羽生結弦に思うこと

これこそチラシの裏に書いておけと言われるネタ、友人や家族に話したとて通じない、彼の現役時代をみてきた者の独り言である。

私が彼を認知したのは、いつの日か深夜に放送されていた全日本ジュニアだった気がする。
その頃の羽生結弦と今皆が知っている「羽生結弦」は全くの別人のように思えるのだけれど、人間としての成長以外にも、様々な要因があるとは思っている。けれど憶測の域をでないので多くは語らない方が良い気がするのでやめておく。
認知してからざっくりのながれ
〜ジュニア〜シニア〜ニースの世界選手権〜ソチオリンピック〜平昌オリンピック〜北京オリンピック〜プロ転向〜現在

の中で特に観ていたのは北京まで(私は競技に出ていた羽生結弦が好きだったのも大きい)
なんだけれども、特にソチ以降は色々なファンが増えたように思える。
2014の全日本(オペラ座のとき。大変なシーズンだったよなぁ)で、彼が演技後にアリーナの前のリンクサイドを通った記憶があるのだが、周りの淑女と言われる年代の方の何人かがプーさんのぬいぐるみを出して彼にアピールをしていたのを見てドン引きした覚えがある。

そんなこんなで認知度が上がれば、偶像化されたアイドルのように選手を見始める者も増えてくるのであった。
彼の演技は好きだった。だけどどんな演技内容でも周囲がいつも狂ったようにスタンディングオベーションをするのは違うように思っていた。

周囲の熱狂とは反比例して冷めていく自分がいた。

話は変わるけれど、フィギュアスケートの選手は若い選手が多い。
世界大会に出る選手以外の日本人選手の多くは大学卒業とともにほぼ引退する。花の命は短いというけれど、中国語でフィギュアスケートを「花样滑冰」と言うのもなんだか競技人生の終わりの早さを表しているようでなんともいえない。(実際は違う意味らしい)

冷静に考えると、10代〜20代の選手に彼らよりはるかに歳上の人々に熱狂している様はなんだか不気味に感じる。

野球やサッカーみたいにプロスポーツとしての職業であれば、多少なりともアイドルのように扱うことが起こっていても致し方ない気もする。(それもどーかとはおもうが)プロスポーツリーグを運営していくにはお金を落とすファンが必要だから。

フィギュアスケートの選手はただ自分の夢に向かって努力しているだけのアマチュアスポーツ選手なのに「アイドルにたいしてするように「羽生結弦」に熱狂」し、「彼を応援することを自分の幸せだと勘違い」し、「彼が勝つことが自分の喜び」と思っていた人たち。

皆「羽生結弦」の人生を搾取してはいなかっただろうか。
勝手な期待をし、偶像化、神格化してはいなかっただろうか。
中高年の男性が若年層の女性に向けるソレとはまた異質の気持ち悪い何かがそこにはあった気がする。

だからとは言ってはなんだけれども、「羽生結弦」は今まで搾取されたぶんを思う存分彼女らから搾取仕返していいのだと思う。その搾取はどうしても金銭的なものが主になるけれど。
熱狂的な人々がもたらしていた、今までメディアや主催者や連盟に入っていた利益を、
彼の単独アイスショー、YouTubeチャンネルのメンバーシップ(本人には申し訳ないけれどプロ転向してから私は本人にお金を落としていない)などをフル活用して、熱狂的な人々から直接搾り取れるだけ搾り取ってしまえばいいと思っている。搾り取れるだけ搾り取ったら、あとは本当に好きなように、「羽生結弦」から羽生結弦に戻って幸せに生活できればよいのだと思う。
そして熱狂的なあの人たちは、「羽生結弦」がいなくなった空虚感を味わえばよいのだと思う。

悲しいことに「羽生結弦」のままでは、プライベートのことはうまくいかなかったのかもしれない。
いつか羽生結弦が羽生結弦として穏やかな日々を送れることを、彼の現役時代を観させてもらっていた一人として、ひっそりと願っている。

完全にチラシの裏。
おしまい。






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