【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第6回
#創作大賞2024 #漫画原作部門 #小説 #好きしてみて #長編小説
本日8月4日は新進気鋭の話題のチーム、御殿場ランナーズとの試合である。紫色のユニフォームが荘厳な彼らは、一人一人の意識が高く全員で目的が共有できていた。
サッカー選手としては珍しくベンチプレスが好きで、大胸筋が見事に発達しており、一人一人の個性を大切にし、全員がクリーンにプレーすることを示すため、白い手袋をしてプレーするという拘りを見せる紳士的なチームである。そんなランナーズを束ねるキャプテンでエースの金 麒麟児は、去年の静岡リーグのMVPで、元Jリーガーだ。
この日は8月初頭ということもあって湿度が高く、ムシムシとした暑さの中での試合となった。試合直前、フィクソの銅とアラの銀が金と共にチームを盛り立てる。
「バランサーズか――今日は強敵ですね」
「そうだな。福祖と新しく入った本郷ってヤツ、それと特に室井には要注意だ」
「楽勝だろ?見せつけてやろうぜ。俺たちの『クリエイティブなサッカー』」
これはランナーズのコンセプトであり、決まり事を作らないというのが彼らの信条であった。このことで変則的でトリッキー、華麗で美しいプレーが可能となっていた。
それから3分ほど経ち、バランサーズボールでの試合開始。勢いよくボールを捌いてチャンスを伺ったが、攻撃から一転ランナーズボールでの守備となる。
ランナーズは穴になっている選手がおらず、誰もが他のチームでエースになれるかと思われるほどの実力者ぞろいだ。だが彼らのネックになっているのはその人数であり、総勢6名しか居ない静岡県内で最も少ないチームであった。そんな彼らを見ていた昴は、あることが相当に気にかかったようだ。
“ワントップの『アイソレーション』かよ。スゲェ自信だな”
昴が驚嘆したこの孤立プレーは『クラウン』とも呼ばれる陣形で、本来ならサイドを固めるアラ二人をフィクソの位置まで下げ、得点力のある金一人でオフェンスを進めていくというものであった。ディフェンダーが三人寄って来たり、かなりの体力が必要であったりとフットサルの戦術としてはだいぶムチャなものであると考えられる。
これは、元Jリーガ―の金の実力を信ずればこそのスタイルなのであろう。そして、全くの金頼みということでは勿論なく、彼がポストプレーで演出したチャンスを、走り込んだアラ二人が活かし、シュートまで結びつけることができていた。
人数の関係で試合に出られない日がなければ、ひょっとすると県内最強なのではないかと思われるほどのチームで、攻守ともに全く粗のない完璧なチームのように思えた。
“相当に洗練されてるな。正月も休まず練習してる高校生のチームみたいだ”
そしてランナーズはアラの二人で繋ぎ、お決まりのパターンにしているのであろう、迷わず金へとパスを繋いだ。金は徐にフェイントを加えて、保が為す術もなく抜かれてしまったのを尻目に、スライドで飛んだ苦氏が止める間もなくシュートを決めた。
金のこの『エラシコ』は、02年のワールドカップを制した、あのロナウジーニョも使っていた技である。ボールをつま先で抑え、左右に振ることによって相手を躱す技で、内側に抜くことが多いと分かってはいるのだが、その華麗な妙技にどうしても惑わされてしまうのであった。
“気合入ってんな金さん。金さんって確か元Jリーガなんだよな。憧れるな~”
プロ級の人というのは案外たくさんいる。ユースで活躍している人、全国大会に出場した人、元プロなど。だが、そのどれもがプロという概念においては紛い物であって、プロとして球団と契約している人物こそが、本物のプロであると言えるのだ。
