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【EP1-0】「これも夢への一歩」|オレらのグレイテスト・ステージ!
Arcanamusicaスピンオフ小説①「オレらのグレイテスト・ステージ!」(渋吉 陸玖&切沢 玲央斗)
著:衣南 かのん
0.
暗いステージにパッと照明が灯る。
流れてくるのは、二人で選んだ出囃子の音楽。ポップなそのリズムにノりながら、渋吉陸玖は少しだけ早足でステージの中央を目指した。
反対側から、同じくステージに向かってくる相方の切沢玲央斗が見える。それだけで、このステージも絶対大丈夫、と、無条件に自信が湧いてくる。
ちらっと目が合った瞬間、切沢が小さく笑うのがわかった。その笑顔に渋吉も満面の笑みで応えて、バミられたステージ中央に立つ。
「どうもー、ケースアールでーす!」
渋吉の名乗りに、客席から拍手が上がる。切沢が口を開いたら、そこから舞台の始まりだ。テンポのいい会話、ボケる渋吉に鋭い切沢のツッコミが冴える。ここだ、という瞬間には客席から笑い声が上がって、それがますます、渋吉の胸に高揚感を湧き上がらせる。
切沢とのステージは、いつだって楽しい。ネタが終盤に向かうにつれて大きくなる笑い声や歓声に、まるで自分たちが世界の中心にいるかのような錯覚を起こす。
(ずっと、こうしていたいな)
まだまだ小さい劇場の前座で、駆け出しの立場だけれど。
切沢となら、二人なら、きっともっと大きい場所を目指せる。もっと、もっと——眩しい場所も!
「お前もう、いい加減にしとけ」
最後の切沢の冷静なツッコミに、へらっと笑って「でも玲央斗、オレのこと大好きだよな?」ととぼけた台詞を返せば、切沢から「そういうのを自分で言うな」と呆れながらも笑う。
その瞬間、会場が今日一番の盛り上がりを見せて、渋吉は満足しながら客席に向き直った。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございました」
最後まで元気な渋吉と、最後までクールな切沢。二人はそのままお辞儀をして、舞台袖へと下がっていった——。
*
若手お笑いコンビ、『ケースアール』の躍進には目を見張るものがある。
現在の若手お笑いシーンに多少通じている者ならこの名前を一度は聞いたことがあるだろう。
強面な見た目や体格の良さとは裏腹に、冷静ながらも世話焼きな一面が見えるツッコミ・切沢玲央斗と、見た目どおりに明るく天真爛漫な笑顔でどんなステージも照らす渋吉陸玖。
今年の春に養成所を卒業し、事務所所属となった彼らは、一見するとちぐはぐな見た目に反して息の合ったトークで若い女性を中心にすっかり注目の的だ。
また、切沢・渋吉ともに今時の若者風で親しみがあるのも好ポイントと言えるだろう。
コンビ結成から一年弱、芸歴もまだ一年未満とキャリアの浅い彼らではあるが、今後の活動にぜひ注目していきたい——。
「……だってさ!」
エンタメ雑誌の小さなコラムコーナーに書かれた文面を読み上げて、渋吉は満足気に笑う。
「お前、またそれ見てんのか」
「だって、うれしいじゃん! このお笑い評論家の人、有名な先輩たちのこともよく書いてる人でしょ? そんな人がオレらのこと扱ってくれるなんてさ~」
「つっても、ネタのことは何も触れられてないからな。まだまだだろ」
言ってみれば、若さと顔で売れている、という評価とも取れる。シビアにそのコラムを見る切沢に対して、渋吉は能天気だった。
「ネタのことはさ、これから言ってもらえるように頑張ればいいじゃん! こういうのに取り上げてもらえたら有名になれるだろうし、そしたらもっとテレビの仕事も増えるかも!」
「お前はほんと……呑気だな」
けれどそんな渋吉の笑顔に、切沢自身釣られてしまうのも確かで。
「それより、すごい、いい匂い! お腹すいたー! ご飯なに!?」
「チャーハン……つか、それしか作れねえよ、あの冷蔵庫の中身じゃ。お前、普段何食ってんだ」
「えっ、玲央斗のご飯」
「それ以外の話してんだよ。ほら、机の上どけろ」
渋吉が小さなローテーブルに広げていた雑誌やネタ帳を一旦重ねて端へ寄せると、空いたスぺースに切沢が二人分のチャーハンを並べてくれる。
いい匂いの湯気に、思わずごくりと喉が鳴った。
「オレさー、ほんと、玲央斗のチャーハンが一番好きかもしれない」
「大げさだな……」
「いやいや、自分のために作ってもらえるご飯って、めちゃくちゃ貴重だしうれしいじゃん! ほら、オレ、大家族だったからさ、それだけで感動っていうか」
「……いいから、さっさと食えって」
少しぶっきらぼうな言葉は、切沢が照れているからだ、と知っている。
だから渋吉も、その言葉には「はーい」と明るく返して手を合わせた。
「いっただっきまーす!」
「それ食ったら、この間の反省会するからな。お前、また途中の台詞トチってただろ」
「へへっ……でも、そこを玲央斗がうまく拾ってツッコんでくれたおかげで、かえってウケたよな!」
「ほんっと、ノー天気なやつ……」
呆れ笑いする切沢に、渋吉も笑顔を返す。
こんなに気の合う相棒がいて、コラムに取り上げられるくらいには芸人としてのスタートも順調で、ご飯もおいしいし、狭い部屋で切沢と何時間もネタやこれからのことを語り合う時間も楽しい。
(オレって、すっごい恵まれてるなー)
きっと、このままならどこまでもいける。
玲央斗と二人で、有名になって、そしたら——……!
