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みごとなサバサバキ
居酒屋『すく』のあひる店長すくが、新しい日本酒を提供してくださった。
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『まんさくの花 雄町70 純米一度火入れ原酒』は岡山県産雄町(おまち)を原料米にした日本酒。
たまには純米酒。しっかりとした味わいを楽しもう。
新しい日本酒のために妻が、魚の干物セットを買ってくれた。
ノドグロ。
カマス。
ハタハタ。
アジ。
サバ。
高級魚ノドグロはあとの楽しみにとっておく。大好きなカマスもとっておく。
まずはアジか、あるいはサバか。
「あたし、今なら青魚いけるかも!」
と妻が嬉しそうに言った。
持病の食事制限で妻は、いつもなら白身の魚しか食べられない。でも……、
「ここんとこ調子いいから、青魚食べてみるチャンスかもしんない」
と言うので、じゃあ痛くなりそうだったら残しなさいよ、と『過保護のカホコ』の麦野くん(懐かしーな!)みたいに言いながら僕は、サバが大ぶりだったのでその一尾をこの日は分け合うことにした。
まんさくの花を開けて片口に注ぎ、ほわんとした気分になっていると、妻が、焼き上げたばかりのサバを運んできてくれた。
「あたし、ちっちゃいほうでいいから」
開かれた身の小さい方を自分の皿に載せて妻は、へへへ、と笑った。
カホコみたいな妻は上手に魚を崩せない。
「あんたは上手だねえ」
と、僕の箸捌きを見てそんなふうに、まあたいていいつも言う。
僕は猫みたいに上手いのだ、魚を食べるのが。
凶悪なまでの骨を持つ、例えばヒラだって、地道にじわじわと解体し、食べられるところを全部きれいに平らげる。
「骨よけてやるよ」
我がスキルを発揮してやろうと思った。
「アリガトゴザイマス!」
という声を聞きながら僕は、自分の皿のサバを解体し、骨のない、ぽってりと食べがいのありそうなところを、一つ、また一つと妻の茶碗に運んでやった。
「ア、アリガトゴザイマス、ア、アリガトゴザイマス」
と言いながら妻は、それを食べているようだった。
すくおすすめのまんさくの花を僕は傾け、ナスの煮びたしをつまみ、妻特製のだし巻き玉子を味わいつつ、せっせとサバをほぐしていった。
「ア、アリガトゴザイマス、ア、アリガトゴザイマス、ア、アリガトゴザイマス、ア……、デモ、モ、イイデス」
と妻が言ったので、僕は自らの箸捌きに暇をやった。
そして何気なく妻の皿を見たのだが……、そしたら驚いた!
ほぐしてやったサバとの交換で、妻の皿のサバをこっちにもらうつもりでいたのだが、あるはずのサバがもうまるまるないではないか!
「え?」と目を疑いながら尋ねた。「自分でほぐせたんだ?」
「まあね……」と妻は自分でもびっくりしているようで、「あたし、いつの間にこんなに上手になったんだろ?」と首をひねっている。
骨の一本も残さず、きれいに平らげられている。
「これからはもう、ほぐしてもらわなくていいかもね。あたしにもついに自立の時が来たか」
そりゃよかった。
「ってかサバってあんまり骨ないんだねえ」と妻。
……骨がない?
「……あ!」と僕はやっと気が付いた。「こっちのはおっきかったけど……、でも骨が付いてる半分だったんだな!」
「ん?」
「骨のない、食べるのにやっかいじゃない半分を自分のサバにしたな!」
「……そうだった?」
「見てみなよ、こっちの」
そう言って、背骨のある半身を見せてやった。
「ありゃりゃ、ホント! 骨だらけじゃん、そっちの!」
わざと、ではなかったんだな……。サバにはあんまり骨がない、ってホントにそう思い込んでいたんだ……。それにしても……。
「自分の半身をもぐもぐしながら君は、ほぐしてもらった身も同時にぱくぱくしていたのだね?」
「アリガトゴザイマス」
カホコにやられてばかりの麦野くんである。
まあ、いい。青魚をそれだけ食べて、でも痛くないならなによりだ。
まんさくの花をまた傾けて、しみじみと味わい、妻を眺めて、平らかな気持ちになれた。
「みごとなサバサバキでございました」
と、ねぎらわれ、片口の角度をさらにつけ、今夜は酔うか、と僕は思った。
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