【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第5回
第3戦の強豪、焼津スコアラーズとの対戦を目前に、昴から紹介があって、いよいよ正式に友助がチームに加わることとなった。
「今日からこちらでお世話になります、本郷 友助です。今年24歳で、ポジションはアラ。先日の練習試合で対戦しているので知ってる人が殆どだと思いますが、よろしくお願いします」ここで保がスムーズに話を進める。
「それじゃ一通り名前とポジションと、あと一言だけ言っとくか。知ってると思うが、キャプテンの福祖 保だ。ポジションはフィクソ。趣味は植物のタネ集め」
「室井 昴、ポジションはピヴォ。プロフィールはイヌロフで言った通りね」
「ぼ「後藤 蓮です。ポジションはアラ。今年3年目です」
それから一通り皆が自己紹介を終えたところで、保が話を閉めに掛かる。
「それじゃ最後に目標を言ってもらおうか」
「はい。今年の目標は、怪我をしないことです」
友助の話が終わった後、蓮が保に話し掛ける。
「なんかやる気ない感じでしたね。怪我をしないなんて偉く消極的な目標ですし」
「バーカ。ああいうヤツは裏を返せばもう目標にするようなことがないってことなんだよ。上手い奴ほどあれを言うんだ。よく覚えとけよ」
「ふ~ん。そういうもんなんですね」
保の言葉に蓮は納得したようだった。一方、友助は昴に改めて挨拶していた。
「昴さん、なんだか新鮮な感じですよ。今日からよろしくお願いします!」
「ああ、そうだな。嬉しいよ、俺が居るからってバランサーズを選んでくれて」
「兄貴に一生ついて行くって約束しましたからね。それより残念です。次の試合、一緒に出られなくて」
「ん?出るよ、次の試合」
「え、出ないんですか?選抜」
「ああ、打診はしてもらったんだけどさ。なんか気乗りしなくて――」
「そんな理由で出ないんですか?僕は転居したから仕方なかったんですけど、それじゃ勿体ないような――」
「いいんだよ。望めば来年も出られるんだし、いくらでもチャンスはあるんだから」
「――そうですか」
その後にアップが終わると、保が友助を連れて練習場を案内して回った。サッカーを長年続けているとはいえ、他所のグランドは勝手が違うものであった。見るとコートの脇でひたすらボールを蹴っている人物が居た。それを見て友助が保に話し掛ける。
「あの人って、選手なんですよね?」
「ああ、中か。足が悪いんだが技術は確かでよ。ちょくちょく練習に参加してんだ。
言いたいことは分かるよ。けど、『落ちこぼれを作らない』がこのチームのスローガンなんだ」
「へえ~そうなんですね。それはいいスローガンだーー」
“走れないんじゃ、試合に出られないんじゃねーの?参加してる意味あんのかな?”
そうは思ったが、新入りである為この意見は胸の内に秘めておくことにした。
それからパス練とキープ練が終わり、保が何やら新しい練習を始めようとしている。
「おい、ニワトレ行くぞ!!」
「「おー!!」」
「「おんどりめんどりにわとりー」」
「「おんどりめんどりにわとりー」」
「なんですかコレ」友助は入部早々、奇妙な練習を見て少々不安になったようだ。
「何って、伝統のシュート練習だよ。前に居た鳥居さんが唯一残していった」
このニワトレは転がってきたボールを蹴ってゴールに叩き込むというもので、にわとりーの部分で勢いよく蹴り込むという練習法であった。
「保さん正直コレ、やりたくないんすけどーー」
「何言ってんだ。変に見えるけどな、タイミングを掴むにはこれが一番いいんだよ」
「う~ん。じゃあ、やってみます」
そして友助は、飛んでくるボールを見極めてタイミング良くシュートを打ち込んだ。
「おんどりめんどりにわとりー」
「声が小さいぞ。恥ずかしがんなよ」
「はい!保さんコレやってみると結構いいですね。実際タイミング取りやすいですし」
「そうだろ?なんでも馬鹿にせずにやってみるもんなんだよ。やってみたら意外と嵌ったりするんもんなんだ。食わず嫌いっつってな。食べもせずに味なんか分かるかよ」
保は自信を持ってそう言った。練習後、思い立ったように蓮が友助に話し掛ける。
「ねえ、友助くんって1978年生まれ?」
「そうですよ、後藤さん?でしたっけ。後藤さんはおいくつなんですか?」
「僕も78年生まれなんだ。今年24歳」
