忘れっぽい私や誰かのための短い読書 21
ミスター・ヒグマは疲れているらしくすぐ眠ってしまったが、私は雨の音と屋根からこぼれる音で眠れなどしない。眠れないけど私はなんとなくほっとしていた。太鼓のような雨の音とバケツをこぼすような雨水のなかにいるのだが、なんとなく気が楽になったのはどうしたことだろう。
このプレハブでの最初の晩、私の頭に浮かんだことは、東京の朝の主婦連がゴミ入れのポリバケツを抱えてゴミ屋のところへ運ぶ風景だった。
いつごろから東京の主婦連はあんなことをしなければならなくなったのだろう。毎朝毎朝、九時ごろになると大きいゴミのバケツを抱えて道路に集まる。それからまたそれをとりに行くのである。私はそれを見た時から、「これは、東京は、住む所じゃない」と思っていた。プレハブのなかで私は(俺はもう自分のゴミは、ここの土の中へ、自分で掘って埋めることが出来るのだ)と思っていた。なんとなくほっとしたのはまずこの安心感からだろう。
とにかく私は都会から逃げだすことに成功したのだった。
深沢七郎 人間滅亡の唄 「生態を変える記」より
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