
【EP1-1】「なんで、お前が…」|オレらのグレイテスト・ステージ!
Arcanamusicaスピンオフ小説①「オレらのグレイテスト・ステージ!」(渋吉 陸玖&切沢 玲央斗)
著:衣南 かのん
1.
アプリからの通知を受け取って、数日——。
約束の日時に、渋吉は久しぶりに訪れるアルカナムジカの運営会社——ワンダフルネストの入り口に立っていた。
「……いつ見ても、おっきい会社だなあ……」
見上げても頂上が見えないほど高いビルは、なんだか都会的な大人の空間、といった雰囲気でどうにも委縮してしまう。
「こういうところで働いている人って、すごい人ばっかりなんだろうなあ……それに比べてオレは……」
(……結局、今日もオーディションはダメだったし……)
あの後、考えに考えた新ネタでもある『まっカラスくん』を引っ提げて乗り込んだのだが……残念ながら、審査員にはあまり刺さらなかった様子だった。
「かわいくできたと思ったんだけどなあ……何がダメだったんだろう……やっぱり、カラスっていうのがキャッチーじゃなかったのかな……?」
ついつい思考が反省モードになりそうになったところで、スマホが約束の5分前を告げるアラームを鳴らした。
「……っと! 今は新曲、新曲」
反省もそこそこに、渋吉は正面の大きな入り口へ向かう。
受付は無人になっていて、指示されたようにタッチパネルを操作するとゲートが開いた。
以前、ディスティニーゲームで訪れた時も夜だったため、同じような手順を踏んで中に入ったが、まるでわざわざ人がいない時間を狙っているかのように今日もひと気はない。
「えっと、エレベーター……」
「シブキチ様!」
きょろきょろとしていると、馴染みのある声に呼ばれた。視線を下に向ければ、案内役であるスーが今日もニコニコと佇んでいる。
何かの動物をモチーフにしたロボットなのか、マスコットなのかわからないが、不思議なこの案内役にもすっかり慣れてしまった。
「スーさん! お久しぶりです」
「ご無沙汰しております。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございます! 早速ご案内いたしますね」
「あっ、はい! お願いします!」
トコトコと進むスーの後について、広い社内を進んでいく。
一人では絶対迷いそうだな、と思いながら何度目かの角を曲がったところで、スーが「そういえば」と声を上げた。
「本日はもうお一方、お呼びしておりまして」
「えっ⁉ それって、歌い手の誰かってこと……ですか?」
「ええ。もうお待ちなので、着いたらご紹介させていただきますね」
「はっ、はい!」
(ご紹介……ってことは、前に会った人たちとは違うのかな……? 初めての人か。どんな人だろう)
疑問についてそのまま考えこむ暇もなく、スーがある扉の前で足を止めた。
「こちらでございます!」
促され、扉を開けると——。
「……え」
「……っ」
声にならない声を漏らした瞬間、渋吉の足は止まった。
そこにいたのは、渋吉のよく知る——かつての相方、切沢玲央斗だったから。
「……玲央斗……?」
「……なんで、お前が……」
「おや? お二人はお知り合いでしたか」
甲高いスーの声が、今日はやけにわざとらしく聞こえる。
あの曲を……「特別な一曲」を渋吉に与えたアルカナムジカの運営なら、もしかしてすべて知っているんじゃ。そんな疑念すら湧いてきた。
(そんなわけ、ないよな……)
シブキチが渋吉陸玖であることは、きっと誰も知らない。まだ、誰にも気づかれていない。それは自分の知名度や実力が不足しているせいだと、渋吉はよくわかっている。
(でも、じゃあ、なんで玲央斗が……?)
「改めまして、ご紹介させていただきます!」
渋吉の心を読んで、それに応えるかのように——スーが、声を上げた。
「まずは、こちら……タイガー様。我々のアプリで以前から配信をしてくださっている、歌い手のお一人です」
「タイ……ガー……?」
その名前——アルカナネームには、覚えがあった。
以前、アプリの機能内でコメントをしたこともある。
「『Fire to the mind!』の……?」
少し前にタイガーが配信していた曲だ。勢いがあって、サウンドも歌声もすべてがカッコよくて、どんな人が歌っているんだろうとワクワクした。
思わず何度もリピートしてしまって、その感想をコメントに残して……。
(あれが、玲央斗……!?)
渋吉の混乱は、しかし、続くスーの言葉で更に追い打ちをかけられた。
「タイガー様はすでにご存じですよね。こちら、シブキチ様です!」
「えっ!? ご存じ……って……」
「お伝えが漏れておりました! 我々が『特別な一曲』をお渡ししている方々は、前回ディスティニーゲームにご参加いただいた五名の他にもいらっしゃいまして……。タイガー様は、その中のお一人なのです!」
「そ、それでなんで、オレのこと……」
「タイガー様は初期の頃から我々のアプリで活動してくださっているお一人なので、プレミアム会員の資格を持っておりまして。ディスティニーゲームや先日のレッジェ様とのデュエット風景を、共有させていただいております」
「え、ええ!?」
次々と襲い来る情報の渦に、ついに渋吉はまともな言葉も発せなくなった。
(えっ、どういうこと、じゃあ玲央斗はオレがシブキチだって知ってて……!?)