「そうか!それなら同い年じゃん!よかった~。正直、歳上ばっかで不安だったんだ。昴さんを頼りにこのチームに決めたからさ~」
日本人は、自分以下の年齢の人には、多少横柄でもよいと考える人が少なからず居るため、同い年と分かると安心する傾向がある。
「そうそう。だから僕なら話しやすいかなと思って」
「ありがとう、助かるよ。後でアドレス教えといてよ。困ったら連絡するし」
「いいよ。もう今日からチームメイトだもんね」
「そうだよね。ワールドカップ見ただろ?凄かったよな、ロナウジーニョ。マジかっこいいよ。いつかフットサルやったりしないかな。まあ、それはないか」
ロナウジーニョはサッカー選手を引退した後、一時フットサルをやって無双するようになるのだが、この時の状況からは想像もつかないことであった。ふと見ると皆が個人練をしており、中が味蕾に向かって一生懸命にシュートを撃ち込んでいた。
「キーパーなんてつまんねえよな。ただ突っ立ってるだけで誰でもできるんだしさ」
「そんなことないよ。キーパーはヨーロッパでは人気のポジションなんだ。守ることの大切さは日本人には理解され辛いんだよ。太ってる子が嫌々やらされるなんてのは間違ってると思うんだ」
「ふ~ん。そういうもんなのかねー」
友助はさほど納得は行っていないようだが、話を合わせるようにそう言った。
「なあ、あの中って人、参加してる意味あんのかな?あんな足悪い状態でさ。やってて楽しいのかな?」
「ハンデのない人間なんていないよ。みんな何か抱えて、それでも必死で生きてるんだ。それを乗り越えた時、初めて本当の自分と向き合えるんだよ」
「ふ~ん。ホントの自分ね~」
後に激しく後悔するこの一言を、友助は何気なく発してしまっていた。この時の情けない自分への忸怩たる思いを、あの後友助はなかなか払拭できないのであった。
7月20日、今日は強豪、焼津スコアラーズとの試合の日である。赤のユニフォームが鮮烈なスコアラーズは、オフェンス重視でイケイケ。超攻撃的なチームである。だがただ闇雲に攻めるわけではなく、あまり動かずに頭脳を用いてプレーし、熱中症対策のために涼しい午前中に練習するなど知的な面もあるチームだ。
キャプテンの焔 寿太郎は去年、一昨年の得点王であり、前キャプテンである熱気がいた頃は大人しかったが、彼の引退後にキャプテンとなった後ではデカい顔をするようになり、長く伸ばした髪の毛を編み込んでドレッドヘアーにしていた。
そしてこの焔は、静岡県内に現在5人いる、日本代表のうちの一人でもあった。
試合前、友助が保にこのチームの概況を尋ねる。
「スコアラーズってどんなチームなんですか?」
「完全にオフェンス主体のチームだな。イケイケで後先考えない。そんな感じだ」
「それってただ無謀なだけですよね。投げやりなだけじゃないですか」
「ははは、まあそう言えばそうなのかもな。あいつらにディフェンスなんて概念はない。『攻撃は最大の防御』それがあのチームのコンセプトだ」
「へ~。なんか面白そうだな。点の取り合いになりそうですね」
「ああ、強敵だからな。頼んだぞ、初戦だからって新人扱いはしないからな」
「もちろんです。大船に乗った気でいて下さい」
友助は信頼を得るため、何か任された際には強気に振る舞うようにしているようだ。
5分後、スコアラーズボールでの前半開始1分、アラ焼野からのフィードに、同じくアラの燃木が合わせ、いきなり得点を挙げてきた。鮮烈な先制点にスコアラーズの選手たちが大いに沸き立つ。そして0対1での試合再開、バランサーズは速い展開から甘利のシュート。これがクロスバーを叩き、零れ球に友助が詰め寄るが焼野の壁に阻まれてゴレイロの炎田にボールが渡ってしまった。
スコアラーズが速攻を仕掛ける形となり攻守逆転。スコアラーズはパス回しが速く、誰もが一瞬シュートかと勘違いするほどであった。これは『ティキ・タカ』と呼ばれ、速いパス回しで展開して相手を翻弄する連携である。燃木から出された絶妙な浮き球を、焔は肩でのトラップを挟み強烈なミドルシュートを放った。これは惜しくも外れたが、強烈なシュートに、友助を始めバランサーズの選手たちは思わず冷っとしたのであった。
“バイタルエリアからの攻撃が多いな。どのシュートも要注意だ”
『バイタルエリア』とは、得点に直結することが多い場所のことで、スコアラーズはこのエリアからのシュートが多く、意図的にその範囲内から撃ってきていた。
