郷土紙という超ローカル新聞(連載26)名ばかり支局長は、きょうも支局でお茶を飲む


支局長を任ず


県の南地域、3市5町人口60万人という小さなエリアで1万部ほど新聞を発行している本郷日報(仮称)のような新聞社でも、本社のほかに支局を持っています。

本郷日報の支局長ポストには、キャリア15年以上のベテラン記者がなることが多いです。支局勤務が10年くらい経ったころ、前支局長の本社異動をきっかけに内部昇格します。本社勤務の担当記者が突然支局長になることはほとんどありません。
政治(市政と一部県政)、経済、社会面(事件事故)をひと通り経験し、その地域のことをわかっている記者がその任に就くのがいいだろうということです。

大きな会社とはいえず、事実上定年なしの零細新聞社では、出世の道は限られています。そういう状況で「◯◯支局長を任ず」という辞令は、出世といえるでしょう。
パチパチパチパチ。

名ばかり支局長?


私が本郷日報にいた数年間で新たに支局長になった方は、わずか1人です。
そもそも支局長は、4つしかないポスト。時間をかけたコネクション作りこそ郷土紙の強みですから、全国紙のように頻繁に変わるわけにはいきません。
結果として、支局長または支局長候補として支局に配属されたが最後、そこで出禁にならない限りほぼ人事異動なしの片道切符。
出世ポストなのに左遷的扱い。ずいぶん悲しい現実です。
さらにいうならば、支局と言っておきながらどこかに支局を借りているわけではありません。
「局」というべきビルはおろか、ビルの1フロアはもちろん、借りている部屋すらないのです。
本郷日報の支局は、担当している市役所または町役場の記者クラブの部屋の中の割り当てられた机が支局です。
まさに名ばかり支局長です。
せめてマンションの一室くらい…と思うわけですが貧乏新聞社は、できるだけ固定費を増やさないようにしなくては生きていけません。

なんでもやる


本郷日報の支局担当業務は、幅広いです。なんでもやります。
郷土紙の基本である市政はもちろんのこと、大ネタ以外の地元経済取材(商工会議所、商工会の会見、支局エリア内の企業の取材依頼対応など)、警察、消防、地元のイベントなどの社会面を支局の2〜4人で担当します。
本社のある本郷市なら10人以上の記者が担当することを半分以下の人員で手分けしてあたることになります。

少ない人員で対応するため、どうしても同じ時間に予定がかぶることもあります。この場合、取材の取捨選択は基本的に支局長が決められます。編集局長から依頼を受けた場合は、その取材を優先しますがそれ以外は、ある程度の独立自治権みたいなものがあります。「名ばかり」とは言いつつ、いちおう支局長らしい権限も持ち合わせているわけです。

本社の遊軍(社会面の新人や、市政、経済のいちばん下っ端)を応援として頼むこともあります。私も遠征することがありました
デスクに近い形で、記事にするしないを選択できるのが支局長です。このため、地域での経験の長さが必要になってきます。


基本は直行直帰


本郷日報の支局長、支局記者は、本社へ出社しなくてもいいことになっていました。基本は、直行直帰です。
いくら発行エリアが狭いとはいえ県の南半分はあります。いちばん遠くの2町を担当する記者が毎日本社に顔を出してから向かっていたら大変です。このあたりは、ふつうの会社の支店や営業所と同じですね。支局の「局」っぽい建物がないだけで。
考えてみたら本社所属の記者も直行直帰なことが多いので支局勤務だからおいしいというわけではありませんでした。

支局でのんびり?


本郷日報は、面割りが一面、市政、経済、文化と郷土史、スポーツ、くらし、社会面という割り振り(ほかにテレビ欄とか訃報などもありますが)です。支局はあっても支局版のような紙面は、ありませんでした。地域版を作ると印刷費が上がるという悲しい事情です。※多くの地方紙、郷土紙は○○版(東京でいうなら武蔵野版、城南版みたい)という紙面を作っています。

ちょっと記者らしさがなくなってしまいますが、ネタがない日は無理に探す必要もありません。
あ、もちろんこういう日に支局(机だけの)でお茶を飲むだけではありませんよ。
仕掛かり中の特集や、大ネタのための下取材など出稿しないだけできちんと仕事はしています。
「しています」と聞いていました。

お手当は愛人並みに


なんだか昭和のおっさん週刊誌みたいな小見出しになってしまいました。なってしまったと言いながら書いているのは私です。はい。
ここまで書いたとおり、本郷日報では支局勤務となるとかなりの確率でそのまま異動がありません。半分出世、半分左遷という大変な辞令です。

その待遇の悪さに報いるものはお金です。
世の中、たいていのことはこれで解決できます。いい意味でですよ。
人が集まらないと嘆いている職場も給料、時給を上げると応募が殺到します。地方都市のコストコなどはその好例です。
政府と介護施設も制度改革をして介護職全般の収入を全産業平均より30%多めに出せば、応募数だけでなく質の面でも上がると思いますよ。善意とやりがいに頼っても限界はあります。

話しを戻して、本郷日報の支局勤務は、お金の面では少し恵まれます(当社比)
支局がないため、出勤日数分だけ出張手当が出ます。大昔の市役所で、庁舎から出る仕事には出張手当が出るというノリに近いですね。※さすがに今はないですよね?
1勤務日ごとに青色のお札が降ってくる感覚です。何枚なのかは申し上げられません。
他にも車両手当も本社勤務の2倍以上です。たくさん走るのでそれだけ車が痛むであろうということです。ガソリン、オイル交換などは実費が出るので車の維持は比較的負担が少ないです。クルマ本体さえ買えれば。

会社をあらゆる方向から支えてくれている地元の雄、遠浜交通グループにこのことが知らられたら「うちの電車とバスを使ってコストを抑えろ」と言われかねません。
とはいえ、ガソリンは遠浜交通グループが経営するガソリンスタンドで給油したいます。整備もグループ内のディーラーに任せるのできっと真相を知っても大丈夫なはずです。

新記録達成?


本郷日報の支局は、本郷市以外の2市それぞれに1局ずつと発行エリア5町を3町と2町に分けています。
そうやって書いたところで特定を避けるためにフェイク入りなのであまり書いても意味がないんですけどね。
いずれ、連載中に支局を触れることがあれば思い出してください程度のことです。

支局長、支局記者とも週に1回行われる編集会議だけは、本社に来ます。
編集会議は、特集の取材進捗とか、正月に向けた記事作りの打ち合わせくらいです。今の時代ならZoomやTeamsですませられる内容です。
そのおかげか、顔を忘れられることはありませんでした。お互い「どちらさん?」なんて言っていたらさすがに問題になるので、ちょうどいいくらいでしょうか。

在籍期間が数年と短かった私は、支局の実情を知らないまま辞めてしまいました。編集会議の後の居酒屋反省会?で聞いていた限り、けっこう楽しく過ごされているようです。
本社もプレッシャーが少ない職場でしたけどね。
自由度はあってもそれなりに記事の出稿を求められる本社勤務と自由度が高く、お金も社内ではいいほうの支局。どちらがよかったのかわかりません。私が支局勤務をしていたら、サボりすぎて連続無出稿記録を作っていたかもしれません。


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