあ、ここは一旦押さえて……爆発させるなら、このフレーズだな」
「あっ、ねえ、この最初のところさ、手拍子とか入れたらちょっと面白くない? こういう感じで……」
「じゃあ、このフレーズのとこはちょっと指鳴らしてみるか。アドリブぽくていいだろ」
一度目標地点が決まると、早かった。するするとアイディアが出てきて、どうしたらもっと面白くなるだろう、と話が弾む。
(……やっぱ、楽しい!)
一年の空白なんてなかったかのように、切沢と作り上げるステージを想像するのは全部が全部、楽しかった。
一通りプランがまとまったところで、切沢が食事を作ってくれて休憩になった。
「へへっ、玲央斗のご飯久々~!」
「……相変わらず冷蔵庫の中なんもねえんだけど。卵としなびたネギしかなかったぞ。お前本当に普段何食ってんだ」
「今はまかないがあるバイト先にしたからさ! そこがまたうまいんだよ」
「ふうん……ま、ちゃんと食ってるならいいけど」
パパッと作ってくれたチャーハンをかきこみながら、その懐かしさに一瞬、喉のあたりが詰まりそうになる。
それを水で流し込んで、もったいない、と今度は落ち着いて味わった。
バイト先のまかないもおいしいけど、やっぱり渋吉は、切沢が作ってくれるご飯が一番おいしいと思う。
食事に夢中になっている渋吉の横で、切沢はなぜか部屋の一角をじっと見ている。なんだろう、とその視線を追っていくと、オーディションで使った小道具たちの山があった。
「どうかした?」
「……ずっと気になってたんだけどよ」
「ん?」
「チキチキチワワンヌってなんだ、お前」
「え!?」
「あとこの間の……ネタ番組の、まっカラスだっけ? なんで全部動物なんだよ。
ていうかなんでボケを投げっぱなしにするんだよ、せっかくカラス作ったんだったら、そいつにツッコミさせろ、勢いだけでネタを完結させようとすんな」
「見てたの!?」
あまりにも意外なダメ出しに、ショックよりもまず驚きが勝った。
チワワンヌも、まっカラスも……全然ウケなくて、誰の印象にも残ってないネタだと思っていたのに。
「あとなんだっけ……ああ、クイズの時のフリップ芸……」
「もういいって!」
この一年のウケなかったネタを羅列されるのは、さすがの渋吉でも恥ずかしい。
「……玲央斗だって、この一年、全然ネタやってないくせに」
悔しまぎれに返した言葉に、今度は切沢が目を逸らした。
「……いろいろ、忙しかったんだよ。ネタ作ってる時間がなかったっていうか」
「芸人っていうより、タレントって感じじゃない? ワイドショーではよく見るけど、ネタ番組とか全然見ないし」
返した言葉は、少し皮肉っぽく聞こえただろうか。
そんなつもりではなかったけれど、急に黙り込んだ切沢に不安になる。
「あ、で、でも、頑張ってるなーとは思ってたけど……あんなに仕事があるのもすごいし……」
「……そのことなんだけどよ」
カラン、と、スプーンを皿に置く音がやけに響いて聞こえた。
「この先のこと……お前、どう考えてる?」
「この先、って……」
「芸人として、っていうか……陸玖は、どうしていくつもりなのかと思って」
真剣な瞳で問われて、渋吉も一度深呼吸をした。
どちらにせよ——この話はしなきゃいけないと、渋吉も、思っていた。
「オレは……その、前にさ、笑ってくれるのがうれしくて芸人になったって言ったけど……本当は、違っててさ」
「ん」
「玲央斗みたいに、誰かを笑わせたいとかそういうのもなくて……ただ、有名になりたかっただけなんだ」
子どもの頃からの、たった一つの夢。有名になって、日本中に渋吉陸玖という名前が知られるようになって、そして——
「そしたら、いつか……本当の母さんに会えるかも、って、思ってて……」
「……」
「あっ、い、今はもう、あんまり思ってないんだけど! 子どもの頃だったから、なんか、そうなれたらいいなと思ってて……」
「別に、ごまかさなくていい。……本当の親に会いたいと思ってたって、いいだろ、別に」
音沙汰のない母親は、生きているのかもわからない。
なぜ自分を預けたのかも、何も知らない。
だけど、もしかしたら……どこかで生きていて、ほんの少しでも、渋吉のことを覚えてくれていたのなら。
『陸玖』と名付けた子どものことを——覚えてくれていたのなら。
「……会いたい、とかは、本当にもうないんだけど。ただ……知ってて、ほしくて」
ちゃんと生きてきたこと。笑っていること。毎日、頑張っていること。
それができるかも、と思ったのが芸人だった——それだけの、ことだった。
「だから、芸人とか、笑いとか、そういうのに本当はこだわりなくて……ごめん」
「謝ることじゃねえだろ」
「いや、なんか、玲央斗みたいにちゃんとお笑いに目的があって頑張ってる人に対して……失礼だったよな、と思って」
「別に、理由なんて人それぞれじゃねえの。モテたいから芸人になった、ってやつだって山ほどいただろ」
それはたしかに、と納得すると同時に、ずっと切沢につき続けていたもう一つの嘘を明かせたことにほっとしてもいた。
これでもう、本当に、渋吉が隠していることは何もない。
「アプリで配信始めて、あれって直接感想とかもらえたり、反応あったりするだろ? それが結構、オレ的にはやり甲斐みたいになってるんだ。
オレでも、誰かを喜ばせたり、感動させたり……できるんだなって」
だから、と続けた。
デュエットを歌うことを決めた時から……切沢ともう一度、一緒にやると決めた時から、ずっと、どこかで言おうと思っていたこと。
「だから、これからは歌も頑張りたいなって思ってて。
アプリもだけど、その、芸人としても……歌ネタの番組とか、そういうのも、オーディション受けたいって……マネージャーさんにも、話そうと思ってる……とこ」
「……ふうん」
「玲央斗は? これから……」
「俺は、まあ……俺も、事務所からタレント方面に転身するんでいいんじゃねえかって言われてて。そうしようかと、思ってる」
「そう、なんだ」
「母親を笑わせたいからって、安易に芸人になったけど……要はちゃんと仕事して、自立して、俺がしっかりやってるってわかれば安心するんだろうし。……今の仕事も、結構、嫌いじゃねえしな」
「うん、オレも……最近の玲央斗、すごいと思う。カッコいいし、頑張ってるし……玲央斗は元々見た目もいいから、いろんなところで人気出そうだし」
「上からだな?」
「そ、そんなつもりじゃなくて!」
「わかってるよ、冗談だ」
ふっと笑う切沢に、渋吉も笑顔を返す。
わかっていた。この曲作りが始まった時から。
——きっとこれが、二人で何かを作る、最後になるだろうって。
仲直りしたけど、関係は修復できたけど。
もう、コンビには、戻らない。
渋吉には渋吉の新しい目標があって、切沢にも、切沢の仕事がある。
きっと同じことを考えているだろうと、なんとなく、確信があった。
「じゃあ……ますます、頑張らないとな、二人きりのライブ計画!」
「ま、その前にレコーディングだけどな。あのよくわからねえ案内役に、今度こそすげえって言わせるぞ」
「うん、もちろん!」
To be continued…