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忘れっぽい私のための(適当な)短い読書 32-2

ザラピカはいかにして回避されたか

 塗りはじめだけ見て、作業中は邪魔になるから外で調合の手伝いをしていたが、休みになってふたたび室内に入り、仕上がった壁を見た。壁の上では思わぬ事態が起きている。といってもコテ跡が消されてツルピカになったわけではない。ちゃんとコテ跡は残ってザラついているのだが、漆喰の表面がテカテカと光っているのだ。ザラピカ。まったく予想外。
 漆喰+ワラ+ワラ煮汁の仕上げについては何度も試験してきたが、ザラピカになったことは一度もないのにどうしたというのか。休みに入った左官に聞くと、ノリ分が表に浮いていて、乾いても残るという。
 (中略)
 現在流通している調合済みの漆喰は、例外なくノリ分がとても多い。味の素まみれの本場中国の中華料理と似たような状態になっている。それにワラと煮汁を混ぜて塗ったのだから、壁面は薄黄味がかった光沢でテカテカと輝いている。
 アセッタ。どうする。戦いと同じで、やりなおすわけにはいかない。左官のココロは、”その場で一気に”なのだ。施主兼設計者は、その場で一気に、考えた。そして、すぐ近所のケーオーストアに飛び、庭用の手箒を五、六本買ってきた。そして、少し乾きはじめた漆喰の表面を箒でなでる。すると、表面が攪拌され、ノリ分の層は乱れテカリは消え、ザラついた感じになる。
 三時の休みのあと、左官に事情を述べ、塗ったあとしばらくしてから箒で表面を荒らしてもらった。急なことで相手も面喰っているから、先に立っていっしょにやった。終わったとき、すでに外は暗くなっていた。
            ◇
 そして現場を離れ、工事期間中の仮住まいに返って夕食を食べていると、内田氏より電話。
「センセー、いま、明日の打ち合わせ中なんだけど、左官が、明日から来ないって」
「……」
「コテ跡残すだけでもイヤなのに、箒で掃かれちゃたまらないって。白石建設がよりすぐった腕自慢だから」
 左官の腕が真っ平らに仕上げるなら機械のほうが早いしうまい。人の手の動きの特徴は、機械にはない乱れや揺らぎやその場の判断にある。そうした人の手の動きを感じさせるように仕上げてみたいというのが、壁紙でも合板でもなく今回わざわざ左官仕事を選んだ理由の一つなのだ、と縷々述べる。内田氏とは、この辺のことはなにかにつけ話している。
「テカテカしないことと、コテ跡が残ること、この二つが満たされればセンセーとしてはよいのですネ。あとはまかせてくれますか」
 内田氏と組んだのは、イザ、スワのときにまかせられるからだ。まかせた。
 しばらくして電話があり、左官および現場主任の田中さんと相談した結果、調合済み漆喰と無添加の石灰を半々にしてノリ分を半減することにした、とのこと。この提案は左官のほうからあったそうだ。
 翌日からの食堂、台所、玄関は、半々の混合により仕上げられ、テカリは消えた。
 いまでも、寝室と食堂ほかは漆喰壁の表情に差があり、ノリの多い寝室は表面が硬く感じられるし、斜めから透かすと明らかに不自然な光沢が見える。一方、食堂ほかの漆喰は表面がホワッと雪のように柔らかく感じられ、テカリはない。しかし、ノリで固めてないから弱く、物が当たるとすぐ削れる。室内の壁は皮膚に直接当たる可能性があるわけで、すぐ削れるくらいがちょうどよい。少しくらい削れたって、もともと凹凸のある仕上げだからかまわない。そこだけ補修するのは簡単だし。
 ツルピカ一直線から降りれば、左官の仕事には大きな沃野が残されている。
  

タンポポ・ハウスのできるまで 藤森照信


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