その後、昴と友助で『エル』のスクリーンでのオフェンスから1点を返し、1対1で同点とした。これは文字どおりエル字に展開しての攻めで、アラから出したボールを
ピヴォがサイドで受け、リターンパスをもらったアラがシュートするというものだ。
バランサーズに一点返され形勢同態となるも、スコアラーズの選手たちは全く辛そうにはしていなかった。それは彼らが常にポジティブであり、試合展開を前向きに捉えることができていたからである。
スコアラーズは、またしても速いパスで回し、エース焔へとボールを渡した。そして焔はフェイントを加え、瞬く間に右へ進み、流れながらのシュートで1点をもぎ取った。
焔のこの『ペダラータ』は、ボールの上を素早く足で跨いで、最後に左右どちらかにタップすることで躱すフェイントである。シザースとも呼ばれ元ブラジル代表で02年WC日韓大会を制した、あのロナウドも使用していた技である。
これには、側で見ていた瑞希、莉子、美奈の三人も驚いていた。
「凄い得点力。FCバルセロナみたい」
「スコアラーズはポゼッションサッカーだからね。本当イケイケよね」
「ねえ、ポゼッションサッカーって何?」
「ああ、オフェンスには2種類のタイプがあって、フェインターズがやってたような、パスワーク型の『ポゼッションサッカー』とブレイカーズがやってたようなカウンター型の『リアクションサッカー』があるの」
「へ~流石は莉子ちゃん!物知りだね」
「そうでしょ。こういうのは知っとくと便利なんだから!」
莉子はこういう話をすると、決まって得意げにこう言うのであった。バランサーズは不安を抱えながらの応戦となったが、保の撃った慣れないミドルが意外にもあっさりと入ってしまった。一同拍子抜けするも昴、友助と価値ある同点ゴールに湧いた。
「ナイッシュー、保さん」
「ほんと助かります。頼りになりますよ」
「まあ、そう慌てんな。大したことねえよ。攻撃は強烈だが、ディフェンスは案外ザルかもしんねえな。積極的にゴール狙って行こうぜ」
「そうだよね、俺らも負けてらんないな」
そして両チーム均衡を保ったまま前半が終わり、ハーフタイムへと突入した。
スコアラーズは燃木、焔、焼野がチームを盛り立てる。
「まだまだ俺たちこんなもんじゃねーだろ?気合い入れろよな」
「その通りだ。俺らの焼津魂を見せてやろうぜ!!」
「流石は焱の人。説得力ありますね」
「だろ?後ろなんて振り返るな、前進あるのみ。それが俺たちスコアラーズだ!!」
後半に入り、バランサーズボールでの後半開始。すぐ展開を作っていくのだが、大事に繋いだボールを辛損が燃木のプレッシャーに負けてロストし、スコアラーズボールとなってしまった。バランサーズは友助のところは機能しているのだが、もう一人のアラの所がどうしても穴になり、オフェンスが嵌らないことがあるのであった。
それから、スコアラーズボールとなったところで受け渡しミスが発生し、友助が軽く押したものがファールとなり、PKを与えることとなってしまった。味蕾は焔のミドルを警戒していたが、代わりに燃木が蹴り込んだ。
味蕾が辛うじて弾き返すと、零れ球を火野、焼野が連続してシュートまで持ってくる。スコアラーズは後半、攻めの一手で大量得点を取る算段なのであろう。ここぞとばかりにゴールを狙ってきた。最後のシュートを味蕾が弾き、コーナーキックとなったものを焼野のセンタリングから焔のシュートが炸裂するが、これは左足で撃ったため、精度がいまいちだったのかクロスバーを掠めて終わった。
後半6分、バランサーズは冷静にオフェンスを組み立て1分半ほどボール回しを行い、友助が出したパスを、塩皮がスルーパスでオシャレに流し、昴が左足で丁寧に狙って
シュートを決めた。保が駆け寄って嬉しそうに二人に声を掛ける。
「いいじゃねえか。翼くんと岬くんばりのゴールデンコンビだったな」
「そうかもね。ずっと相方がいなかったから、これで結構楽になったよ」
「相方だなんて嬉しいですね。お役に立てて光栄です」
友助はちょっと照れながらも、悪い気はしていないようであった。だが、それに対しスコアラーズも負けてはいない。少し欲を出して前線まで上がって味蕾がシュート撃ったが外したところを、燃木が見透かしたようにロングループで射貫き3対3とした。
