株価評価時のプレミアム/ディスカウントについて
序文
株価について
- 事業価値と非事業資産の価値で企業価値が算定される
- 企業価値は、株主に帰属する部分と、債権者に帰属する部分に分かれる
- 株主に帰属する部分を株主価値という
- 株主価値を株式数で割ったものを株価という
- 株式会社が自社や他社の株式を売買したり、自社株式と他社株式を交換したりするとき、株主価値にさまざまな要素が加減されて株価が決まることがある
この整理をしたい。
企業価値の評価について
日本公認会計士協会によると、評価アプローチは3種類ある。
1. インカム・アプローチ
評価対象会社から期待される利益、ないしキャッシュ・フローに基づいて価値を評価する方法
2. マーケット・アプローチ
上場している同業他社や、評価対象会社で行われた類似取引事例など、類似する会社、事業、ないし取引事例と比較することによって相対的な価値を評価する方法
3. ネットアセット・アプローチ
主として評価対象会社の貸借対照表記載の純資産に着目して価値を評価する方法
日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」
これらのいずれか又は複数を組み合わせて用いる。
売買のパターン
株価は、売買のパターンによって変わってくる。
1 自社株×売り1 = 自社の株式を発行して資金調達をしようとするとき
2 他社株×買い = 他社の株式を購入しようとするとき
3 株式交換 = 自社の株式と他社株式を交換しようとするとき
4 自社株×買い = 自社の株式を購入しようとするとき
5 自社株×売り2 = 自己株式を売却しようとするとき
6 他社株×売り = 他社の株式を売却しようとするとき
1 自社の株式を発行して資金調達をしようとするとき
上場企業の場合
だいたいのケースでは、市場価格法(株価推移から算定した価格や基準日の株価)に、多少の割引がはいった金額を発行価格とする。
フリー株式会社「海外募集による新株式発行及び株式の海外売出しに係る
発行価格及び売出価格等の決定に関するお知らせ」
(基準日の株価に対して3.01%のディスカウント)
要因A 公募ディスカウント
広く一般に公募する場合、その投資家は、価格決定から株式の受け取りまでの期間の価格変動リスクを負う。オプションであればボラティリティがある分、オプションの価値は上がって高く売れるが、購入を申し込む場合は価格下落のリスクをそのまま負う。よって、リスクに応じたリターンが必要になり、その分株価を下げる必要がある。
要因B 第三者割当ディスカウント
第三者に割り当てる際は、その割当先の者は個人投資家のように1単元や10単元といった単位ではなく、比較的多くの持ち分を保有することになるから、その分意思決定のための情報収集や分析にコストをかける。また、保有後の価格変動リスクを多く負う。よって、その要求リターンの分株価を下げる必要がある。
ただし、割当先にとって過度に有利な条件にならないよう、以下の指針に準拠した発行価額(直前日の価額に0.9 を乗じた額以上の価額)であることが求められる。
日本証券業協会「第三者割当増資の取扱いに関する指針」
未上場企業の場合
上場企業の株式と異なり、出発点となる市場価格がないため、将来キャッシュフローの現在価値や、類似企業と比べたEV/EBITDA倍率等で企業価値と株主価値を算出する。
リアルタイムに価格変動するリスクはないので、価格に織り込む必要はさほど大きくないと考えられる。
情報収集等のコストについては、もともと公開情報がなく、売り手から提供される情報に依存する。よってリスクとリターンが上場企業と比べて大きいことが多い。情報収集コストを加味したリターンを求め、価格が抑えられる場合は、結果として第三者割当ディスカウントが反映されていると考えられる。
要因C 非流動性ディスカウント
一方、上場企業と異なり、未上場企業は市場で売却ができないため、買い手を探す労力がかかり、売却までの時間もかかるなど、総じてコストがかかる。売却したい時に売却できないリスクもある。つまり、流動性がないことは株価を下げる要因となる。
しかし、これは様々な見方があり、少なくとも裁判所が決定する株価について言えば、マーケットアプローチの場合は流動性が前提であるため非流動性ディスカウントを適用しても良いが、インカムアプローチの場合は流動性を前提としていないため非流動性ディスカウントは適用できない、との見方がある。
株式会社プルータス・コンサルティング「非流動性ディスカウントに関する判例の考察」
2 他社の株式を購入しようとするとき
上場企業株式・未上場企業株式の場合
株式を購入する場合は、資金調達しようとする側とは逆の観点となる。企業として公募発行に応募するケースは稀だと思うが、第三者割当を引き受ける場合は先述の通り、コストとリスクの分、市場価格よりも有利な株価で取得できる可能性がある。
なお、同業との資本提携や子会社化をする場合においては、以下も考慮に入れる。
要因D 統合効果
シナジーを将来のキャッシュフローに織り込んで企業価値が算定されるため、株価が上がることがある。
要因E コントロールプレミアム/マイノリティディスカウント
支配権が増えるにつれて、拒否権・単独での普通決議・単独での特別決議等の権利を持ち、対象会社の資産を用いる自由度が増していく。よって、支配権をもつための株式は、マイノリティ株主に比べて、株価は高くなることがある。