“夢は現実を忘れさせてくれるからいいんだよな~けど、それに甘えてちゃダメだ。
夢はたくさん描けるけど、現実はいつも一つしかないんだ。戦わなくちゃ、今の自分と”
昴がそんなことを考えているのを間に、ランナーズ側はなんだか白熱していた。
「このまま二番手に甘んじるつもりはねえ。いつか金さんを越えてやるんだ!」
「いや、金さんを越えて、二番手を卒業するのは俺の方だ!」
アラの銀は相当な野心家のようであり、フィクソの銅も実質3番手ではあるものの、その向上心、実力ともに銀に負けず劣らずといった状況であった。そんな二人を見比べながら、不意に昴はあることに気が付いたようだ。
“銀さんは多分左利きだな。あれで右利きだったら変態だ”
実際、昴の読み通り銀は左利きであり、同じく左利きの蓮では咄嗟に右脚が出せないでいた。それから何とか前半を1対1で凌いで折り返すことができたバランサーズは、ハーフタイムに入ると昴、保がやはり金の話題で持ち切りであった。
「やっぱイカツイよね金さん」
「当たり前だ。あのイラン代表のアザールが、日本には金が居ると言ったくらいだ」
「へ~。有名なんだね、金さん」
「そりゃそうだ。サッカーではA代表にこそ選ばれてないが、U22の頃はスタメンだったからな。フットサル界の宝だよ、アイツは」
「そう言えば保さんって、金さんと同い年だったよね」
「ああ。上を見たらキリがないんだけど、時々惨めになるんだよな、比べると」
「人は人、自分は自分だよ。ジャンプしないんでしょ、保さん」
「まあそりゃそうだな。ありがとよ、気遣ってくれて」
チーム最古参であり創設時から居る保と、22歳から7年間所属している昴の間には相当な信頼関係があった。相性があるとはいえ、月日が信頼を育むことは否めなかった。
一方ランナーズはチーム自体が3年前にできたものであり、全員が創設時のメンバーであった。見ると銅とアラの鉛ゴレイロの鉄がポニョの鋼と何やらモメている。
「ああっ、枝毛になってる」
「女子か!!」
「あ、指先ささくれてる」
「だから女子かって!!」
「あ~あ~、この八重歯さえ長くなければな~」
「お前らホントいい加減にしろよ。いろんな所でボケんなや。ツッコミきれねえよ」
ポニョの鋼は出場のタイミングを待っているため、元気が有り余っていた。
この一連のやり取りを見て、金は少々不安になったようだ。
「お前らいつまでそんなことやってんだ。体力はちゃんと持つんだろうな?」
「大丈夫ですよ、実際僕らピンピンしてますし」
「やっぱり胸刺さんから習った高地トレーニングが効いてますね」
「そうです!45分ハーフでも行けそうなくらいですよ」
「それなら安心だ。勝たないとな――アイツの為にも」
この高地トレーニングは標高2000m以上の山の上で走るというもので、00年にシドニー五輪を征した、マラソン日本代表のQちゃんこと、高橋尚子選手も行っていた練習法である。
そして後半に入り、ランナーズボールでの試合再開。
勢いに乗るランナーズは、金のピヴォ当てからの連携でパスを回し、再び金へパスを返すと金は緩急をつけてからの走り出しで、お手本のようなフォームでシュートを放ってきた。これは辛くもサイドバーを直撃し、コートサイドへと転がり出ていった。
バランサーズボールとなりパスを繋ぎながら隙を伺うが、プレスを受けて、どんどん追い詰められていく。ボールキープが苦手な苦氏のパスミスを見逃さず銀がカットして前線へ。金からパスを受けた鉛が強烈なロングシュートを放ってきた。浮き球となり、惜しくも枠を捉えはしなかったが、相手の警戒を強めるだけの威力があった。
“ああ、惜しいな。4号球だから浮きやすいんだよな”
昴は敵ながら良いオフェンスをするランナーズの攻撃に、思わず見とれてしまった。