それから、バランサーズボールでの再開から苦氏のシュートが空を切り、炎田が燃木へと回し、走り込んだ焼野が渾身の力で撃ったシュートを味蕾が辛うじて止め、前衛へとロングスローを出したのを火野が目ざとくカット。
素早く前線へとショートパスを繋ぎ、焼野のシュートがバーに弾かれたのを焔が体勢を大きく傾けながらも、至近距離からアウトサイドキックでのシュートを決めてネットを揺らした。この得点で3対4となり、押しつ押されつのシーソーゲームとなった。
逆転を許し本来なら焦りが見え始める所だが、バランサーズ側も得点が取れる自信があるため、さほど慌ててはいなかった。そしてバランサーズボールでの試合再開。
酸堂からパスを受けた友助は右足でボールを止め、少しの余裕を見せた。
“そろそろいいかな”
後半10分を過ぎたところで友助は焼野をルーレットで急速に躱し、飛び出してきた炎田を尻目に、そのまま緩徐にループシュートを決めた。あと一歩の所まで詰め寄っていた炎田は悔しそうに腕を縦に振った。この試合での活躍に友助のスコアラーズからの評価はかなり高いものになった。
バランサーズは友助の加入で、一気に戦力がアップしていた。もうその辺のチームでバランサーズを脅かす所はそうはないだろう。そう思われるほどのチーム力であった。試合が再開されスコアラーズがオフェンスに失敗し友助にボールが渡ると、ゴレイロの炎田が大きく声を張る。
「8番、チェック厳しく!ソイツに撃たすな!」
“すげえ響く声だな。コートの端から端まで。これならディフェンスも安心だ”
友助はプレッシャーを警戒して保までパスを回し、そこから昴へとパスを送ったが、これは呼吸が合わず、フィクソの火野に阻まれてしまった。
「そんな弾いてんじゃねーよ、このタコ助が!!」
ゴレイロの炎田は、腕は確かなのだが口が悪いところが玉に瑕であり、対する火野は髪の毛をワックスでガチガチに逆立たせているわりに気が小さく、普段からこの炎田のお𠮟りに怯えているのであった。
バランサーズが攻めあぐねてボールロストすると、スコアラーズはここぞとばかりに『サイ』と呼ばれる攻めに転じた。これはピヴォとアラが入れ替わるフォーメーションで、得点力のある焔を左右のアラの位置に据えて得点する算段であった。
だが如何せん他の選手がショットを撃つこと自体が少ないため、焔を強めにケアしておけば防げるという欠点もあった。焔のオフェンス力、得点力にはやはり特筆すべき点があり、このキツいマークの中でも果敢に攻めまくっているのであった。
残り時間7分のところで、友助が出した絶妙のタイミングのパスを、昴がアラの位置まで下がって受けて火野を躱し、左足で優雅に炎田の脇を通した。これで5対4と勝ち越しに成功し、昴と友助の連携で今日の試合はバランサーズの得点が爆ぜた。
スコアラーズは、この得点でゴレイロとして登録していた、フィールドプレイヤーの焦裏を投入してきた。そして、試合再開後にオフェンスとして加わるパワープレーへと切り替えて来た。バランサーズにとって後半残り5分でのスコアラーズのプレーは相当にしんどいものがあった。
この『パワープレー』とは試合時間が少なくなった際に、得点で負けているチームのゴレイロが前線まで上がってフィールダーとしてプレーするスタイルで、散り際の猛攻という感じの攻めである。
残り時間をフルに使ってパスを回して、スコアラーズが最後にボールを託したのは、やはりエース焔であった。彼は保をペダラータで難なく躱し、スペースに躍り出たが、それを見越していた友助がスライドしてプレッシャーを掛けた。
焔は果敢に間隙を縫ってシュートを放ったが辛くも外れ、これはクロスバーに強烈に当たって、天井まで達するほどであった。ボールが落下すると同時に審判が笛を吹いて試合終了。バランサーズにとって価値ある一勝となった。
試合後、選手たちが勝利を喜ぶ反面、瑞希と莉子は以前の事がまだ気になっていた。
「莉子、やっぱりその彼、あんまりいい人じゃないんじゃない?」
「うんーー、ちょっと暴力とかもあってーー」
「え!?それってマズいんじゃない?大丈夫なの?」
「いいの。彼は間違ってないし、私が悪いから」
「莉子はそれでいいの?」
「けど、彼のことは大好きだし。私、もうどうしたらいいのか分かんないよ」
「距離を置くとか、誰かに間に入ってもらうとか、その方が莉子の為だと思うよ」
