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プロバイダから見た発信者情報開示命令申立事件の対応①

本記事では、プロバイダ(コンテンツプロバイダ、アクセスプロバイダ)が、発信者情報開示命令申立事件の相手方となった場合の実務的な対応のうち、初期段階の対応について解説します。


1. 裁判手続きによる発信者情報開示請求の種類

発信者情報開示請求権は、プロバイダ責任制限法5条に定められた実体法上の権利であり、裁判手続外での行使も可能です。裁判手続きによる場合、①訴訟、②仮処分または③非訟事件(発信者情報開示命令事件)のいずれかの手続きで行使されることになります。本記事では、このうち③の場合の対応について、解説しています。なお、発信者情報開示命令は、2022年10月より施行された制度で、プロバイダ責任制限法第四章(8条以下)に規定されています。

2. 事件の端緒

発信者情報開示命令が申し立てられた場合、裁判所からプロバイダに呼出状が届きます。呼出状が届いたら、以下の事項を確認しましょう。
※なお、発信者情報開示命令申立事件の事件番号が「令和●年(発チ)第●●●●号」であることから、同事件のことを「発チ」や「発チ事件」などと呼ぶことがあります。以下、本記事でも「発チ事件」とします。

(1)裁判所・管轄

事件が係属している裁判所を確認しましょう。そのうえで、管轄が正しいか、念のため確認しましょう。発信者情報開示請求の管轄は、原則としてプロバイダ(外国法人の場合はその国内代表者)の所在地を管轄する裁判所となります(9条、10条)。ただし、コンテンツプロバイダ(CP)等に対する発チ事件が先行しており、当該事件での提供命令に基づいて特定されたアクセスプロバイダ(AP)や、さらにその下位のAPに対してさらに発チ事件が申し立てられた場合は、先行するCP等に対する発チ事件と同じ裁判所の管轄となります(10条7項)。

(2)書面・書証等が不足していないか

発チ事件の場合、呼出状と一緒に申立書の写しも裁判所から届きます(11条1項)。他方、書証等は、呼出状と同時期に、申立人から直送されることになっています。
私の経験上、申立人がこの直送を失念している場合もあるため、数日経過しても直送されてこないようであれば、申立人(申立人代理人)に直接連絡して、確認すべきです。

(3)提供命令や消去禁止命令が申立て・発令されているか

発チ事件における付随的命令である提供命令(15条)や消去禁止命令(16条)は、相手方の意見聴取なく発令できるため(11条3項参照)、プロバイダが事件を認知した段階で既に発令されている場合もあります。その場合、呼出状と一緒に決定書が送られてきます。提供命令・消去禁止命令の具体的な対応については後述します。

(4)対象が特定されているか

発信者情報開示の対象となる情報を特定するに足りる情報が、申立書別紙目録に記載されているか(開示対象となる発信者情報を特定できるのか)を、確認しましょう。CPであれば対象となる投稿やアカウントのURL、APであればIPアドレスとタイムスタンプが通常記載されていますが、プロバイダによってはそれだけでは特定できない場合もあるようですので、自社のシステムに照らして特定可能かどうか確認しましょう。

3. 提供命令への対応

提供命令は、CPに対して、
①CPが保有するIPアドレス等の情報から特定されるAPの名称・住所を申立人に提供するとともに、
②当該IPアドレス等の情報を、(申立人には秘密にしたまま)当該APに提供する
よう命令するものです(15条)。なお、実務上、①を提供命令の第一段階、②を第二段階と呼びます。
第一段階の提供を受けた申立人が、当該APに対して発信者情報開示命令を申立てを行い、第二段階によってIPアドレス等の情報が当該APに対して伝えられることで、早期にその保有する発信者の情報(契約者情報)が特定され、ログ消失前に保存されることになります。
提供命令の要件は、①本体となる発チ事件が係属していること、②発信者を特定することができなくなることを防止するために必要であること(保全の必要性)です。また、対象となる発信者情報が特定発信者情報である場合には、③いわゆる補充性の要件(5条1項3号)も必要になります。
なお、MVNO等の下位APが存在する場合に、上位APに対して提供命令を命じる場合もあります。