それから攻勢に転じたバランサーズは思案しながら、解決策を模索して行く。
“一人一人が洗練されてるな。穴がないっていうのがこれほど強いことだとは――”
昴はバランサーズの層の薄さを、少しだけ恨めしく思うのであった。
「おい、ディフェンスラインもっと上げろ!!シュートレンジに入れさせるなよ」
フィクソの銅は、そのプレーに派手さはないのだが、淡々と他の選手をフォローしてスペースを潰し、バランサーズのオフェンスを封じ込めているのであった。
“あの人目立たないけど、滅茶苦茶いいディフェンスするんだよな。ディフェンスだけなら金さんより上手いかも。焔さんといい勝負しそうだな”
その後は苦戦しながらも、バランサーズはランナーズの高い位置でのプレスに大きなプレッシャーを感じつつ、なんとか攻めることができていた。ここで辛損が、昴との
スクリーンからのミドルを放つ。
「おっとぉ。甘い甘い、そんなシュートでランナーズゴールは割らせないぜ」
ゴレイロの鉄は昔ハンドボールで慣らした経験があり、勢いのあるシュートでもワンハンドで軽々と受け止めていた。昴と友助が繰り出す波状攻撃にやられて失点を許してしまってはいるものの、並みの選手ではそのゴールを割ることは困難であった。
だが後半8分、3度目のPKのチャンスに、漸く昴が決定的な働きを見せ、ゴール
ネットを揺らして見せた。苦しい展開の中で大きな仕事をしたエースの活躍に、チームメイトたちは大いに湧いて、その功績を讃えた。
ランナーズとしては、この1点が重くのしかかる所なのだが、精神的な強さを持てるような絆が彼らにはあるのだろう。この失点からより結束を固めると、選手たちは一切動じず再開後もやるべきことを淡々とこなしながらプレーしていた。そして、2対1となって迎えた後半10分、ランナーズサイドに動きがあったようだ。
「よっしゃ~やったるぞ~!!」
アラの鉛と交代で出場したポニョの鋼は、実力的に他の5人に全く引けを取ってはいないのだが所謂スーパーサブ的な役割の選手として参加しており、ラスト10分から全力でピッチを駆け回るというスタイルであった。
フィールド系の球技の場合、だいたいの選手がペース配分を行っているとはいえ、
試合終盤ともなればパフォーマンスが落ちてくるものである。そんな中で、体調万全の選手が出ることは、相手チームのプレーヤーとしては相当に嫌なことなのである。
それから、バランサーズとしては穴になってしまっている、友助でない方の、アラのディフェンスを鋼が行うことで、オフェンスに切り替わった時点で、友助がすぐさま鋼をマークできないようにするという工夫をしたりもしていた。
「くっ――」
絶好調の鋼に、一瞬たじろいだ蓮があっさりと抜かれてしまい、保が詰めたものの、放たれたシュートはゴールを割ってしまった。2対2で再び同点となり、バランサーズが2回目のタイムアウトを取る。
「おい蓮、代われ」
「えっ!?昴さんも試合に出てるじゃないですか」
「お前ホント鈍いな。俺がアラやるっつってんだよ」
「いきなりですか?そんな練習してないですよね?」
「いつも通りやってりゃいいんだよ。お前じゃ鋼さんを止めらんねえ」
それを聞いて友助は、思うところがあったようだ。
「昴さん、金さんの方じゃなくてですか?正直、金さんの方がキツいような――」
「それはそうなんだけど、俺はディフェンスは専門外だから保さんの方がいいよ」
「ちょっと待ってください、なんで僕なんですか?」
「俺はお前にやってほしいんだよ。他の人じゃ務まんねえだろ」
「けど僕――ピヴォなんてやったことないですよ」
「いいからやれよ。ガキの頃からサッカーやってんだろ?ビビったら負けだ」
「そんなの責任持てないですよ。もし、失敗したらーー」
「やらない方が無責任だよ。腹括れよな」