——無機質なアラームの音が、1Kの狭い部屋に響いている。
「ん……」
小さなローテーブルの上に広げたネタ帳の上に突っ伏すようにして眠っていた渋吉は、その音にうっすらと目を覚ました。
まだぼんやりとした思考の向こう側で、聞き慣れたスマホのアラームが響いている。
「……! あっ!」
その音を認識した瞬間、一気に目が覚めた。ぱっと顔を上げた先には、つけっぱなしのテレビから朝のワイドショーが流れている。
「うわああああ……」
一人用コントネタ、と張り切って太字でタイトルを書いたページは真っ白なまま。昨日はネタを考えていたはずなのに、思いつかないまま眠ってしまったらしい。
(どうしよう……オーディション、来週なのに……いや、急ごしらえのネタよりは、慣れたネタをひとひねりして……)
ぐるぐる考えていると、テレビから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『今日紹介するのは、簡単に作れるタコスです』
『タコス!? 難しそうやけどな』
『いや、意外と簡単なんすよ。でも野菜とか肉とかしっかりとれるんで、作り置きしておいたら朝にもいいかなと』
淡々と語るのは、かつての相棒——切沢だった。
「……玲央斗」
最近、切沢はその料理の腕を活かして朝や昼の、主婦層を対象にしたようなワイドショーによく出ている。
見た目もいいし、説明も上手い。渋吉から見ても、切沢はどの番組でも自分のポジションを確立していて、着実に人気を得ていた。
『いやー、さすが切沢。最近料理人に転向したんだっけ?』
『や、まだ芸人っす、一応。ピンになっただけで』
『知っとるわ、ツッコむとこや!』
司会者の言葉に、スタジオから笑いが起こる。
笑えないのは、テレビの前の渋吉だけだ。ピンになった、と、その言葉がちくりと胸を刺す。
「……ダメだダメだ!」
ぱしん、と気合いを入れるために両手で頬を叩いて、固まった体を大きく伸ばす。
「オレも、まずは来週のオーディションからだ!」
渋吉だって、切沢と離れてから何もしていないわけじゃない。
オーディションはいくつもチャレンジしているし(結果は出ていないけれど)、新しいことだって始めた。
「あっ、そうだ、アルムジ!」
少し前から始めた配信アプリ——『アルカナムジカ』。
そのアプリで渋吉は今、アルカナネーム(歌い手としての活動名を、アプリではこう呼んでいる)『シブキチ』として歌い手の活動を行っていた。
きっかけはたまたまアプリに出会ったことからだけれど、登録した途端に渡された「特別な一曲」が多くの人に支持してもらえて……最近では、渋吉にとって重要な活動の一つになっている。
(ていっても、シブキチが芸人だって知られてるわけじゃないし、そこまで広まってるアプリでもないみたいだけど……)
少し前に行われた「ディスティニーゲーム」では、同じアプリの歌い手とも知り合うことができたし、配信もしているとのことだったので有名になるための一つの足がかりにはなるかもしれない。
何より……
「おっ、またbetついてる!」
bet、という、アプリにおけるいいねともいえる機能での反応や、聞いてくれた人からのコメントにメッセージ。自分が発信したことに直接反応をもらうことのできるこの環境は、今の渋吉にとってやる気の原動力にもなっていた。
(最近新しい曲あげられてないのに……それでもbetがもらえるのはうれしいな)
アプリでは一人が何度もbetを押せるようなので、すでに聴いてくれた人が何度も押してくれているのかもしれないし、新しく聴いてくれた人がいるのかもしれない。
どちらにせよ、betの数はそのまま、渋吉に居場所を与えてくれるような気がした。
頬を緩ませながら新しく書き込まれたコメントを読んでいると、ぽん、と音がして画面に通知が表示される。
「あれ? アルムジからのメッセージ? ……えっ!?」
開いたメッセージはなんと、アルカナムジカの運営からだった。
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シブキチ 様
新曲プレゼントのお知らせ!
以下の日時に、ワンダフルネスト本社にてお待ちしています。
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「……えっ!? 新曲!?」
思いもよらない内容に、何度も読み返してしまう。
(日時は……えっ、これオーディションの日……あっ、でもオーディションの時間とはズレてる。うん、大丈夫!)
忘れないようスマホのスケジュールに入れて、更にアラームも鳴るように設定して、意気揚々とスマホをポケットにしまった。
「やる気出た! これも夢への一歩、ってね!」
——渋吉陸玖には、夢がある。
幼い頃から変わらない、たった一つの夢。
有名になることと、そして……
「よーっし、がんばるぞー!」
張り切って両手を振り上げる渋吉の後ろでは、画面に映る切沢が、司会者の言葉にどこか気まずそうな苦笑いを浮かべていた——。
To be continued…