3/3:マルシェバッグ
「冷蔵庫のしぐれ煮は残り10グラムですよ、岳」
「わかっている」
「バナナもです。すこやかバナナ、駅伝部さんのお写真のがいいです」
「わかっている」
「チーズもたべたいです」
「……ん? どのチーズだ?」
「カマンベールチーズ、こっちのやつです」
チーズ売り場の冷蔵ケースに手をついて背伸びして、奥の列に並んでいた木箱包装のものを手に取るのはさすがとしか言いようがない。しぐれは多種多様な情報を持っている。ないのは実体験だ。
「カマンベール、食っても大丈夫なのか?」
二歳児、あるいは、二ヶ月の仔猫だ。食べさせてはいけないものがたくさんある。気をつけなくてはいけない。
「おしょう油とサラダオイルも少なくなっていましたよ」
「お前、本当によくチェックしているな……」
調理は岳がやっているのに、本当によく見ていると感心するしかない。
「岳、チラシのおかいどく商品ですよ。鶏のむね肉ジャンボパックです」
精肉売り場でもしぐれは賑やかだ。周りの買い物客とスタッフの、あたたかい眼差しがしぐれにひたすら注がれている。
「それから、今日は切り餅のパックもお安いですよ。いかがですか?」
「お前はどこの回し者なんだ?」
× × ×
思ったよりも買い込むことになったが、必要な備品は補充しておくべきである。まとめて持って、しぐれを抱き上げても大した重量ではない。
が。
ぶちっという手応えとともに、買ったものを詰めていたマルシェバッグの持ち手がちぎれた。
「たくさんがんばってくれましたね、このバッグ」
「新しいものを買わなくちゃな。今度は保冷機能がついているものを探すか」
「かわいい模様のやつがいいですね、岳」
「かわいい? 俺が持つんだぞ?」
「だからですよ」
くふふ、と、しぐれが笑った。
(NK)
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