キツい言い方ではあるが、これは昴の本心であった。そしてタイムアウトが終わり、バランサーズはその後に獲得した2本のPKを立て続けに外してしまうが、辛くも再度PKをもぎ取ることができた。通算6度目のPKとなるため第2PKでの挑戦となる。
『第2PK』とは、通常ディフェンダーが居る状態で蹴るPKを、ディフェンダーが居ない状態で蹴ることができるというもので、これはオフェンスにとって相当に有利なものであった。友助はこれを落ち着いて決め、3対2で勝ち越すことに成功した。
このまま畳み掛けたいバランサーズは友助がスペースに蹴り出してチャンスを演出するが、蓮は飛び出しで対応できなかった。友助の求めているレベルと、蓮のレベルが合っていなかったためである。チームメイトとの共通理解というものは、どのスポーツでも必須となるが、二人の間にはまだそれがなかったのだろう。
バランサーズの選手たちが肩で息をし始めた頃、ランナーズのペースは、落ちる所か寧ろ上がっているようにも見え、ジリジリとバランサーズを追い詰めるのであった。
そして後半15分、金がエラシコからの突破で鮮やかに保を抜き去りシュートを押し込んだ。ダマになった中でのパワープレーで、三人を押しのけての弾丸シュートであり、エースによる格の違いを見せつけるプレーに会場は一気に沸き立った。自陣に帰って、スライドして倒れ込んだ金の上に銀と銅が乗って、そのゴールを祝福した。
3対3の同点となりランナーズが一気に勢いづく形となった。それからラスト5分の猛攻の中で、蓮のケアに当たって飛び出した友助の脚が掛かってしまい、勢いよく金が倒れ込んだ。審判が駆け寄って笛を吹くと、それを見た莉子は残念そうに声を上げた。
「あっちゃー、イエロー出ちゃったか~」
「えっ!?でも、もう後5分くらいしか時間ないよ?2枚目が出たら、レッドカードと同じで退場だけど、すぐ終わるし大丈夫なんじゃない?」
「この試合ではそうなんだけど、リーグ期間中に2枚出ると、累積退場で次の試合に
出られなくなっちゃうの。だから、危険なプレーは避けるに限るよね」
「そうなんだ!じゃあ、友助くんはもう後がないんだね」
「そゆこと。正念場だね」
ランナーズはここへ来てのPKで金が蹴るかと思われたが、位置が右サイドであったため、左利きの銀が蹴ることとなった。銀はカーブを掛け渾身の一撃を放ったが、味蕾が辛うじて止めてバランサーズボールとなった。
必死に攻めたラスト1分、昴が渾身のミドルを放つが鉄が出した足に当たり枠外へ。コーナーから友助が蓮に合わせるが、惜しくもこのヘディングシュートも、枠を捉えることはできなかった。試合は結局3対3で引き分けとなり、莉子が悔しそうに呟く。
「あ~あ~。これで勝ち点3はお預けか~チームの方も同じく正念場だね」
「ねえ、いつも思ってたんだけど、その『勝ち点』ってどうやって計算してるの?」
「ああ、これ?リーグ戦を行う時には勝つと3点、引き分けだと1点、負けると0点の勝ち点になるの。最終的にその合計点が多いチームの勝ちってわけ」
「ふ~ん。じゃあ、偶然その点が一緒になっちゃったらどうなるの?引き分け?」
「いや、その場合は『得失点差』で勝ち負けを決めるのことになるの。これは各試合での得点から失点を引いた差のことね」
「へ~知らなかった!莉子ちゃん、詳しいんだね」
「そうでしょ!マネージャーなら、これくらいは知っとかないとね」
そう言った莉子は、なんだかとても得意げであった。そして、試合後のストレッチが終わり皆がゆっくりしていたところ、不意に友助が蓮に声を掛けた。
「蓮、ちょっといいかな」
「えっ、何!?」
