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【EP1-2】「無理だろ、もう」|オレらのグレイテスト・ステージ!

Arcanamusicaスピンオフ小説①「オレらのグレイテスト・ステージ!」(渋吉 陸玖&切沢 玲央斗)

著:衣南 かのん

2.

 それからレコーディングまで、落ち着かない時間が続いた。

(改めて聴いてみると……たしかに、玲央斗れおとだ)

 アルカナネーム、タイガー。
 アプリから流れる『Fire to the mind!』の歌声は、なんで気づかなかったのかと自分でも驚くくらい切沢きりさわの声そのものだった。

(たしかに、玲央斗の歌声って聴いたことなかったけど……ていうか、玲央斗も歌ってるなんて……)

 初期の頃から活動していて、プレミアム会員の資格を得ている……ということは、自分よりアプリでの活動歴も長いのだろう。

 よく見ると、上げている楽曲はそう多くはなかったがbetの数やコメントの数は渋吉しぶよしよりも多かった。

(歌ってみたとかもある……こういう曲、歌うんだ)

 見れば見るほど、知らなかった切沢の姿ばかりが浮かびあがってくる。『Fire to the mind!』は、他に上げている人間がいないから渋吉の『You are my friend!』や『Are you my friend…?』と同じ、特別な一曲なのかもしれない。

 それに——

「『Forget my afraid』……」

 最近配信された様子のタイガーの新曲は、渋吉の知る切沢の姿からはかけ離れた歌詞が多かったけれど……どこか、自分の記憶とも繋がるような不思議な感覚があった。


(……って、仮に特別な一曲だからって、玲央斗もオレと同じ……とは限らないけど)


 渋吉が二つの特別な一曲に感じた自分とのシンクロが、切沢の曲で同じように切沢も感じているものだという確証はない。そもそも、アルカナムジカもワンダフルネストも不思議なことだらけだ。


(だから今は、デュエット曲に集中! した方が、いいん、だけど……)


 アプリを開いて、未配信楽曲から切沢——タイガーとのデュエットとして渡された『イケてるBuddy!!!!』を開く。

 ノリのいいサウンドから始まる、ポップな楽曲。


「『イケてるBuddy!!!!』……か……」


 相変わらず、何かを知っているのだろうか、と邪推したくなるような歌詞がそこにはあった。

(いや、何か知ってたらこの歌詞にはならないか)

 繰り返されるBuddyという言葉に、ちりばめられた笑いの要素。まるであの頃を思い出すような——楽しくて、弾けていて、どこまでも上っていけると、二人なら何も怖くないと、そう思っていた——そんな歌詞は、今の渋吉にとって胸を苦しくさせるだけだった。


 届かなくなった光ほど、遠いものはない。


「……歌えるかな、オレ」


 いや、歌わなくちゃ、と、思い直す。

 これはもしかしたらチャンスなのかもしれない。切沢と、もう一度、あの頃のように……『Buddy』だった頃のように、過ごせるようになる、そんな。

「♪~♪~~~」
 歌詞を追いながら、軽く口ずさむ。

 切沢がどういう練習をしてくるかわからないけれど、タイガーとして配信されていた楽曲はどれもすごく上手だった。

 だったら、自分もそれに並べるようにならなければいけない。


(大丈夫……できる)


 あの頃のように、切沢の隣に立てばいい。
 そうすれば、——不安なんてきっと、消えていくんだから。


   *


 レコーディング当日。
 渋吉は、指定された時間よりもずいぶん早く到着した。

「もう少々お待ちくださいませ!」

 案内してくれたスーは、以前と同じように器用に機材を調整している。
 少し手持ち無沙汰になり音源を確認しながら歌詞を追っていると、スタジオの扉が開いた。


「あっ……お、おはよ」

「……ああ」


 ぼそりと返された言葉に、それでも返事があった、と少しほっとする。
 切沢の方もイヤフォンをして音源の確認を始めたので、会話を続けることはできなかった。

「お二人とも、お待たせしました!」

 しばらくすると、スーから機材準備ができたことを告げられレコーディングルームに案内される。

 以前、レッジェとレコーディングした時と同じく、二人並ぶように立てられたマイクの前にそれぞれ立ち、いよいよレコーディングが始まった。

(練習どおりにやればいい、練習どおり……)

 ヘッドフォンから聞こえてくるカウントに合わせて、声を出す。

(あれ……)

 だけどどうしてか、いつものように声が出ない。
 どこか上ずっているような、音の上を滑っていくような気持ち悪い感覚で、自分でもうまく歌えていないことがわかる。

(なんで……)

「シブキチ様! 今のパート、少し音がズレているようです」

「あ……」

「どうしますか? 調整もできますが」

「い、いえ、ごめんなさい、もう一回!」

 隣を見ることができずに、ぎゅっと手を握りしめた。これじゃ駄目だ、と奮い立たせて、一度大きく深呼吸をする。

 ……今度は、さっきよりもうまく声が出せた。

(よかった。やっぱり、練習してきたから……)

 ほっとしながら歌詞を追っていく。

 けれど今度は、切沢の方が歌詞を噛んでしまったようだった。

「……悪い、もう一回」

 バツが悪そうにしながら、切沢が譜面に何かを書き込んでいく。


「お、オレもミスっちゃったし、これでおあいこだな~! ……なんて」

「……ああ」


 その場の空気を軽くするための言葉は、びっくりするほどどこにも響かず宙ぶらりんになってしまった。
 
 それからも、二人の歌はまったくと言っていいほど合わなかった。
 渋吉が調子がいいと思えば、切沢が音をずらしてしまい。
 切沢がいいペースで歌っているところを、渋吉が崩してしまう。


「うーーん……」


 自分たちでもうまくいっていないとわかりきっている楽曲に、スーが唸るのも当然だった。

「このままのお二人では、この特別な一曲をまったく活かせそうにないですねえ……」

 何度目かのリテイクでそう言われた瞬間、それはそうだよな、と妙に納得した気持ちになってしまう。

 音も、声も、空気感も、今の二人は何もかもがちぐはぐだった。

「私どもとしましても、これをアルカナムジカの特別な一曲として配信していただくのは憚られるのですが……お二人は、いかがですか?」

「……えっ、と……」

「——駄目だろ」

 答えられずにいる渋吉に代わって、切沢がきっぱりと言う。

「俺も、この歌は配信するべきじゃないと思う。……人に聴かせられるような代物じゃねえ」

「玲央斗……」

「お前だって、わかってんだろ?」

「で、でも!」


 わかっている、だけど、ここで引いたら結局何も変わらない。

(オレだって……玲央斗と離れてから、少しは変わったんだ……!)

 以前の渋吉なら、きっと、諦めていた。だけど今はまだ……もう少しだけ、粘りたいと思う。

「あっ、今日はさ……ちょっと、二人とも調子が悪かったんだって! だから、えっと、後日! 後日もう一回、とか、どうかな?」

 少しでも重たくならないように、笑いまじりに言った渋吉は——顔を上げた瞬間、ぎゅっと眉を寄せた切沢と目が合った。


(……あ)


 その表情を、渋吉はよく知っている。
 その目で見られたのは一度だけ——だけど、忘れられるはずがない。

「……相変わらずだな、お前は」


 ほんの少し、呆れもまざったような声に、ドクンと渋吉の心臓が音を立てた。
 ——デジャヴだ。


「無理だろ、もう」

(あの時と、同じだ)


 諦めのような、呆れのような、そんな切沢の表情も。
 すべてを終わりにする、その言葉も。


 渋吉と切沢、二人の関係が終わった——あの時と、まったく同じだった。



To be continued…


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