なお、さきの企業価値評価ガイドラインでは、「企業支援や救済のために行われるM&Aの場合には、ディスカウントが生じる場合もある 」という記載があることに留意されたい。また、「コントロール・プレミアムの経済的な価値の源泉は、買収者が享受することが期待されるシナジー効果である」「買収者が誰か等によって大きく差異が生じる」とあり、解釈によっては上記統合効果と同一とも考えられる。
未上場企業株式の場合
要因F 小規模ディスカウント
対象企業が小規模事業である場合、事業の安定性や、高い資本コスト、リソースが限られることによる事業上の制約等があるため、その分株価が下がることがある。
3 株式交換の場合
株式交換においては、対象会社の株主に自社の株式が保有されることから、マイノリティ投資というよりは買収時または買収を見据えたアクションと考えられる。
以下のように、上場企業の株式と未上場企業の株式を交換する場合、上場企業の株式は市場価格を用いるが、未上場企業の株式の評価については、詳述はないものの株式を購入する際と考え方は同じであると想定される。対価が現金か株式かによって株価の価値が変動するものではないためである。
株式会社マネーフォワード「簡易株式交換による株式会社アール・アンド・エー・シーの完全子会社化に関するお知らせ」
エンジャパン株式会社「簡易株式交換による株式会社 Brocante(ブロカント)の完全子会社化に関するお知らせ」
第三者割当ディスカウントにおける価格変動リスクという点においては、他社株式と自社株式のリスクが大きく変わらなければ、織り込む必要はないと考えられる。上場企業と上場企業の株式交換であれば、その分が加味された価格となっている可能性はある。
統合効果やコントロールプレミアムは理論的には株式交換においても発生する。以下のように上場企業と上場企業の株式交換においては、単純な市場価格の比率ではなく、市場株価や将来キャッシュフローも踏まえた計算をしているようである。(各種プレミアムという明示はないが)
クミアイ化学工業株式会社「クミアイ化学工業株式会社による株式会社理研グリーンの完全子会社化に関する株式交換契約締結(簡易株式交換)のお知らせ」
4 自社の株式を購入しようとするとき
自社の株式(自己株式)を購入することを、自社株買いという。他社の株式を購入する場合とロジックは同じと考えられる。
上場企業の場合
少数の場合は市場価格で購入する。
HOYA株式会社「自己株式の取得状況および取得終了に関するお知らせ」
株式会社日住サービス 「自己株式立会外買付取引(ToSTNeT‐3)による自己株式の取得結果 及び自己株式の取得終了に関するお知らせ」
非上場化する場合は、自社が設立した法人などに自社の株式を取得させることもある。それも含めて、自社の株式を購入する場合とする。この場合は、他社株式の購入と同じく、市場価格に加えて、非公開化による効果やコントロールプレミアムを乗せて買い取るようである。
シャクリー・グローバル・グループ株式会社 「自己株式の取得及び当社株式の非公開化を目的とした自己株式の公開買付け」
未上場企業の場合
市場価格がないため、税法に基づいて決定することが多いと考えられる。
タックスアンサーNo.4638 取引相場のない株式の評価
こちらと扱いがずれるようだと、追徴課税を受ける可能性がある。会社法上の特別決議なども必要となる。
日本経済新聞「HOYA元社長の相続財産、90億円申告漏れ 国税が指摘」
5 自己株式の株式を売却しようとするとき
株式を売却する場合は、1の新株を発行する場合と、4で取得した自己株式を売却(処分)する場合があり、ここでは後者を見ていく。といっても、株式を発行する場合とロジックは同じと考えられる。
方法は、公募か第三者割当のどちらかとなる。
モーニングスター株式会社 「新株式発行及び自己株式の処分並びに株式売出しに関するお知らせ」
第三者割当の場合は、新株式発行の際と同じく、「第三者割当増資の取扱いに関する指針」に準拠する会社が多いようである。
KDDI株式会社「第三者割当による自己株式の処分に関するお知らせ」
都築電気株式会社「第三者割当による自己株式処分に関するお知らせ」
6 他社の株式を売却しようとするとき
市場で売るときは時価、相対で取引する場合は売る側との交渉で決まると考えられる。市場で売ると株価に悪影響を与えるため、以下のリクルートホールディングスのように、特定の買主への譲渡を手配することもある。
株式会社リクルートホールディングス「売出価格等の決定に関するお知らせ」
まとめ
株価は、上場企業であれば市場価格、未上場企業であれば将来キャッシュフローや足下の利益から株主価値を算出したのち、以下を加味して株価レンジを決める。
要因A 公募ディスカウント
要因B 第三者割当ディスカウント
要因C 非流動性ディスカウント
要因D 統合効果
要因E コントロールプレミアム/マイノリティディスカウント
要因F 小規模ディスカウント
そのレンジを踏まえ、市場や相対取引者といった関係者との交渉によって、最終的な株価が決まっていくことになる。
参考
日本の公募増資時のディスカウント率の決定要因について-公募増資制度の変更とその影響-
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