「プレーについてなんだけど、蓮はべつに間違ったことは何もしていないと思うんだ。欠点も特にない、スキルもあるし、理解力もある。けど、無難なんだよな。それじゃ点は取れないと思うよ。勝つためには時にはリスクを冒すことも必要だと思うんだ。このチームには、それで失敗して批難するようなレベルの低い人は居ないと思うし、なんて言うか勿体ないんだよ。せっかく試合に出てるんだし、与えられた役割を熟すだけじゃない、自分の限界を越えようとチャレンジしてほしいんだ。その為に試合に出るんだし」
「うん。けど、どうせ僕は昴さんより格下だし、そんなにでしゃばらなくても――」
「なんだよソレ。俺たち昴さんより若いし、体力だってあるだろ?昴さんだって完璧な訳じゃないし、悩みだってあるんだ。認められて試合に出てるのに、それじゃチームに失礼じゃない?みんな蓮に期待してくれるからパスが来るんだよ」
「凄いことを言うんだね、やっぱり上手い人は違うな」
「俺たち同い歳だろ?自分を下に置くような考え方はやめろよ。謙虚なのは良いことだと思うよ。力を持つと傲慢になってしまったりもするし、それはそれで美徳だと思う。けど、もっとぶつかったりしてほしいと思うんだ。争いを避けるのは良いことだけど、それで本当に上手くなれてるのかな?お互いに分かり合えてないと、一緒にプレーしてても楽しくないと思うんだ。もっと上を目指そうよ」
「そうか――ありがとう。少しずつだけどやってみるよ」
「うん、その意気だよ。やってみよう、自己改革」
「友助は優しいんだね。このチームに来てから、そんなこと言われたの初めてだよ」
「いや、それはないね。みんな似たようなことを言ってくれてたはずだよ。自分が聞く耳を持たなかったからだ。同い歳で自分に近い存在だから聞く気になれたんだと思う。人は変わろうとしないと、いつまで経ってもそのままだからね」
「そうだね。けど、変わることによってダメになってしまうのは怖い気がするな」
「長い人生ダメになる時だってあるよ。気付いた時から始めればいいんだ」
「そうか――そうだよね!最初から上手くいくことなんかないよね」
「そうそう。失敗を怖れてたら、どんな成功も掴むことはできないよ」
“同い年っていいもんだな“蓮はこの時、友助と話しながらそう思った。
それからダウンを行っていると、金が昴に話し掛けてきて、二人して何か話し込んでいた。話が終わると気になって仕方がなかったのか、瑞希が即座に質問を始める。
「何の話だったの?」
「代表の練習に来ないかって。推薦してくれるみたいなんだ」
「そうなの!?凄いじゃん、昴くん。日本代表なんて!!」
それを側で聞いていた友助は、悔しそうに顔を歪めた。昴は尚も話を続ける。
「あと、マネージャーが一人足りてないから必要なんだって、瑞希に頼んでいいか?」
「うん、いいよ。私でよければ。昴くんのこと、側で応援したいし」
いきなりの申し出ではあったが、瑞希は日頃から接客業をやっているだけあって柔軟に対応できていた。
ランナーズとの試合後の9月23日。この日は瑞希の誕生日で、昴は前々から気合いを入れて準備をしており、いつもより少し早めに瑞希を迎えに行った。
到着すると瑞希は既に玄関で待っており、昴はすぐに気になったことを口にした。
「あっ、動かないで!」そう言って昴は、瑞希の髪に付いた埃をそっと取ってくれた。
「ありがとう、優しいんだね」
「まあね、だって彼氏だし」
昴は瑞希の頭をポンポンと叩いて笑い、瑞希は嬉しそうに微笑んだ。それから車で、富士市永田町にあるレストラン『WAKAGE』に到着すると、祝日であるためかなり混んでいたのだが、予約していたため難なく入店することができた。店員に礼儀正しく振る舞った瑞希は、昴に促されて奥側のソファーの席に着くと少し辺りを見回した。
「落ち着いてて雰囲気の良い店だね」
「ここ、ネットで評判良くてさ。有名なイタリアンの店みたいで」
