ぷしゅ
モルの水コテから臨みし光景について語ろう。
だなんて書いちゃうと、
きゃー、いやー、金持ち気取りかよ、気持ちわりーっ!
って言われちゃうかもしれないけど、それがどうした、僕はかつて金持ちだったのである、そして今は金持ちではない。
だから構わず書いちゃうんだけど、
五泊とかそのくらいの日程で出掛けたその島は、
小学校の校庭四つ分くらいの広さしかなかった。
ラグーンに突き出した桟橋に沿って、
太陽の昇る方向にバルコニーがある水上コテージがいくつかと、
太陽の沈む方向にバルコニーがある水上コテージがいくつかと、
茅葺き屋根みたいなのに守られた小さなバーが一つあるだけの島だった。
ダイビングをやって、ダイビングをやって、ダイビングをやるともう何もやることがなかった。
やるべきこともやりたいこともない時間というのはおそろしくリッチなもので、
午後三時くらいのインド洋から階段を上がってバルコニーに戻ると僕は、
デッキチェアに背を預け、
ビールを飲みながら、
そのまま四時間くらい、
バルコニーの向こうに横たわる水平線を眺めて、眺めて、眺めていた。
海が青くて、空が青くて、両者を分かつリーフには白波が立っていた。
バッハを聴きながら、ただ大人しく沖を見ていた。
僕らのバルコニーは西向きだったから、ダイナミックな日没の光景の一部始終を眺めることができた。
真っ直ぐな道を描いて僕に伸びる光が僕の裸の胸を刺した。
最初は白かったその道が、やがて黄色く、ついにはオレンジに染まりゆく時間の中で僕は、
僕自身を見詰めていた。
小さな島からは、
実に自分がよく見えたのだ。
なるほど、僕ってのはこんな存在だったんだ。
なんていうふうに感じていた。
お日様が水没する最後の瞬間に
緑色のフラッシュが見えてそれでショーはお仕舞いだった。
ひどく満足したのだけれど、
バルコニーを出てコテージ内に戻りシャワーを浴びたらもう
僕の輪郭は消えてしまっていた。
明日もバルコニーで。
そう思いながらシャワーを出て、
冷蔵庫からビールを取り出しプルトップを引いた。
そして翌日の夕方も同じように
自分の輪郭を眺めた。
――自分の姿が、あの島の、あの光景に照らされたあの時間には
実にはっきりと見えた、
見えてしまった。
その事実は覚えているのだけど、
見えた姿は忘れてしまった。
目を瞑って探ってみるけど、
やはり今はもうよく把めない。
ぜんぜん把めない。
またいずれ、
小さな島に行かなければ。
そう思いながら冷蔵庫まで歩み、
缶ビールを取り出し、
プルトップを引いた。
ぷしゅ。