2/22:ビスケット
「!」
買い物に行くためにマンションを出たところで、しぐれが急に立ち止まった。
しぐれが衝動的な動きをすることはとても珍しい。岳はさりげなく、周囲を警戒した。特に異常は感じられない。
訓練を受けた情報将校である岳である。常に気を抜くことはない。が、感覚的な部分では、猫の知覚を持つしぐれに勝てるわけもない。
猫としてのしぐれは、生後二ヶ月程度の仔猫なのだが。
「岳」
「……どうした」
「今日はあっちのスーパーに行きましょう」
声をひそめて言うので、岳は目で頷いてやった。
普段行くのは東京地元のスーパーで、駅伝部が強いらしい。しぐれが言った「あっちの」というのは元々は地元系だったのが全国チェーン店の資本参入を受け入れた隠れチェーン店だ。
後者のほうが自宅から距離があるので、毎日行くところではない。
全国チェーン店の傘下になっているせいか、全国銘柄のものがよく並んでいる。地元スーパーではあまり見かけない淡路島のたまねぎだとか、そういうものだ。
売り場に入ったしぐれは、わき目もふらずにトコトコと進んでいく。何度も来ている場所であるから、店内マップは頭の中にできあがっているのだろう。
岳は買い物カゴを取り、しぐれについていった。
しぐれが立ち止まった。飲料コーナーを抜け、パンや惣菜、弁当が売っているあたりだ。
「岳」
真剣な顔で見上げてくる。
岳は冷静にしぐれを見下ろした。
何を察知しているのか、まだわからない。必要なのは平常心だ。
「これです」
「……ビスケットか」
惣菜パンの棚の脇にぶらさげられているのは、小袋が四連綴りになっている小さなビスケットだ。喫茶店でコーヒーを頼むと添えられてくるような小型のやつである。甘いがしょっぱい。
急に食べたくなったのか。
それだけか。
岳はこっそりため息を吐いて、ビスケットの綴りをカゴに入れた。
(NK)