「好きだから一緒に居たいって、そんなに悪いことなのかな?」
「いっそのこと別れて、酒に流して忘れちゃえばいいんじゃない?」
「そんな簡単に割り切れないよ」
「ごめん、そうだよね。私、別れたことないから想像力足りてないな」
「好きになってはいけない人に限って、そうなったりするもんなのよねー」
「ねえ、美奈ちゃんに聞いてみたら?あの子ならいいアドバイスくれるかもよ?」
「ええ~。あの子はちょっとなぁ。なんか若干頭弱い感じするし~」
「う~ん。そんなことはないんだけどな~」
「そう?バカっぽいじゃん。あの子」
それから莉子は事の顛末を美奈に話してみた。
「う~ん、そうだなぁ」
「ごめん、美奈ちゃんにはちょっと難しかったかな」
「今後の人生の中で今日が一番若いんだから、別れてみるのもアリかもよ」
「ええっ!?」
意に反して美奈が鋭いセリフを口にしたので、莉子はかなり戸惑ってしまった。
「そ、そうね。考えてみるわ」
「うん!その方がいいと思うよ」
美奈は満面の笑みでそう言った。
スコアラーズとの熱戦を終えた7月終盤、バランサーズは次節へ向けて更なるベースアップを計るため、練習に余念がなかった。皆で暫く練習を続けていると、一人の恰幅のいい男性がピッチに入って来た。
「お~、やっとるか~」
「うわっ、どうしたんですか鳥居さん」
急遽やって来たその男性を見て、思わず保は驚いてしまった。
「いや~現役を引退したら急に太っちゃってさ。まいったよ~」
これは『バーンアウト』と呼ばれる現象であり、現役生活で掛かっていたストレスが一気にハジけてしまうことで生活リズムが狂ったり、暴飲防食に走ってしまったりすることで急激に体重が増加してしまうものである。
対処法としては他にストレス発散できる方法を見つけることや、太り難いものを食べることが有効であると言える。鳥居は現役時代は俊足で体力もあり、筋肉質で成人男性の平均的な体型と言って差し支えなかった。だが、スポーツ選手というのは、普段から過剰なストレスが掛かるものであり、鳥居もまたその例外ではなかったのだろう。
「鳥居さん!久しぶりですね。引退してから全然来てくれないんだから」
そう言った昴は、久方の再会に喜んでいるようだった。
「仕事が忙しくてな。忘れてたわけじゃないいんだぞ」
「それは分かってますよ!鳥居さん、今すっごく楽しそうですもん」
「まあ、ここは庭だからな。懐かしいんだよ」
それを聞いた保は、気合いを入れて皆に号令を掛ける。
「お~し、気合入れて行くぞ!!」
「「お~!!」」
「「おんどりめんどりにわとりー」」
「「おんどりめんどりにわとりー」」
「はっはっは。楽しくなって来たな!どれいっちょ練習見てやるか」
そう言った鳥居は、練習と同時に指導を行う『シンクロコーチング』と、止めて指導する『フリーズドコーチング』を巧みに使い分けていた。それから練習を終えた皆は、懐かしさも相まって鳥居と一緒に居酒屋へ飲みに行くことにした。鳥居は、昴、友助、保と席に着くと、出て来た料理を頬張りながら恍惚の表情を浮かべた。
「旨す!旨すなーコレ」
「出た、鳥居さんの旨す!」
「好きだったんだよ、この味。ほら保にも一本やるよ」
「ああ、ありがとうございます。うん、美味い!いや~本当、昔に還ったみたいだ。胸刺とやり合ってた頃を思い出すな~」
耳慣れない名前を聞いた友助は、気になって聞いてみることにした。
「保さん、胸刺さんって誰ですか?」
「ああ。昔、熱海ギガンテクスってチームがあってよ、そこの選手だよ」
「あったって、もうないんですか?そのチーム」
「――解散しちまったんだ」
「解散?なんでまたそんなーー」
「わりに嫌な話でな。立川アルバトロスの躾って奴がいて、ソイツの所為でなーー」
するとここで言い難そうにそう言った保の話を、鳥居が遮るようにして制した。
「その話はやめようで。もう過ぎたことだ」
「そうだよ保さん。友助も余計なこと言うなよな」
「え!?あ、はい。――すみません、知らなかったもんで」
そう言った友助は少し納得が行かなかったが、場を収めるために、謝罪の言葉を口にした。この日はここでお開きとなり、鳥居との別れを惜しみながらも、バランサーズの選手たちはそれぞれの帰路についた。
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