「そうだよね。せっかくの外食だし、目一杯楽しまないと」
「早くしないとね、優柔不男子にならないように」
「ふふっ、そうだよね」
綺麗におめかしした瑞希は心なしかいつもより上機嫌であった。5分ほど経つと注文した料理が届いて二人して食べ始めた。人の物を過剰に欲しがるのは良くないことなのだが、昴は矢張りそういうタイプの人間であるようで、瑞希に食事を強請った。
「一口ちょうだい!」
「もう~。幼稚園児じゃないんだから~」
そうは言っても、大きく口を開けて笑顔で待つ『姿』は子供みたいで可愛らしかった。
「う~ん。このパフェ美味い!!」
「そうでしょ~ホントはあげたくないくらいなんだから」
マンゴーパフェと交換であげたストロベリーパフェを幸せそうに食べる昴を見て、
瑞希はなんだか微笑ましい気持ちになった。
「せっかくだからワインも飲んだら?」
「いいの?私だけ飲んでも」
「うん。今日は誕生日なんだし、遠慮すんなよ」
「そっかー、ありがとう。そうするね!」
瑞希は運転を人任せにして自分だけお酒を飲むことに少しの後ろめたさがあったが、昴がせっかく言ってくれたのだからと甘えておくことにした。だが、そこまで酒に強いわけでもないため、グラス半分ほど飲んだだけでもう酔いが回ってしまった。
「酔っぱらっちゃった~」
「可愛い~、ちょっと顔が赤くなってるよ」
「もう~、揶揄わないでよ!」
そうは言っても、瑞希は特に悪い気はしていないようだった。そして、そのまま会話を続けていると、瑞希は何かに気が付いたようだ。
「ねえ、あれ中くんじゃない?横に居るのは――彼女?」
「え!?ああーーそうだと思う。確かトップモデルって言ってたような――」
見ると中は白いバラの花束の中に一本だけ赤いバラを入れて渡していた。
「――なんか、凄いね」
「あいつ意外とやり手なんだよな。口下手なんだけど、女の子が喜ぶポイントを上手く抑えているというかーー」
「どうする、声掛ける?覗き見したみたいになっちゃったけど――」
「今回は見なかったことにしよう。別にお互いに悪いことしてるわけじゃないんだし。しっかし、大胆なことするんだな。あーゆうのって、やっぱ嬉しいもんなの?」
「花束もらって嬉しくない女の子はいないよ。ただし、好きな人限定だけどね」
「ふ~ん、そういうもんなのかね――」昴は多少興味ありげにそう応えた。
会計後に店を出ると、足元にはいくつかの水溜りがあり、歩きにくい状況であった。
「レストランにいる間にちょっと雨降ったんだね」瑞希が困ったように呟いた。
それに対して昴は「んっ」とだけ言って手を出し、水溜まりの前で手を引いてくれた。
「ありがとう!」瑞希はお礼を言うと、すぐに昴の手を取った。
「寒~い。手が冷たくなっちゃった」
瑞希はそう言うと、自分のコートのポケットに繋いでいた手を滑り込ませた。そして少し歩き、昴は自販機でホットココア2つを買ってプルタブを開け「はいっ」と言って瑞希に手渡した。瑞希はまたお礼を言って、少しハニカミながらそれを受け取った。
それから二人は屋根があって濡れていないベンチがあったので座った。中秋の名月を見ながらの語らいは、季節を感じることができて風流であった。暫く話して気が済むと、停めてあった車に戻った。昴はエンジンを掛けると、用意していた箱を瑞希に手渡した。
「はい、これ」
「何!?――ティファニーのネックレスじゃん!!嬉しい~ありがとう」
「そう?喜んでもらえたなら良かったよ」
「前に言ったの覚えててくれてたんだね」
「瑞希の言ったことだったら何だって覚えてるよ」
「仕事忙しいのにごめんね」
「仕事も大事だけど、瑞希のことが心配だよ」
「――ありがとう」
「俺にできることがあったら何でも言えよな」
「うん、そうする」
「俺は瑞希がいつも頑張ってること知ってるよ」
