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2/4:ICカード
日常の買い物は商店街で事足りるし、遊びに出かけるのも近所の公園がほとんどだ。時々、神田川沿いの遊歩道も歩くようにはしているが、寒い時期には避けがちだ。 とはいえ、ずっと家の中、こたつに入れっぱなしというわけにはいかない。歩かさねば。
「今日は本屋に行かないか」
声をかけると、しぐれはこたつから這い出てきた。
「新宿の?」
「ああ。大きいところへいこうか」
「はい!」
しぐれは素直に喜んで、着替えの入っているクロゼットを開けた。決めたら行動は早いのは、しぐれの美点だろう。
岳は上首尾に気を良くして、しぐれをおでかけ着に着替えさせた。
自宅マンションからバス停はすぐ近い。普段、買い物をする店もそばにあるから、しぐれに声をかけてくれるひとはたくさんいる。
「今日は本屋さんにいくんですよ」
「岳といっしょです」
「バスにね、のるんですよ」
気のいいご近所さんたちに、しぐれが笑顔で返事をしている。
かわいいねえ、いい子だねえ、お利口さんねえ、と、応えるひともみんな笑顔だ。
みな、知らないのだ。
一階から八階まである書店の全売り場をチェックして、前回訪問時とどこがどう変わっていたのか、どの本が売れ筋と判定されているのか、書店員の熟練度だとか、そういうものをチェックするしぐれを。
まあ、たくさん歩いてくれるからいいのだが。
岳が漠然とそんなことを考えているうちに、都営バスがやってきた。 しぐれは近所のひとたちに手をふって、岳に両手を伸ばしてきた。いわゆる、抱っこしてくれのポーズだ。
もちろん応える。
「しぐれがやります!」
抱き上げたときにはすでに、岳のICカードはしぐれの手の中にあった。
どういう技か、考えるのはもうやめた。
ぴ
料金箱にカードをかざすしぐれは笑顔だ。
もちろん岳も笑っていた。
(NK)
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