2/20:くんれん
しぐれはミューミント、Animal-Intelligence計画に基づき作り上げられた諜報用装備である。
ハンドラーである岳はしぐれに「ふつうの暮らし」を体験させている最中であるが、訓練が必要なのは言うまでもない。
「しぐれ。今日の午後は訓練だ」
朝食をとりながら言うと、コップを両手で持ったしぐれがわかりやすく口を尖らせた。
「えー。明日にしませんか」
「明日のほうが絶対に寒いぞ」
「……はぁ。仕方ありませんね」
ミューミントという特殊な性質を持っているとはいえ、しぐれは仔猫だ。寒いのはやっぱり苦手で、隙あらばこたつに潜り込もうとする。
無理も無い。赤ちゃんだし、かわい、いや、平常心。
× × ×
「一五〇〇、定刻となった」
岳の目の前には小さな毛玉がちんまりと座り込んでいる。長い毛に埋もれた耳はあまりに小さいので毛の部分に隠れてしまっているが、岳の言うことをちゃんと聞いているのは間違いない。
岳は手を腰にあてて、仔猫を見下ろした。
ソファとこたつは部屋の隅に片付けてある。ホットカーペットとエアコンは稼働したままだ。外は寒いのだ。暖房を全部切ってしまったら、風邪をひかせてしまう。
「俊敏性訓練を行う。準備はいいか」
み
まだニャーとも鳴けない仔猫だ。音にするなら「み」が一番近い。そう思うと英語の「mew/meow」や普通話の「miao(1)」の方が音としては近いかもしれない。
湧いた雑念を振り払うように咳払いして、岳は本日の訓練用具を手に取った。
よくしなる特殊強化プラスチックの棒の先にはレーザーヘッドがついていて、先端からオブジェクトが照射される仕組みだ。
「開始!」
岳は棒を振った。
しぐれが跳ぶ。
左、右、左、右、上、下、上、上。
小さなあしが、短い尾が、ささやかな鼻先がオブジェクトを捉えるたび、岳の握る棒が反応する。しぐれの動きのすべてを計測しているのだ。
左右右、左、上、下、下。
しぐれが飛び、跳ね、……失速した。
体力切れだ。
「訓練終了!」
み
岳はしぐれをそっと抱き上げた。
(NK)