アルバイト会計士 第三話:愛の資産と減損と婚約指輪
「私の名前は甲斐 圭史。将来、会計士になるものだ!」
そう自分に言い聞かせながら、今日も新しいアルバイトに向かう。前回は引越し業者だったが、今回は宝石店で働くことになった。父がいつも言っていた。「ビジネスと会計を学ぶために、アルバイトをしろ」と。正直、まだ何のことかよく分からないが、やるしかない。これも会計士への第一歩だ。
店内には指輪、ネックレス、ピアス、そして豪華なペンダントなど、見事な宝石が並んでいる。その金額もかなりのもので、きっとお客様は特別な思いを抱いてここに来ているんだろう。しかし、現実はそう甘くない。
「なかなかこの宝石、特に婚約指輪が売れないな…。高額だから簡単に買ってもらえるわけじゃないよな。」
そんなことを考えながら、店内を歩き回っていると、ふと見覚えのある姿が目に入った。
「あれ…? あのおじさんだ…。」
そう、前のバイト先でもよく一緒になったあのおじさんが、またしてもここで働いていた。肉まんを片手に座っているのを見ると、やっぱり適当そうに仕事をしている。
「おじさん、また会いましたね!奇遇ですね!」
「おぉ、またお前か。今度は宝石店でバイトしてんのか。俺もここでちょっと働いてんだよ。まぁ、気楽にな。」
どうやらおじさんはここでも適当に働いているらしい。
「おじさん、全然指輪や宝石が売れないんですけど、どうしたらいいですかね?」と私は尋ねた。
おじさんはゆっくりと鼻をほじりながら、飄々と答えた。
「いいか、まず婚約指輪を買おうとしているカップルを探すんだ。そんでな、こう言ってやるんだ。『お客様、婚約指輪をお求めでしょうか? 一生の中で大事な買い物ですものね、慎重になりますよね』って。」
「ふむふむ。」
「その後にこう聞け。『ちなみに、この婚約指輪をお二人は費用として考えておられますか? それとも資産として考えておられますか?』」
「費用と資産ですか…?その違いってなんなんですか?」
おじさんは鼻をほじりながら、さらに説明を続けた。
「いい質問だな。簡単に言うと、費用ってのは、使ったらなくなるもんだ。たとえば、今俺が食べてるこの肉まんだ。食べたら消えてなくなるだろ? これが費用だ。費用は、その時だけ必要なもんで、一度使っちまえばもうおしまいだ。」
「なるほど、じゃあ資産って何ですか?」
「資産ってのは、逆に一度手に入れたら長く使えるもんだ。たとえば、家や車、そしてこの指輪もだ。手に入れたらそれが長く残って、将来にわたって役立つ。これが資産だな。だから、資産は将来に利益をもたらすものとも言えるんだ。」
「つまり、費用は一瞬でなくなって、資産は長く残るってことですね?」
「そういうことだ。だから、お前はお客様にこう言ってやるんだ。『この婚約指輪はただの費用じゃなくて、二人の愛の資産なんです。これを買うことで、二人の愛は永遠に続くんだ』ってな。感動して買っちゃうはずだぜ。」
「なるほど、費用と資産を使ってお客様に話すんですね。」
「その通りだ。あと資産にはもう一つ大事なことがあるんだ。それが減損だ。」
「減損…?」
「そうさ。資産ってのは時間が経ったり、何かが起こったりすると、その価値が下がることがあるんだ。それが減損だ。たとえば、家が古くなったり壊れたりしたら、その価値が下がるだろ? それと同じさ。だから、愛の資産でも、もし二人が別れるなんてことになれば、その価値も減損しちまうかもしれないな。はは。」
「減損って、ちょっと悲しいですね…。」
「まぁな。でも、上手く説明すれば、お客さんは喜んで買ってくれるさ。」
「よし、じゃあ早速試してみます!」
私はおじさんに教わった通りに、婚約指輪を探しているカップルに声をかけた。
「もしかして、婚約指輪をお探しですか?」
「ああ、そうです。この度、婚約しまして…。」
「おめでとうございます! ところで、お二人はこの婚約指輪を費用としてお考えですか? それとも資産としてお考えですか?」
カップルは少し驚いたような表情をしている。
「費用というのは、今すぐなくなってしまうお金です。でも、資産というのは永遠に残るもの。つまり、この指輪は二人の愛の資産なんです。お二人が永遠に愛し合うその証として、この指輪は一生残るんですよ。」
しかし、カップルの反応はあまり良くない。私は焦って、もっと説得力を増そうとした。
「ちなみにですね、資産には減損という概念もあります。もし…万が一、お二人が離婚なんてことになったら、この指輪の価値もなくなってしまうかもしれません…。」
カップルの表情が一気に曇り、私はしまったと思った。
「甲斐 圭史君、ちょっと来なさい!」
店長が険しい顔で私を呼んでいた。
私はカップルに軽く頭を下げ、店長の元へ急いだ。
「甲斐 圭史君、君は何てことを言ってるんだ! 婚約指輪を買おうとしているお客様に離婚の話をするなんて、何を考えてるんだ!? 今すぐクビだ、クビだ!」
「とほほ…。」
こうして、私はまたしてもバイト初日でクビになってしまった。未来の会計士への道は、まだまだ険しそうだ。
この話はフィクションです。実際のビジネスや会計業務では、費用や資産の区別は明確にし、責任を持って取り扱う必要があります。また、減損の判断も慎重に行われ、適切なタイミングで評価を行うことが重要です。
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