2/9:はみがき
「岳、どうぞ」
しぐれが床に正座して、自分の膝をとんとんと叩いて示している。
「なんだ。何が目的だ?」
「はみがきですよ。今日はしぐれがしあげをしてあげます」
さあはやく。
全身で圧をかけてくる幼児に勝つには、相当の気力が必要だ。そして、大抵の場合、振り絞った気力は無に帰す。
それなりに優秀な情報士官である岳はさっさと流れに飲まれることにした。
しぐれの小さな膝に頭をのせるのは憚られる。ので、ぎりぎり体重をかけない位置で頭を保持した。首、背に負担がかかるが、できない無理ではない。
「はい、あーんしてください」
「あ」
「こしゅこしゅしますよ」
ことわりを入れてくるところがしぐれらしい。
岳は笑いを飲み込んで、おとなしく歯ブラシを突っ込まれた。
のだが。
くすぐったい。とても、くすぐったい。
歯ブラシがふわふわの力加減で口腔内を動くのは、想像以上にくすぐったい。さすがの岳も口の中まで鍛えてはいないのだ。
だが、しぐれは大真面目だ。真剣になりすぎて、唇が少しとんがっている。
ここは堪えるしかない。
平常心、平常心。平常心。
「……岳のおくちは」
しばらくして、しぐれが言った。
「んぁあ?」
まさか臭かったか。
口臭か。加齢臭にはまだ早いと思うんだが、ミューミントの嗅覚では嗅ぎ分けられるものかもしれない。
「とてもおおきいですね。歯がいっぱいありますね」
しみじみとため息をつかれては、もう限界である。
岳はうつ伏せに床に転がり、一生懸命、笑いの発作を抑えた。
(NK)
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