(1)補充性の要件の確認

前述のとおり、提供命令はプロバイダ側の意見聴取なく発令可能であり、プロバイダが事件を認知した段階で既に発令されている場合も多いです。しかし、事後的であっても、要件を満たしているかを念のため確認したほうがよいでしょう。上記①・②の要件は通常満たすと思われますが、経験上、③の補充性については、裁判所が判断を誤っている場合もあります。
具体的には、CPにおいて、投降時のIPアドレスを保有しているにもかかわらず、裁判所が、投稿時IPアドレスを保有していないという申立人側の主張を鵜呑みにして、ログイン時IPアドレス等の特定発信者情報に関する提供命令を発令している場合です。
このような場合、CPとしては、即時抗告により提供命令自体を争うことも考えられますが、即時抗告期間は1週間しかないため(非訟事件手続法81条)、期間を徒過してしまうことも少なくありません。
実務的には、投降時IPアドレスを保有しているため補充性を満たしていない旨を裁判所に伝え、申立人に任意に①現状の提供命令の申立ての取下げ、②改めて投稿時IPアドレスについての提供命令の申立てを行ってもらう、というやり方がとられることが多いように思われます。提供命令には執行力がなく、プロバイダの協力が前提となっていること、補充性を満たさない以上、本体である発信者情報開示命令自体を発令することはできず、現状のまま提供命令を進める実益が欠しいことなどから、裁判所・申立人も任意に応じてくれている印象です。

(2)対象情報を保有していない場合・特定できない場合の回答

提供命令の対象となる情報を保有していない場合、あるいは別紙目録の記載からでは対象となる情報を特定できない場合は、端的にその旨を裁判所に回答すれば足ります(15条1項1号ロ)。

(3)対象情報を保有している場合の回答

他方、対象となる情報を保有している場合、第一段階の対応として、APを特定し、その名称・住所を申立人に回答する必要があります。
APを特定するには、まずJPNICのWhoisのページから検索します。この検索でヒットしない場合には、APNICで、それでもヒットしない場合にはICANNで、と遡っていくことになります。
(前提知識として、全世界のIPアドレスはICANNが管理しており、その割り当て等は、5つの地域レジストリ(APNICなど)が行っています。APNICの場合、さらにその下に国別レジストリ(JPNICなど)が存在しています。参考:JPNICブログ「地域インターネットレジストリ(RIR)ってなに?」)
第二段階の対応として、IPアドレス等の情報をAPに提供することになりますが、その方法はAPによって様々であり、メールでよいとするAPもいれば、書面の郵送により行ってほしいとするAPもいるようです。このため、まずは代表電話への架電等によりAPに連絡し、提供方法を確認するのが望ましいと考えられます。

(4)提供命令を受けた側の対応

提供命令の第二段階でIPアドレス等の情報の提供を受けたAPは、その情報に基づき、発信者情報の保有の有無を確認し、APに対する発チ事件との関係で認否を行います。
なお、APによっては、裁判所の決定を待たずに任意で発信者情報を開示するという対応をとる場合もありますが、その場合であっても、提供命令によって提供されたIPアドレス等の情報を任意で開示することはできません(6条3項参照)。これらの情報は、CP(あるいは上位のAP)の保有する情報であり、これらを勝手に申立人に開示した場合、CP側から責任を問われるリスクがあります。

4. 消去命令の対応

消去禁止命令は、開示対象となる発信者情報について、発チ事件の終了までの間、消去してはならない旨を命ずるものです。その要件は、提供命令の要件①・②と同じもの(発チ事件の継続+保全の必要性)に加え、③対象となる発信者情報を保有していること、です。
③の要件があるため、通常は、事前にプロバイダに保有の有無について意見を聴取するのが一般的です。この際、プロバイダが、発信者情報が消えないよう任意に保存しておく旨を陳述すれば、②保全の必要性を満たさないとして、消去禁止命令を発令しない、という対応が、実務上取られており、消去禁止命令が発令されることはあまりないという印象です。


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