「……おい」
混乱を鎮めたのは、低い、切沢の声だった。
未だにこの声を聞くと——どこか、安心してしまう。
「どういうことだ、これは。なんでこいつと俺が、同じ時間に呼ばれてる? 新曲を渡すって話じゃねえのか」
「あっ……そ、そうだ! 新曲……」
そこでようやく今日の目的を思い出して、渋吉は慌ててスーの方を見た。すると、スーが何か含みのある表情を浮かべている。
(あれ、なんかオレ、このシチュエーション前にも覚えがあるかも……?)
「もちろん、新曲はご用意しております! 今回、お二人には……デュエットを歌っていただきたいのです」
「「デュエット……?」」
呆然とするあまり、二人分の声が重なった。
え、と思いながら切沢の方を見ると、どこかきまり悪そうに目を逸らされてしまう。
(玲央斗と、デュエット……?)
「おおっ、早速息ぴったりでございますね。期待大! です!」
「……ふざけるな。なんだ、デュエットって」
「デュエットというのは、お二人で歌うことです」
「そんなことは知ってる。じゃなくて、なんで新曲がデュエットなんだよ」
「ふふん、実は……先日のレッジェ様とシブキチ様、いっくん様と闇殿様のデュエット曲が、我々の予想を超えて好評でして!」
胸を張ったように得意げな顔をして、スーが説明する。
曰く、その結果を受けて、ワンダフルネスト——アルカナムジカ運営では、「特別な一曲」をデュエットやユニットにも広げてみてはどうか、という話になったらしい。
「つまり、お二人はいわば選ばれし……テストケースでございます!」
「実験台ってことじゃねえか、ふざけんな」
「え、あ、あの、でも、なんでオレたち……なんですか?」
渋吉の質問に、スーが一瞬、止まった……ように、見えた。
「それは……企業秘密でございます」
しー、っと、小さな手を口元にあててスーが微笑む。その仕草にはどこか妖しさがあって、一瞬、渋吉の背筋を冷たいものが走った。
(そういえば、オレ、この会社のことなんも知らないけど……大丈夫、なんだよね)
渋吉に与えられた「特別な一曲」も、どこか渋吉自身のことを表しているような——渋吉が誰にも言っていない内面もすべて明らかにしていくような、そんな不思議さがあった。
(そうだ、ディスティニーゲームの時も……考えてみれば、ちょっと、おかしな質問ばかりだった……かも?)
あの場で答えた自分の過去を思い出して、また、ぎゅっと心臓が痛くなる。
もし、あれを切沢も見ていたのだとしたら……ますます、幻滅させてしまっただろうか。
「とにかく! お二人は選ばれたのでございます!」
半ば強引に話を戻して、スーがどこから取り出したのか譜面を二人に差し出す。
その勢いに、渋吉も切沢も思わずそれを受け取ってしまった。
「楽曲は以前と同様、アプリを通じて送らせていただきますが……今回は我々からのお願い、ともいえる企画ですので、お二人にはアプリではなくレコーディングした音源を配信していただこうと思っております」
「えっ、それって、前のデュエットの時みたいに!?」
「ええ!」
その言葉には、思わず高揚感が湧いた。
スマホでアプリを通して歌った時よりも、レコーディングルームで歌ったデュエット曲は素人である渋吉が聴いてもわかりやすくクオリティが高かったし、そのため聴いてくれる人たちからのbetもコメントも多くついていたのだ。
もちろんレッジェのおかげも大いにあるけれど、あのクオリティで楽曲配信がまたできるチャンスは、渋吉にとってもまたとないものだった。
「……一応聞くけど、拒否権はあるのか」
切沢の質問に、ドキリとする。
けれどスーは、ふるふると首を振ってその質問に答えた。
「ございません!」
「……だろうな」
諦めにも似た切沢の言葉に、どこかホッとする。
拒否権がない、というのがどういうことかは気になったけれど……少なくとも、デュエットを歌うことについて、切沢は渋々ながら合意はしてくれたらしい。
「レコーディングは一週間後となっております。それまでは各々で楽曲の練習をするなり、お二人で練習をするなり、そこはおまかせいたします。
一週間後、特別な一曲を披露していただくのを——我々も楽しみに、お待ちしております」
その言葉を最後に、本日はこれにて解散です、とスーが締める。
それを聞くや否や先に出て行こうとする切沢を、渋吉は慌てて呼び止めた。
「あっ……れ、玲央斗!」
あんなにも呼び慣れていたはずなのに、詰まってしまったのが悔しい。
けれど切沢は、その声に一応は足を止めてくれた。——こちらを振り返っては、くれなかったけれど。
「あ、あのさ……れ、練習! どうする? カラオケとか、あっ、前みたいにうちでもいいし……って、防音じゃないからダメか。えっと……」
「必要ねえ」
沈黙を埋めるかのように早口で紡いだ渋吉の言葉は、切沢によってあっさりと遮断される。
「さっきも言われただろ。各々でも……って」
「で、でも、二人で練習した方が……その、デュエットだし……」
「……俺たちが今更、二人で練習して、意味あんのか」
「……っ」
いつでも冷静な切沢のツッコミは、渋吉にとって安心するものでしかなかったはずなのに。
——このツッコミは、鋭く刺さって笑いも起きない。
「一週間後までに、仕上げとく。……じゃあな」
そうして出ていく切沢を、渋吉はもう、引き留めることはできなかった。
To be continued…