「本当いつも私のこと見てくれてるよね。何気に気に掛けてくれてるっていうか」
そう言うと瑞希は少しはにかんだ。
「俺、瑞希のその笑顔好きだな」
「そう?そう言われるとなんかちょっと意識しちゃうなーー」
瑞希は照れて下を向いた。
「なんだよ。かわいいとこあんじゃん」
「だって、昴くんが好きなんだもん」
「これからも毎年こうやって誕生日祝っていきたいな」
「本当に?私のこと好き?」
「好きじゃなきゃ、ここまで一緒に居ないよ」
「――うん」
「こっちおいで」
昴は優しく瑞希を抱き寄せると、静かにそっとキスをした。
「俺――やっぱ瑞希が居ないとダメかも」
「ふふっ、そう言われると嬉しいな」
「いつもありがとう。これからもよろしくね」
「はい、こちらこそ」
それからちょっとした思い出話をしていると、瑞希が眠たそうに目を擦っていた。
「体調――大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
昴は自分の額を瑞希の額にくっつけた。
「嘘つけ、熱あんじゃん。今日はもういいから帰ろう」
「え~。まだ帰りたくない!」
「風邪なんだから、今日はこれでお終い。帰ったらまた連絡するからさ」
そう言うと急いで車を走らせ、瑞希を家まで送り届けた。大幅に予定を繰り上げ用意していた誕生日ケーキを二人で食べると、本当は泊まって行きたかったのだが、瑞希の体調を考慮して、自宅に戻ることにした。
帰宅して時計を見ると、まだ22時であったので、瑞希に電話を掛けてみた。
「会いたいな。さっき会ったばっかなのに変だよな」
「ううん。そんなことないよ。私も会いたい」
「そうだよね。毎日だって会いたいよね!」
「今日のこと、忘れないように手帳に書いとかないと!中くんのことも」
「中のことはいいんじゃない。アイツにもいろいろあるわけだし」
「そっかー、じゃあそうする」
「うん、その方がいいよ」
「他の子にはこんなことしてないんだよね?」
「もちろんだよ。瑞希だけ、特別だからな」
「そうだよねーー。ごめん、何言ってんだろ、私」
「気にしなくていいよ。風邪なんだし、疲れてるんじゃない?温かくして寝ろよ」
「うん、ありがと」
無骨な表現ではあるが、自然とこういう発言ができるところが、瑞希にとって魅力的に感じられるのであった。そして夜が明け、昴は眠気を抑えて仕事に向かった。昼頃に休憩に入って携帯を見ると瑞希からメールが来ていた。
『ねえねえコレ見て、彼氏に貰ったの』よほど嬉しかったのだろう、瑞希はこの日は
仕事を休んだのだが、昴に貰ったネックレスを付けた画像を添付してメールして来た。
『よかったじゃん!彼氏に大切にされてるんだよ』とだけ返信して、さらにもう一通、別のメールを作成して送信した。それから仕事終わりに中に電話を掛けた。その場では繋がらなかったが電話が来ることが分かっていたため、すぐに折り返しの連絡が来た。
「何、言いたいことって?」
「アタリン昨日休みだったろ?俺たち実はWAKAGEで飲んでてさ」
「――そうだったんだ。奇遇だね」
「いい店だよな。WAKAGE」
「そうだね。あの店の料理は新鮮で美味しいよね」
二人の間に暫しの沈黙が訪れる。
「あの日、何飲んでたの?」
「マティーニかな」
「知ってるよな?なんで瑞希がああなったか」
「――うん」
「ナズナさんとは最近どうなんだ?もう結構長いよな」
「二十歳からだからね。それなりに上手くやってるよ」
「アタリン――もう飲むなよ」
「――うん、そうだよね。ありがとう、改めるよ」
友達とはいいもので、月日が経っても二人は互いに高め合える仲のままであった。
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