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短編小説

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彼岸

彼岸

海が見える。山も見える。果てしなく続くこの景色が、あと数日のうちに消え去ってしまうなんて、誰が想像しただろう。

「やっぱりここにいる」

聞き慣れた声に振り向くと、微笑む女の姿があった。

俺がここにいると、いつも決まって現れる。

「ここばっかりだね、最近」

「落ち着くんだ、ここが」

「もう今日が終わっちゃうよ」

「いいよ、また明日も来るから」

「そういう意味じゃなくて…」

「分かっ

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光芒

「なんなのよ急に」
そう言って僕の顔を睨みつける彼女を前に、何も言葉が出なかった。

日曜日、昼下がりの午後、穏やかなクラシック音楽が流れるカフェ店内で、僕と彼女は向き合っている。窓の外は、少し寒くなってきたこの頃に合わせて、ストールを巻いてみたり分厚めのコートを着てみたり、冬支度を始めた人々がわらわらと行き交っている。

みんな楽しそうだな、と目の前の彼女から目を逸らしながら思う。

「どういう

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追い風

「今日はどこ行く?」

スタスタと歩く彼の後ろ姿に声をかけた。が、何も返事がない。今日は少し不機嫌みたいだ。

今日は、というか彼はここ最近ずっと不機嫌みたいに見える。私のことを徹底的に無視するし、隣を歩こうとしてもどんどん先に行ってしまう。悲しくない、といったらウソになるが、彼が不機嫌なのは私にも原因があることを知っているので、何も言うまい。

子供たちのにぎやかな声で満ちている公園を横目に、日

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