Voyage
Voyageが始まりもう長いこと過ぎた気がする。
気が付けば、つい最近の紙芝居やワクワク学校の話題も出始め、あっという間にドキュメンタリーの数は増えていった。
2019.12.31はちょうどカウントダウンの前で、お正月の御節料理を仕込みながら、17時に間に合うようにお風呂に入って、部屋を真っ暗にしてVoyageの配信を待っていた。
それが今では、溜まりに溜まった半年分の記録が追いつかないほどに。
私は第一話で「これは見てはいけないものだ」と思い、ずっとずっと封じ込めていた。
松本潤が話していたように「愛するものを自分の手で壊そうとしている」行為が、私にとっては「Voyageを見ること」だったから。
表の嵐しか知らない私。裏の泥臭いことは知らない私。キラキラしたアイドルの嵐しか知らない私。その裏を見ることによって、裏の、泥臭さしかない、血と涙の滲むような彼らの姿を知ることになってしまうから。
と、書いたのが半年前の6月。
あれよあれよと時間は無情にも過ぎ、気が付けば嵐がこの世界に存在する時間はもう48時間を切った。
観ていなかったVoyageを今死ぬほど追いかけていて(溜め過ぎて後悔した、1.5倍速にしてる。笑)活動休止の日の気持ちや、ストリーミング配信が始まったあの時も興奮、YouTubeでの記者会見で世界へ行く嵐を見て寂しさを感じたこと、天皇奉祝曲を歌う彼らが遠くへ行ってしまったこと、JET STORMで楽しそうにしているのをInstagramを通じて見ていたこと。全部がつい最近の事のように思える。
そして、運良く自分の行ったコンサートは多くの映像が流れ、舞台裏も覗く事ができた。
間髪開けずにツアーファイナルまで観た。今さっき観たけど正直記憶がなくて、むしろ奉祝曲辺りからずっと泣いてた。
活動休止がカウントできる日に迫った今、あの頃に戻りたいと切実に。そして、あの日々の美しさや儚さに焦がれて。
Voyageを最後まで観て、レコ大を見守って、そして迎える明日の朝。
私はどんな事を思い、どんな風に活動休止の瞬間を迎えるのかな、と。