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2/13:チョコレート

「岳、チョコレートの準備はいいですか?」
 テレビを見ていたしぐれが、ふっと思い出した、みたいな調子で言った。

 言われてみれば、そろそろバレンタインデーだ。
 高校生くらいまでは岳もそれなりに浮ついたりしたが、もう全くそういうものとは無関係な仕事だ。この季節の記事や番組で見かけるなと思う程度のものだ。季語とでもいうか。

「あるわけないだろう。そもそも俺は貰うほうじゃないのか?」

 近年はいろいろ習慣も変わりつつあるらしいが、基本、日本では女性から男性にチョコレートを贈るものだ。
 チョコだろうが本だろうが、好きだと思うひとに贈り物していい日というのは確かにロマンチックでいいものだなとは、岳も思わないでもない。

「岳」
 しぐれがまっすぐに視線をあげた。
 いつにない真剣な面持ちだ。

「BがL的なおはなしとして、しぐれは岳からチョコレートを受け取りたいっていうことです」
「そうきたか」

 『ぼっちゃんずラブ』は岳も観たし、そういうワールドも理解している。
 自分がどうかと言われると異性の方が好きだなと思うが、しぐれはかわいい。とはいえ、しぐれは赤ちゃんだ。恋愛対象以前、守るべきものである。

 ……と、真っ向否定するのはちょっと、かわいそうだなとは思う。
 しぐれが、岳のことを大好きだと言ってくれるのはとても嬉しい。

 岳もしぐれをとてもかわいいと思っている。

 「大きくなったらパパと結婚する!」と言われてデレる父親と近い気持ちかもしれない。

「……わかった。チョコレートだな」
「じゃあ、三重丹百貨店でおかいものですね!」
「は? なんでそんなところまで行かなくちゃいけないんだ」
「チョコレートサミットの本命チョコレートが売っているのが三重丹だからですけど?」

 チョコレートサミットはこの季節限定のイベントで、毎年、世界中のショコラティエが集まってくるフェスティバルのようなものだ。
 たしかに、本命に贈るのに選ばれることは多いらしいが、岳は貰ったことはない。無念。

「……はぁ……仕方ない」
 岳は早々に観念して、出かける支度をしてやった。


(NK)

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